天地人

▼忘れていない日本の魂

今日は日がな一日雨。
「チェ、ついてねえ」
おっとっと、そうは思わず、ここは気分を入れ替えて「雨読」に
没頭することにして、今話題の本を読み出した。

今をさかのぼることおよそ7年。
北朝鮮に拉致されていた被害者のうち5人が「一時帰国」した。
忘れもしない、2002年10月15日。
そのうちの一人が蓮池薫さん。
テレビでも何回ともなく映されたからおわかりだろうが、
大人しそうな、優しそうな人柄がにじみ出ているような方である。

File No.79
『半島へふたたび』蓮池 薫(新潮社 1400円)
オススメ度★★★☆☆

こんな優しそうな面影の奥底に、24年間にも及ぶ拉致の過酷で理不尽な
日々にさいなまれていた苦労が隠されている。
この本は、朝鮮半島の南(韓国)を旅して、北(北朝鮮)との関係性や
相違について考えてみるという第一部と、翻訳家として踏み出した足跡を
綴る第二部の構成になっている。

第一部は、同じ陸続きの半島の南と北の違いの見聞記が興味深い。
ナント、オレ自身、南と北が同じ言語を使っていることさえ、この本を
読むまでは確信がなかったほど疎かった。
朝鮮半島に共通する食文化と言えば「キムチ」。
晩秋の「キムジャン」(キムチを作るシーズン)は南北を問わず
あわただしくも賑やかな様相を呈する。
北朝鮮には「キムチ休暇」なるものもあるそうな。
なんだか我が地方にも一昔前まであったという「雪下ろし休暇」に似てて、
腹の底からは笑えない気分。
日本と底流は同じだなあって思わせるのが、陰陽五行説による色の効用。
とくに、火にあたる赤は、厄を払い幸せを願う色として尊ばれている。
そう言えば、小豆も赤、お守りの表書きも朱、というのは、その流れ
を汲むものではないだろうかと思わせる。
国家を二分する因となった朝鮮戦争の歴史認識も、南と北では大きく
異なる。それぞれが自国をある程度正当化していることは言うまでもない。
でも、これは朝鮮半島に限ったことではなく、世界中至るところで
見られる現象である。
正当で客観的なものの見方がいかに難しいことであるかを著者も
痛感している。
だからこそ、韓国の作家金薫との交流は、著者にひとつの示唆を与えて
いる。それは、「先入観を捨て、物事をありのままに見る」ということ。
先入観を捨てる、とは言うほど簡単なことではない。

韓国を旅して、著者は結論的にこう書いている。
「(南北は)あれだけ国家の政治体制及び社会体制、思想理念が違う
にもかかわらず、衣食住をはじめ、社会・生活の伝統的な部分は、
ほとんど同じだった」と。
全編を通じて、拉致されて北朝鮮で不遇な月日を悶々とおくっていた
日々の辛さや鬱屈が随所に出てきて、読んでいる方も心の痛みを
感じる。
でも、オレの読後感は、蓮池薫さんは日本の魂を失っていなかった
のだということに尽きる。
とくに第二部で、蓮池さんが市役所職員、大学教官、翻訳者として
いろいろな人たちとの関わりの中で日本人としての意識・良識を
着実に取り戻していく様をみて、少しばかり明るい気分になった。
「少しばかり」としたのは、蓮池さんも書いているが、未だ
帰国していない多くの拉致被害者の方々消息に思いを馳せ、心から
その身を案じているからである。
何とか全員が帰国(奪還)を果たせるよう願うばかりだ…。
2009.09.23:ycci

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