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森敦「月山・鳥海山」文春文庫

出版社/著者からの内容紹介
出羽の霊山・月山を背景に、閉ざされた山村で村人と暮しをともにする一人の男が知った比の世ならぬ幽冥の世界…芥川賞の表題作ほか姉妹篇「天沼」など七作を収録

遠くこれを望めば、烏海山は雲に消えかつ現れながら、激しい気流の中にあって、山羽を羽前と羽後に分かつ、富士山に似た雄大な山裾を日本海へと曳いているために、またの名を山羽富士と もよばれ、ときに無数の雲影がまだらになって山肌を這うに任せ 、泰然として動ぜざるもののようにも見えれば、寄せ来る雲に拮抗して、徐々に海へと動いて行くように思われることがある。

たんに標高からすれば、これほどの山は他にいくらでもあると言 う人があるかもしれない。しかし、烏海山の標高はすでにあたりの高きによって立つ大方の 山々のそれとは異なり、日本海からただちに起こってみずからの 高さで立つ、いわば比類のないそれであることを知らねばならぬ。

独立峰であるがゆえに気象条件が変わりやすい。麓からでさえ、霞や雲にさえぎられ、その全容を眺望できる日は少ない。人が人るのを拒んでいるかのように感じられる、神秘的な山だ。鮮やかな容姿を現したとき、地元の人々でさえ新たな感動を覚える。

登山者にとって、朝日を浴びた鳥海山が、日本海に黒いピラミツド型のシルエットを映し出す「影烏海」は、あこがれの的になっている。

鳥海山/短編「初真桑」より引用