【小国町】古田歌舞伎のご紹介【無形文化財】

  • 【小国町】古田歌舞伎のご紹介【無形文化財】

           


昨年の10月26日(土)に小国町立沖庭小学校で開催された「古田歌舞伎・沖小歌舞伎合同公演」。

これまで『沖小歌舞伎』を中心にお伝えしてきましたが、「置賜の宝」記事でもご紹介しております『古田歌舞伎』をご紹介したいと思います。

公演からだいぶ日にちも経ちましたが、ぜひご覧ください。


関連:置賜の宝記事

  小国町の歌舞伎



■古田歌舞伎(小国町指定文化財)

演目:弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)
     濱松屋見世先の場(はままつやみせさきのば)



沖庭小学校の全校児童による『沖小歌舞伎』上演後に、古田歌舞伎保存会による『古田歌舞伎』が上演されました。





山あいの古田地区に歌舞伎が伝わったのは江戸時代末期とされています。
古田歌舞伎は、江戸時代末期、歌舞伎役者の「尾上竹三郎」が古田地区の人々に歌舞伎を指導したのが始まりといわれる農民芸能です。

1958年を最後に一旦途絶えたものの、1986(昭和61)年に住民らの手で「古田歌舞伎」復興公演が行われ、小国町の無形文化財にも指定されました。





白浪五人男とよばれた盗賊のうち日本駄右衛門・弁天小僧・南郷力丸らは、しめしあわせて呉服店 濵松屋に押し入ることを企み、あらかじめ日本駄右衛門は、玉島逸当と名乗り、武士の姿となって、殿の使いで呉服物を買いにきたと云って品物ができるまで奥の部屋に入って休んでいる。

(ここからこの舞台は始まります。)














そこへ、武家のお嬢様に化けた弁天小僧が家来に化けた南郷力丸をしたがえて婚礼衣装を買いに来る。あれこれ品定めをするうち、万引をしたようにみせかけ、番頭たちが大騒ぎをするように仕組む。
弁天小僧をさんざんにうちのめした番頭たちだが、万引と思ったのは早とちりとわかり、『どうしてくれるんだ!?』と南郷がせまる。

そこへ店の主人の幸兵衛が詫びにあらわれ、鳶頭の清次が仲に入り十両で話しを付けようとするが、南郷は百両でなければ納得できないと言い張り、百両を脅し取り帰ろうとする。

















企み通りに進んだその一部始終を陰の部屋で聞いていた玉島逸当(実は日本駄右衛門)が現れ、計画通り化けの皮を剥す。

化けが剥がれた二人は、名乗りをあげて正体を現し、膏薬代として二十両をもらって引き上げて行く。

(この舞台はここで幕となるが、次の段は)














この後、駄右衛門は奥の部屋でご馳走になりながら頃合いをみて、礼として千両箱をゆすりとろうとする。
そのところへ弁天と南郷が姿を変えて現れ・・・

(舞台は意外な展開へ・・・)





古田歌舞伎上演中の三味線の音色がとても綺麗でした。
「沖小歌舞伎」を演じた沖庭小学校の児童たちも公演を鑑賞します。





公演を終え、古田歌舞伎保存会の方々によるご挨拶。





平成25年度をもって『沖小歌舞伎』が最終公演ということで、注目されがちですが、『古田歌舞伎』は引き続き、来年度以降も継続します。

置賜地方で歌舞伎が伝わっているのは、ここ小国町だけですので、小国町の児童、地域住民も古田歌舞伎公演を毎年楽しみにしています。

毎年、沖庭小学校で公演を行ってきたので、公演場所は未定とのことですが、歴史ある『古田歌舞伎』はいつまでも残して欲しいと願います。

皆さまもぜひ小国の歌舞伎をご覧に足をお運びください。





○関連記事 :  ・「古田歌舞伎」小国町の歌舞伎
          「置賜の宝」記事
         ・「沖小歌舞伎」最終公演①(白浪五人男編)【小国町】沖庭小学校
          2013年10月26日(土) 小国町立沖庭小学校
         ・「沖小歌舞伎」最終公演②(絵本太功記 九段目編)【小国町】沖庭小学校
          2013年10月26日(土) 小国町立沖庭小学校
         ・「沖小歌舞伎」最終公演③公演を終えて【小国町】沖庭小学校
          2013年10月26日(土) 小国町立沖庭小学校







2014.01.10:xx34chanxx:[トップ]

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