FPのひとりごと

▼イノセント@

そこそこのロック系のバンドだった

流れているのは どっかで聞いたことのあるようなAOR風

でも おしゃべりをやめてまで聞き込むほどのものでもない

会話の邪魔にならない程度のライブがだらだらと続いていた

ライブハウスとはいっても 新宿ロフトとは天と地ほどの違いがあった


 『あのコだれ?」


Mは隣にいたバイト仲間に聞いた


 『って オマエ知らないの?』

 『知らない!』

 『 ・・・・・ 』

 『オマエ テレビとか見ないの?』

 『テレビねー・・』


Mは地方の無名大学の2年生

春休みを利用して東京に遊びに来ていたのだが

根城にしていた友人のアパート代に ほぼ全財産を横流しされ

バイトしなければ 帰りの電車賃がないという憂き目にあっていた

バイトをはじめて もう1カ月はたとうとしていた

バイト代をもらうまでは帰れないM 新学期はすぐそこ


アパートにはテレビはあった あることはあった

でもそれは 近くの粗大ごみ置場から 飲んだ帰りに拾ってきた代物だった

アンテナは“先代”から引き継いだ約30cmの剥き出しの針金だ

それをあらゆる方向に向けてはベストポジションを探した

東京はいいところだ

東京タワーのおかげで アンテナがなくてもテレビは映る

でも 想像力を働かせないと何が映っているのか判然としない

この状況で『テレビを見ている』とはなかなか言えない


 『うん あんまり・・』

 『田舎じゃあ こっちのCMも流れないの?』

 『全部はね』

 『じゃあしかたないか』『きれいでしょ あのコ』

 『 ・・・ 』

 『センス疑っちゃうね オマエ変わり者だね』



そこは 渋谷の二流のライブハウス

Mはバイト仲間に誘われて来ていたのだが

バイト仲間の一部が 別の友達グループも連れてきていた

Mには どこまでが“友達の領域”なのかわからなかった


喧噪の中 体育座りをして 膝を抱えている女の子がいた

黙ってうつむいている彼女は 1人だけぽつんと喧噪の外にいた

存在を消そうとしているかのようなのに 却って目立って見えた

Mにはスポットライトが当たっているかのようにさえ見えていた

ちょっと気になったM


  『よお!』 と声をかけてみた 


でも反応はなかった


周囲に妙な緊張感が走ったような気がした

はっと我に返ったような女の子が 声の主に振り向いたとき

Mはもうほかの仲間達の会話の輪に入っていた

Mの彼女に対する興味は 一瞬にして消えていた
2014.03.24:tnw

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