FPのひとりごと

▼『ルーツ』C

小田実という作家を知ったのは
自分が30歳を過ぎてからである
『べ平連』も『小田実』も聞いたことはあったが
残念ながら小学生〜中学生であった自分にとって
ベトナム戦争は完全に“他人事”でしかなかった
なので『何でも見てやろう』でブレークした小田実にも
なにほどの興味も持てなかった(我が高卒が初版の出版と重なる)

結婚して二人の子供にも恵まれ仕事も順調だった30過ぎ
ふと バックパッカーとなって世界一周したいと思いだした
半分は“ビョーキ”であるが 半分は“自分探し”をしたいという
青い青い青春の残り火からであった まだ“尻尾”がついていた
実現しっこないというのは さすがにわかりきっていたが
本屋で“ノウハウ本”などをよく買ったり立ち読みしていた
残り火を消すには 自分で水をかけるしかなかった
“ノウハウ本”は山ほどあったが 貧乏旅行の“技術論”に終始し
世界と触れ合う喜びみたいなもんが伝わってくる本はなかった

そんなとき ふと 『何でも見てやろう』に出会った
当時は多忙を極めていて睡眠時間も受験生並みであったが
その睡眠時間を削ってまで 夢中で読みふけった
小田の巨大な知的好奇心と動物的なバイタリティーに触れて
たちまち彼のファン(信奉者)になってしまった

『世界が語りかける』は『何でも見てやろう』の数年後に書かれた
本人がどういう位置づけをしているかは不明であるが
『世界が語りかける』は『何でも見てやろう』の続編と思われる
その冒頭部分に日本人のルーツ探しのアホらしさをズバっと指摘された
藤原家の子孫などという“眉唾”を鵜呑みにしてニヤけていた自分を
大ハンマーで思い切りぶったったいてくれたみたいだった
いやー打ちのめされるというのはこういうことをいうのだろう
考えてみれば小田が言うように系図を父方だけに絞り込んでいけば
そりゃー誰だって“それなりの”有名人にぶち当たるであろうが
有名人が有名人たらんとする理由は人類史上あまり芳しいものではない
それは 普遍的に正当な歴史観であろう
系図に母方の一本を加えて 世界中の名無しのゴンベイ族との関係に
思いをはせるだけで 未来が明るく見えるという小田の考え方
こういう考え方ができることがグローバリゼーションというんじゃない

クンタ・キンテもいいが トンガ王国の漁師なんかがルーツだったら
めちゃ楽しいなー 私の場合
2010.01.15:tnw

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