FPのひとりごと

▼偉人たちのリングD

平岡公威・・・三島由紀夫の本名

本名の方が本人のパーソナリティーと
マッチングしてるような気がしませんか?
私は なんとなくそんな気がしています

育ちもよく 学歴(東大法卒)もよく 才能にも恵まれ
悠々たる前途を堂々と駆け上っていくのかと思いきや
ボディービルでポーズをきめ 軍隊つくって自刃した
偉人・天才のメンタリティーを100%理解することなど
不可能であることは よーくわかってはいますが
それにしても・・  それにしても・・  です

でも 一人の男の弱さ・コンプレックスという面からライティングすると
なんとなく 彼について ぼーっと見えてくるものがあります
まず彼は“青白き”インテリとしての“ひ弱さ”を自認していたのでしょう
三島は著作で『太宰治が体操をやれば思想が変わったろう』と書いていたが
それは自分自身に対しても感じていたことであろうと思われます
健全な精神に健全な肉体は宿る って古臭いけど真実だと思う
それにエリートはブレイン(頭脳)だけでなく
フィジカルもエリートたることを望んだのだと思う
それは青白きエリートという烙印と事実へのコンプレックスの産物だ
彼が自衛隊に体験入隊したときの教官の手記を読んだことがあるが
長距離走には息があがってかなり難儀していたようであった

もう一つは その病的なまでの几帳面さ
太宰の『斜陽』の中での敬語の使い方の間違いを指摘するところなどは
文学に携わる者としての正当な批判ではあるが そこは重箱の角でしょ
裏をかえせばラフな生き方ができる豪胆さへのコンプレックスであり
三島が太宰治の生き方を許せないのは太宰的な生き方へのコンプレックス
とも言えなくはないと思う 真逆ってそういうことでしょ
だから自分を外から縛るもの 筋肉 制服 時計 規律 に固執する
そして生き方をストイックに追求しすぎて最後に自己破綻していく

あれほど奇異に映っていた彼の生き方が
実は彼の中では一貫性があり 見事に辻褄があっていたんだ

存在感は“月とスッポン”以上の乖離ではあるが
自分も三島に近い生き方を志向していたのかと思うと
メチャクチャ複雑な胸中になってしまう

でも まあ 凡人でよかった
割腹自殺はできないものなー




2009.07.06:tnw

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