なあまずノート

▼(80)『虫眼とアニ眼』

養老孟司、宮崎駿(新潮文庫)

二人の対談の中で、学校の校庭はあんなに平(たいら)じゃなくて、デコボコしているようなのがいい、とか、運動会にはブルドーザーで山を作ったりしてみたらいいんじゃないかと考えていた、というようなくだりがある。

ふんふんなるほど、などと思いながら、ちょっとう〜んなどと感じた。
なぜなら、子どもの頃を思い出してみると、学校のグラウンドが近くで唯一平らな場所であったからだ。

周囲には、山や川や田んぼや畑や、そんな所ばかりなので、グラウンドぐらいは平らな方がいいなぁ…と^^;

わが家の前のお寺の境内はちょっとした広い遊び場であったのだが、障害物がいっぱい。
それなりにその地形を生かして野球をやったり、数えきれないほどの遊びが生み出されていた。
稲刈り後の田んぼが野球場になったり、猫明神と呼ばれる石ころだらけの荒地をグランドにして遊び回っていた。
小学生の頃というのは、友達や年上年下を問わず、遊びが全てではなかったか。
それから、一人でする好きなこともあったに違いない。
魚とりや虫とりであり、本を読むことであり、妄想することであり…。


それかもう一つ。
いま、なぜ学校では人間関係のことばかり気にするようになったのだろうか、ということ。

人との関わりは大事なことに違いない。
しかし、そのことばかりに拘りすぎると、何かが失われてはいないか。

小学校時代の先生のことを思い出してみる。
みんな、いい先生であった。
亡くなられた方もいらっしゃるし、今でもなおお付き合いがあり、お酒を酌み交わす先生もいらっしゃる。
先生と私たち子どもの関係ってどうだったんだろうと思う。
あの先生が素晴らしくよかったとか嫌だったなんてことはなにもないのだなぁ。
不躾を承知で言えば、どんな先生であっても、大丈夫だったように思う。

この二人の対談とそれぞれの文章を読んでいるうちに、子どもの頃、わが家の裏山に秘密基地を作ろうとしていたことを思い出した。
そうだそうだ、その延長が、「裏山の整備」と名付けた遊びなのだ。
もちろん、秘密ではなくなったんだけどね。

画像 ( )
2011.03.18:あら

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