なあまずノート

▼(51)『完本 桑田真澄』

スポーツ・グラフィック ナンバー編  (文春文庫)

高校1年生の夏、PL学園のエース(背番号は11番)としてマウンドに立ち、優勝した桑田真澄を、ノンフィクションとインタビューでその後の彼の軌跡を追っている。

1年生の夏から3年の夏まで、甲子園に連続5回出場し、 優勝2回・準優勝2回・ベスト4が1回。
そして、プロ野球のドラフト1位で読売巨人に入団。
背番号18番を背負って21年間で173勝。
メジャーリーグ、パイレーツでプレー。
そして引退。
その後、早稲田大學大学院に入学し、今年、卒業。


桑田真澄の15歳からの25年余りの経歴だけを見ても、とても凄い。
まず、いくらPL学園とはいっても、高校在学中の甲子園に出場できる機会すべてに出場していること。そのうち4回決勝戦に進んでいるんだから。

その高校時代の経歴から見て、プロ野球で残した記録が平凡に見えてくる。

ただ、桑田のすごさは記録からは見えてこない別なところにある、と言っていいのだろう。

野球選手としてはけして恵まれているとは言えない体格を、自らの研究と鍛錬で補ってきた。それは、フィジカルだけでなくメンタルの面でより実践されてきたことがうかがえる。

インタビューを読んでいると、まるで求道者のような感じである。

もちろん、体格とは違う、優れた身体能力は持っているのは間違いないことなんだろうけど、その活かし方という点で卓越した心身のバランスを持っていると感じる。



桑田と言えば清原。
ドラフト指名で、巨人入団を熱望していた清原が指名されず、早大進学を打ち出していた桑田が指名され、入団。
密約があったのか、とさえ噂された、この出来事も追っている。
桑田と対照的な清原という天才的な打者がお互いに認め合っているということも面白い。


プロ入団後も、「投げる不動産屋」と陰口を言われたりする。
それは、およそ、アスリートのイメージとは違う、理屈詰めで話すことができる能力を備えていたからではないのか。
いわゆる、野球バカではないのだ。


プロに入ってから活躍する桑田のピッチングを、テレビで見るのがとても好きだった。
考えて投げている、そんな意志が伝わってくる投球だったからだ。

Number誌で追い続けてきた桑田真澄という男。
これから何をするのか、これも楽しみである。


画像 ( )
2010.11.10:あら

HOME

(C)

powered by samidare