なあまずノート
▼「寺よ、変われ」
岩波新書 2009年5月発行
身につまされるのです。
お寺と檀家との関係や、お寺や僧侶の社会的な役割とか。
私も日頃から考えたり思っていることを、この著者はきちっと言葉にして、しかも実践しているようなのである。
著者は長野県松本市にある神宮寺というお寺に後継ぎとして生まれ、大学・お寺の修行を終えてから、そのお寺に戻っている。
お寺に生まれながら(というのも変ですけど)、現代の仏教寺院のありかたとか、お坊さんの生き方について、常々不思議な思いを抱いている。
これは、一般の方は感じられていることなのだと思うのですけれど、顕在化していなかっただけなのだろうと思います。
それは、おそらくこれから、「あてにされない」(すでに、あれにされていない?!)という形で問題意識のないお寺は消えてゆくのではないか。
ならば、どうするかということなのですね。
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2010.01.18:あら
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