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住宅営業マンになった訳

  • 住宅営業マンになった訳
私はなぜ住宅営業マンになったのか?


私が子供の時の住まいは、工場兼事務所兼自宅だった。

祖父は大工をしていたが、父親は鉄筋コンクリート(RC)の頑丈な建物好きで、自宅もRCでした。

私は農村地域に育ったので、友人は大体農家の大きな瓦屋根の家が多かった。


憧れました、木造の瓦屋根の家に。


子供ながら、「どうやったら家を建てれるんだろうか?」真剣に考えました。

そして、遊びはいつも秘密基地造りでした。




今、お引渡しのときに子供たちがすごい笑顔で、喜んでいる顔を見るのは本当にうれしい限りです。

(上の写真は自分の子供のときの写真です。)
2013.09.02:t-yana:コメント(0):[営業マンとして]

ある社長の話し・・・・「あこや貝」

  • ある社長の話し・・・・「あこや貝」


ある社長「ヤナシタさんはあこや貝という貝をご存知ですか」

私「いいえ」

「その貝は真珠が取れる貝として有名で、海の底に深く沈んでいる。その貝を海女さんは見つけ出し、暗い海中から引き上げる。なぜそれが出来るかわかりますか?」

私「はぁ~、解りませんね」

「それはね、その貝が光るからなんですよ。どんなに深く暗い海の底でもピカリと光る貝は、必ず引き上げられるものです。人間も一緒なんですよ。」

「どんなに、深く暗く貧しい環境であっても、その人が何か光るモノを持っていれば、必ず世間が引上げる。自然の摂理です。」

「あなたがもし営業の世界で生きていくのなら、覚えておく事です。そして、何かピカリと光る人間になる事が大切です。」


この話しは今から約15年前に聞いたお話しです。

営業で外に出ると、いろんな人と出会い、様々なお話を聞くことが出来る。

コレが営業職の良い所ではないでしょうか?

営業の皆さん、訪問件数を増やしましょうね。



2010.10.27:t-yana:コメント(0):[営業マンとして]

ある社長の話し・・・・・待ち時間

  • ある社長の話し・・・・・待ち時間
10年以上前の話です。

その社長は地元でお店も持っており、小売販売もやられている会社の社長さんです。

この社長に会いに行くと必ず待たされます。

「○時にお伺いします。」とアポイント入れても、必ず待たされます。

それも決まって1時間位。

大体は店内で待たされるのですが、奥さんや社員さんが仕事をキビキビとされている様子を見られるので、淋しくは無いのですが・・・・・。

ある時、私は不慮の出来事によりアポイントに30分位い遅れしまいました。

そうしたら、まるで見ているかのように、その社長は私が到着してから1時間後に遅れて来ました。(ニコニコと・・・)合計1時間30分の遅刻です。私は唖然と致しました。


結局、商談はあまり進展もせず・・・・月日が流れました。

そして大変残念な事にその後、その社長は突然に他界されてしまいました。

そして、私がなぜ1時間待たされたのか?は永遠の謎となりました。



その後、私の営業指南役の某商社の支店長がこうヒントをくれました。

「営業マンがお客様を待つ姿には真の姿が写し出される。横柄な態度やソワソワした態度をする営業マンは口で言うほど誠実ではない。」

「営業マンがお客様を待つ時は、じっと一人で寡黙に待つ事。それが営業マンの美学である。」と

たぶん、私を待たせた社長は私自身の「誠実さ」を見ていたのかも知れません。



ありがとうございます、大変勉強になりました。




2010.10.21:t-yana:コメント(0):[営業マンとして]

ナマの経営学その2

  • ナマの経営学その2
北上市での研修も無事終了し?宮城県に一年ぶりで舞い戻った。

(コレはウソで、実は上司とケンカし強制帰郷でした。本当に我ながらお恥ずかしい次第で・・・・)

当時、父親は新工場を立上げ様としていた。

場所は黒川郡富谷町、敷地面積300坪位の小さめの工場でした。

新会社なので、私はそこで全ての業務を手配する役目になった。

営業、製造、品質管理、納品、経理事務、人事、会社の中での業務はひと通りこなした。

20歳の秋、何にも分からないながらも・・・・・。

父親はあまり細かい事は教えてくれなかった。

それについて私がクレームを言うと

「バカヤロー、ちゃんと自分の頭で考えろ!」

それが口癖だった。

父親にとっては安易に教えるよりも、あえて教えず悩ませ、自ら試行錯誤させる事が狙いだったのかも知れない。

ナマの経営学その2

物事の本質を見ろ。自分の目で見なさい。自分の耳で聞きなさい。自分の頭で考えなさい。100%正しいと言う方法は無い。常に疑問を持ちなさい。
そして新しい手法をあなたが発明しなさい。


2010.04.13:t-yana:コメント(0):[営業マンとして]

ナマの経営学

  • ナマの経営学

私が大東住宅株式会社に入社したのは平成6年2月末でした。

以前は、父親と一緒に「プラスチック部品製造・金型製造」の仕事をしていた。

高校卒業後すぐに父親からの強い薦めにより(強制?)父親が数年前まで経営していた工場に研修と言う形で送り込まれた。

そこは岩手県北上市、岩手盆地の典型的な気候で冬はメチャクチャ寒く、夏は異常に暑かった。

でも北上市の方々は人情に篤く、まじめで、粘り強く、私の岩手県民への信頼はこの北上市での研修期間に培われた。

研修と言っても、下積み仕事が殆どで、1日中立つ仕事がこんなに辛いとは思いもしなかった。足の裏を毎日揉んでいた。

私には3歳上の兄と三歳下の弟がいる。

兄は勤勉家の為、大学進学を許されたが、私はヤンチャ坊主で遊び呆けていた。

私立大学を一応目指していたが、父親に
「そんな生ぬるい所に行ってもしょうがない。俺がナマの経営学を教えてやる。」

と凄みを聞かされ、あっさりと降参し岩手県に行った。

でも、この岩手県での1年間は今思えば非常に有効的だった。まず、工場の寮に住込んでの自炊。

部屋にはTVも無い、電話も無い。ただ時間だけは一杯あった・・・・・・。

北上市では本を読む習慣がついた。だって、ほかに何もやる事がないのですから・・・。


ナマの経営学その1

本当に自分自身を見つめる時間を持つ事。「自分」とは何ぞや、「生きる」とは何ぞや、それを問い続けることが大事である。・・・・・・・そして、若者よ本を読め。

2010.04.10:t-yana:コメント(0):[営業マンとして]