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人間の心のエネルギーは、多くの鉱脈のなかに埋もれていて、新しい鉱脈を掘り当てると、これまでと違ったエネルギーが供給されるようである。
片方で、エネルギーを費やすほうが、他方のエネルギーを増加させることもある。
心のエネルギーは節約しようとするよりも、上手に使っていくほうが、効率もよいし、新しい鉱脈の発見につながることもある。

(こころの処方箋より)



思春期は、毛虫が蝶になる前に「さなぎ」になるようなものである。
外から見ると何もしていないように見えるが、そのなかでは大変革が起こっている。
しかし、自分の内部で何が起きているか分からないから無口になるし、内に閉じこもるようになる。このような子はよく不登校になる。
これに対して内部で起こる大変革が外に漏れだしてしまう場合は、非行になる。
子供達は本当のところ、自分がなぜそんなことをするのか分からないのだ。
ともかく、何かをやらかさない限り、こころが落ち着かないのだ。
その時に「さなぎ」を守る者としての大人が、しっかりと逃げることなく正面から会うことが大切なのだ。
それを避けて、「悪」とか「異常」のレッテルを貼るだけでは、子供がよりおかしくなるのを助長するだけである。

(ココロの止まり木より)


日本神話の全体としての特徴は「均衡」ということであろう。
二つの対立する力のどちらかが勝ち、どちらかが敗れる、というのではなく、ふたつの力が均衡し共存する。
これは世界の神話の中でも珍しいと言ってよく、日本人の心性を表すものとして、示唆するところが大きい。

(ココロの止まり木より)



心配や苦しみも楽しみの内などといっても、その渦中にあるときは、心配に打ちのめされたり、苦しみから逃れようと、のた打ち廻ったりで、楽しみどころではないかもしれない。
しかし、そのような状況から抜け出した後で、思い直してみると「やっぱり楽しみの内だったかな」と思えたりしてくる。
このような経験を重ねていくと心配や苦しみに対して他の人よりは落ち着いて受け入れられるようになるだろう。

(こころの処方箋より)


社会の変化が激しいときは、両親は子供に対して優位を保つことが難しい。
子供の知識はすぐに両親を上回り、親の生き方に従って安心ということはないのである。
そこにハウツー式のことをいうのはほとんど不可能になってくる。
家族関係のことは大事業なのである。
しかし、覚悟を決めて「新しいこころの鉱脈を掘り当てる」と、職場のことも、家庭のことも両方が楽しくできるようになってくる。
(こころの処方箋より)


子供の頃、道草をしてはいけません。とよく言われたものである。しかし、子供にとって道草ほど面白いものはなかった。
道草をせずにまっすぐ家に帰った子は、勉強をしたり仕事をしたり、マジメに時間を過ごしただろうし、それはそれで立派なことであろうが、道の味を知ることはなかったというべきであろう。
生き方の道として、目的地にいち早く着くことのみを考えている人は、その道の味を知ることがないのである。もっとも、道草によってこそ道の味がわかると言っても、それを味わう力を持たねばならない。そのためには、それを眺める視点をもつことが必要と思われる。
(こころの処方箋より)