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 この世でやっていることの一つ一つはあの世の生活での準備になっている。
あるいは自分が死んだときに、あちらにもっていけるものが自分のたましい(ソウル)であると考えてみてはどうだろうか?
閻魔さんの前に持っていって、これが私のたましいですと示せるもの、そのようなたましいを生きている間にいかにしてつくるか、これがソウル・メーキングである。そもそもたましいなんてあるかどうかもわからないが、それがあると考えて、たまにはソウル・メーキングをやってみたり、それについて考えてみるのも悪くないのではないか。
(こころの処方箋より)


 本当に離れるためには、一度どっぷりつかることが必要である。
このことは、人間関係に限らない。
趣味などにしても、一度どっぷりつかると、適当な距離を取れるようになる。
中途半端なことをすると「心残り」がするのである。
もっとも、どっぷりつかるのと「溺れる」のとは異なる。
溺れる人はやたらとあちこちしがみつくが、そこを離れることは出来ない。
幼少時に母親とうまく「ごっぷり」体験をもった人は幸せである。
それがなくても、その他の人間関係や、その他の世界との関係で「どっぷり」体験をすることも出来る。
それは、その人の個性と大いにかかわるものとして、創造性の源泉になることもある。
(こころの処方箋より)

生まれ変わった気持ちで頑張ります。
あるいは、死んだつもりになって。などということもある。
本当に死んでしまったら生まれ変わるのかどうか分からないが自分の内的体験としては、死んで生まれ変わったと表現したくなるような劇的な変化が生じるのも事実である。
しかし、象徴的な死と再生の背後には、実際の死が存在しているのである。
肉体的死を回避しつつ、象徴的死を成就することが必要で、ただただ、死を避けていたのでは何事もならないのである。
(こころの処方箋より)


不安にかられて、それなりの灯をもって、うろうろする人に対して、
灯を消して暫らく闇に耐えてもらう仕事を共にするのが心理療法家の仕事である。
もっとも、不安な人はワラをもつかむ気持ちなので、そのような人に適当に灯を売るのを職業にしている人もある。
目先を照らす役に立つ灯(それは他人から与えられたものが多い)を敢えて消し、
闇のなかに目をこらして、遠い目標を見いだそうとする勇気は、誰にとっても人生のどこかで必要なことといっていいのではなかろうか。
(こころの処方箋より)


 一代にして立派な企業を育てあげた経営者や管理職に学歴のないひとが多い。そのような人は、どのような逆境にも耐え抜き、世の中の辛酸を舐めつくして成長してきた、いわゆる苦労人である。麦は踏まれることにより、立派な穂をつけ、樹木は風雪に耐え抜くために深く根を張る。渦潮の中で育った魚は、身も引き締まり形もスマートになる。
 人の判断は、自分の知っていることの範囲を出ないというが、経験ほど尊いものはない。どのような失敗を重ね、苦杯をなめ、苦言を呈せられ、逆運の中にあっても、それを己の実力養成になるのだと自分に言い聞かせ、反面教師として善に考え、自分のプラスにすることである。飛躍するためには力を蓄えねばならぬ。スプリングは常に伸びきっていてはダメであり、押さえつけられ圧縮させられているからこそ反発する力が強いのである。
 病原菌をうえつけて抵抗力、耐菌性をつけさせるように、屈するというのは、自分やわが社にマイナスとみられるような事象に屈服し、節を曲げ、身を任せることではなく、それに抗し、克服してわが物とする努力をすることである。
 夜があれば、また太陽の輝く朝が来るように、長く厳しい冬にとざされた北国にも、やはり、春はやってくる。冬が長いがために植物は成長し、豊かな実をつける。だれの人生にも少なくとも三回のチャンスが回ってくるという。運命の神の後ろ髪をしっかりとつかまえ、グンと伸びることができるかどうかは、鋼のように常に叩かれ鍛え上げられ、不純物を出し切った日ごろの鍛錬がものをいうのである。
「屈するは伸びんがためなり」、日々是修養、なにごとにも弱音を吐かず、全身全霊をあげて仕事に取り組もう。


 「最もよく奉仕するものが最も多くの利益を受ける」多くの人たちに親しまれているロータリーの有名な言葉は、たしかに人の世の真理をついていると思う。
 自我を主張しうるところには奉仕という考え方はない。夫婦の間でも、親子の仲でも愛情ということばで表しているが、愛とは相手に良かれと惜しみなく与える、つまり奉仕をすることをいうのだと思う。
 奉仕とはサービスであり、お客様にもっと喜んでいただけるように、お客様あってのわが社という感謝の念をこめて、物的な面、あるいは労働力など、隅々まで有形無形の心配りをすればするほど固定ファンができ、それが商売繁盛につながるのだと思う。会社勤めであっても、会社のために、より多くの努力をし、貢献する者がより報われるのは当然である。
これに類似のことばとして代表的なものは、西洋では「ギブアンドテイク」、わが国では「情けは人のためならず」というのがある。結果にはすべて原因がある。よりよい結果を期待するためには、それらを実らすような種子まきが必要なのだ。さりとて、サービスをしたから、すぐにその代償が期待できるというものではない。
奉仕とは、あくまで代償を求めない純粋な発想から出たものでなくてはならない。世のため人のために奉仕する。そこには自らの心の安らぎと満足感がある。「徳、弧ならず」ともいう。無私、無欲な奉仕は、必ずやどんな人の心も打つに違いない。必ず、いつの日にか、それに対する評価が生まれてくるはずである。
我々は、商人として、そして人間として「最もよく奉仕するものが最も多くの利益を受ける」という、このことばを熟読し、噛みしめるべきであろう。