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欧米の民主主義は個人主義の確立を前提に成り立っている。
一つの提案に対して対案を出し、全員で討議され、全員の意志でどちらかに決定される。
「争点」が明確にされ、それについて論じられる。
日本の場合は、多くの発言者は「こんな場合はどうだろう」とか
「こんなことは考えているか」などと、細部にわたって疑問を提出するが、
「争点」は不明確で、「対案」は持っていないことが多い。
日本的民主主義にもいいところはある。集団の全体のバランスを保ち、
全員が上手く参加してきて、「役割」を超えた働きをするなど、いくらでもいえるだろう。
しかし、このような方法が、「創造の芽をつむ」という著しい欠点をもつことを、
そろそろ、日本人全体が自覚する必要がある。
「創造性とは、全体のバランスを壊すことである」
日本の民主主義は、全体のバランスの維持にこころが向きすぎて、
ゴツゴツした創造性を「円く収めよう」とし過ぎるために、その芽をつんでしまうのである。
日本的民主主義の功罪について詳細に研究する必要がある、と思われるのである。

(こころの処方箋より)

2006.09.19:反田快舟:count(1,052):[メモ/・今日のひとり言]
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