有限会社コンサルネット

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 この世に呱々の声をあげたときは一心不乱に努力するが、ある程度安定操業ができるようになると、とかく易きに流れがちになる。全力投球する厳しさは少なくなり、惰性による経営に陥りやすい。そこには新しい体制に挑む力も気迫もなく、進歩もない。

 “若さ”とは、未来に対する謙虚な姿勢である。希望にあふれ、自己満足せず、目標を貫徹せんと努力し、成長をつづけることである。それがためにも、創業当時にかえって考えてみる。全力投球した後の悔いのないあの頑張り。無理をきかして伸び切った振幅の広さにあらためてわが力を感じ、それを契機に能力がグンと向上していったあの思い出。

 ファイトに満ちあふれ、決められた枠に拘束されず、融通のある考え方をもち、現実を素直に直視し、力を自ら養い、失敗に卑下せず、未来におびえず、現実を一歩一歩改善していく努力をもちつづけ、押し進める態度……。そこには若さがある。

 中小企業は、もてる能力の二倍ないし三倍の荷をのせて、なおかつ安全運転できなければならない。定量に腹八分の運営をする大企業とはちがう。どうしても若さが必要なのだ。

 企業は永遠に生きつづけねばならない。若さを誇る経営とは、未来にわたって、継続して標準以上の利益をあげ、ライバルに負けることのない手を打ち、労使の結束を固め、つねに明日への準備ができていなければならない。貧欲に成長をつづけるためには、表面的な数値だけでなく、販売力・技術力・商品力・人材力すべてにおいて量より質で考えていかねばならない。どのようなことが起こってもビクともせぬ青年の力をもたねばならない。
 
 人は自分の能力がおよばぬようになると、とかく評論に走りやすい。逃げる。いいわけをする。他人に責任をふりむける。行動力もなければ対策もない。
このような状態を老化という。

 若さとは疲れを知らずに前進する力である。若さのある企業とは、成長する人が多い企業である。集中力があり精力的・行動的で・耐久性・弾力性に富み柔軟性がある。そして積極的・攻撃的でかつ適応力・回復力がある。どのような事態になってもヘコたれず挑戦する力をもち、つねに前向きで前進し、希望と抱負をもち続ける企業といえよう。

 つねに清冽な水が流れ、打てば直ちに響く会社。たえまなく成長への歩みをつづけるために努力しているかどうか、その度合いで企業の若さが判定されるのだ。


最も正しいコンセプトをつくるよりも、社員自らが決めることの方がすごく大事だと思っています。
つまり、正しさよりも、共感度の高さでコンセプトを選ぶわけです。
共感しているというのとは、社員の誰もが「自分はああいうふうになりたい」と思っているわけですから、
そこに向かって進んでいこうという推進力が生まれてくるんですね。
 By星野佳路

(プロフェッショナル仕事の流儀1より)

最も共感したとき、最もモチベーションは上がりますね。
自分で決めたという満足感もあります。


コンセプトというのは、「誰に対して何を提供するのか」という定義だと思っています。
今は、お客様の数に対して、供給過剰の時代。
そのような状況では、単に「リゾートをやっています」「ゴルフ場をやっています」では通用しない。
最も利用していただきたいのは誰か、どんな人たちに対してサービスを提供したいのか、
ということを明確にする必要がある。
表現を変えれば、自分たちが最も得意とする人たちを選ぶということが、
コンセプトをつくる目的といえるかもしれません。
By星野佳路

(プロフェッショナル仕事の流儀1より)

それは選ぶ人以外を捨てる勇気をもつこと!




経営はアートなのか、サイエンスなのかという議論がなされることがよくある。
どちらの要素も必要だろうけど、経営者である限り、サイエンスを追い続けるべきだと思っています。
会社の競争力というのは、経営者の優秀さとか、アーティスティックなよくわからない部分に依存するのではなく、
サイエンスを追求し、その比率を大きくすればするほど、その会社は長期的に維持可能な競争力を身につけられる。
経営はすべてサイエンス化するのが、経営者の目指す姿ではないかと思うんです。
By 星野佳路

(プロフェッショナル仕事の流儀1より)

星野さんの目指そうとするものはわかる気がしますが、星野さんの優秀さ、判断あってのサイエンスだと思います。
どのようにサイエンス化するかの判断も人間ですし、最後は人間の感性や判断がものをいいます。
サイエンス7割、アート3割位の感じでしょうか?

仕事は楽しかった。
でも、最初のころ経営はつらかった。
何とかやってこれたのは、この定義があったから。
経営って難しい。そんな風に思われているし、
思っていたけど、実は簡単。
経営は、人を幸せにするためのビジネスって仕組みを、
ちゃんと運営するってこと。
人が幸せになるのを見るのは、
楽しいこと。
楽しいこと。
きっと人生で一番楽しいこと。
だから経営は楽しい。
(戦わない経営より)



“古川水絶えず”というが、このように変化の激しい時代では、このことばは通用しなくなってきた。創業何十年の老舗、名門の上場企業でも黒い噂が出て、同業者の傘下にくだるだけではなく、各業界で合併・吸収・倒産がぞくぞくと起こっている。“量過ぐれば袋破れる”というように、会社の中身と経営の実態が違ってくるとアウトになる。経営は、ひと・もの・かねのバランスだというが、肉体的条件のみ大人であっても、ものの考え方や、することが子供並では、今の時代に生き残ることはできない。
 量と袋の関係について考えてみよう。まず業種である。石炭など、時代に合わぬものを袋に入れていれば中味から腐っていく。また、取り組んでいる業種によって適正規模がある。市場の大きさ、企業活動の範囲を考えて、中味の配分と袋の大きさを考えねばならない。
 第二には、経営者の経営能力である。社長だけでなく、その後継者はどうかによって、袋の大きさを決めるだけでなく、中身の量によっては、袋を小口にして分けたほうがよい。
 第三には、人材という入れ物である。企業は人なりというように、発展成長をつづける会社であっても、それをやりとげる人たち、つまり仕事に適した人が、どの部門にも必要なだけいなければパンクする。
 第四に、コストから袋の大きさを考えねばならない。生産・販売・管理の単位から考えて、どのような袋の大きさが一番原価が安くつくかを考える。
 第五には、資金面からの制約である。個人資本のみにての成長には限界がある。資本調達力によって事業規模はどうだろうかを決める。
 第六は、政府の方針からいってどうかである。中小企業は大きく変わらねばならない段階にきている。合併するか、吸収されるか、系列下にはいるか、自己の力で成長するか、膨張策にブレーキをかけ分散するか。量を減らすか、増やすか。袋の大きさをどのように変えていくか。中味と入れ物とがバランスするようにしていかねば、袋は破れてしまうことは避けられないであろう。