第三十五話「三十年目の出発②」

 先日、仲良くしている石材店からの依頼で、『神道』の墓石・外柵のセットを二ヶ月の間に、続けて二組、設計・製作しました。
 これまで神道系のお墓のデザインをする事は、数年に一基有れば良い方でしたので「珍しいな」と思っていると。「あれ、ヨネちゃん知らなかった?このところ仏教から、神道に宗旨替えする人が増えているんだよ。とくに震災後、『神道』になった人が多いみたいだよ。」との事。「へえ、宗旨替え、何故なんだろ?」と訊いてみると「震災後の今だからじゃないのかな?」と、曖昧な返事。
 しばらく色々と二人で原因を話してみましたが、結局二人ともハッキリとした答えは出せませんでした。多少解ったのは、神道はお葬式に関わる経費が、仏教と比べると安いと言う事と、日頃のお寺とのお付き合い(お寺に対する寄付)が面倒になった等の、何となくお金に関わる理由が、主に有るのかもしれないという、これまた曖昧な結論です。何にしても、多くの人が亡くなったこの時期に「新しく生きよう」と思う人が出てきた事は、確かのようです。
 そう言えば、出来上がった墓石製品を納品した数日後、施工のお手伝いがてら、神徒さん専用の墓地を見学に行きました。驚いたことに、震災から数カ月しか経っていないのに、想像以上の墓石が、そこに並んでいました。
「へえ、もうこんなに・・・」と思いました。通常の工期では、まず出来上がらない本数の墓石が建っているのです。感心しながらなにげなく見ていると、なにか変なのです。何かバランスが悪い様な、お墓としての落ち着きが無い様な・・・。
 石屋の仕事も地域性や、職人ごとの仕事の違いで、全く同じお墓は出来上がりません。細かな部分で、その職人さんの個性が出るのです。特に棹字の文字彫刻に、その個性が表れます。また、お墓の前に置いてある香炉や花立てのデザインでも、どこの石屋さんの仕事かが判ります。関西や関東と言う地域の違いで、使用する石種が違ったり、お墓の形が違ったりもします。しかし、この違和感はそう言った類の物ではありません。
 地域性や職人の違いが有っても、石を加工したり施工したりする上での、基本的な石屋としての「決まり事」は有るのです。でも、その墓地の墓石は、その基本的な物を全く無視したように感じるのです。
「それは具体的に何?」と言われると困るのですが、一つの例として、お墓に使う石材は『細目』とか『中目』と言って、表面の柄が粗く見えないものを使います。建築関係に使用する石材は使用する面積が広いので、どちらかというと目の粗い石種を好みます。施工に関しても、どの様に石を使うか、組み合わせるかで、お墓の強度が変わります。それと、古くからある『黄金比』『白銀比』なる縦横のバランスも重要な要素になります。
 エジプトのピラミッド、ギリシャのパルテノン、ミロのビーナスは『黄金比』。神社の鳥居、興福寺の阿修羅像は『白銀比』です。まあ、そこまで専門的でなくとも、何となく見た目に優しいバランスが有るのです。
 プロのカラーコーディネイターによると、周りを濃い色にして、中心部に淡い色を配色すると全体が引き締まって、高級に見えるそうですが、墓石の場合は外柵(お墓の囲い)には淡い色を使い、中央の墓石本体には、濃い色の石材を使用したほうが高級に見えます。それは「濃い色の石材の方が高級である」と昔から言われている固定観念(事実そうなんですが)が、私に在るからかも知れません。しかし、現在の様な形式の墓石が建つようになってから随分経ちますが、その昔からそうした石材の使い方がされているのですから、間違いではないと思います。
 それらの石屋の「決まり事」を全く無視したお墓が、このところ増えています。『免震施工・耐震墓石』と言うステッカーが貼り付けてありながら、完全に倒壊した墓石は、そうした昔ながらの『石屋の論理』を無視したお墓に、多く見受けられました。
 どのような職業でも、その職種に合った雰囲気があります。特に、長くその仕事をしていると、そうした体臭の様なものが、からだ全体を包むように思います。しかし震災後、色々な墓地でお墓の修理をしていると、「うん!あれは石屋か?」と言った作業をしている職人を、見るように成りました。誰しも始めは素人ですから仕方がありませんが、一・二年石屋に務めただけで「はい、私は石屋です。」と独立開業したり、「石屋って儲かりそうだからやってみるか」と、まるで違う業種の会社が、石屋の看板を上げたり。
 でも『お墓』ってそう言った心構えで商売しても良い物なのでしょうか?
「なに言ってんの。儲かりゃ何しても良いし、幾らこだわっても、金に成ら無きゃ駄目さ。」と、何処からか聞こえてきそうですが、一人くらい『こだわった、石屋』が居ても良いと私は考えています。私以外にも、そうした真摯な姿勢で石に組んでいる石屋さんが結構居ますので、貴方の周りを良く探してみてください。口だけの「石売り」で無い、本当に良い職人に出会えると思います。
2011.11.15:米田 公男:[仙台発・大人の情報誌「りらく」]