今制作している獅子の白鷹町西高玉の獅子舞を見学にやって来ました。実際に動いている獅子の振り方を見たかったのです。地区の人はある程度まとまった場所に待機してお祓いを受けています。長井の獅子のようにお神酒を飲ませるという仕草が無かったような気がしますが(未確認)。獅子の分も獅子振り達はたくさん飲んでいらっしゃいましたね。
2005.10.16:shishiyado:[メモ/黒獅子chの部屋
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獅子舞
上の写真は稲荷神社の秋祭りの様子ですね。この獅子頭は地区に二つあり、約百三十年前に製作されたものです。舞は動きが非常にゆっくりしているのが特徴。これは、獅子頭が大きいので激しい動きをするのが難しいのと、獅子頭そのものが恐ろしいので、無駄な動きをしないほうが格好よく見えるからだと言われています。また、西高玉の獅子頭に最も似ているといわれているのが白兎の葉山神社と勧進代の総宮神社の獅子頭で、巻き眉や目つきは同型だとされています。ですが、舞は長井のほうが激しい振り方をします。それは西高玉の獅子舞は厄払いというより、祝事や神事の一環と考えられていたので次第に、太鼓や笛の音色、舞なども優雅さを求めていったのではないかと思われます。勇壮な長井の獅子舞も良いですが西高玉の獅子舞も見る価値十分ではないでしょうか。
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獅子舞
はじめまして!
白鷹の獅子舞
エラーになり、同じ記事を二回投稿してしまいました。すみません。 それにしても、白鷹では七五三の舞(赤獅子)が奉納される神社がとても多いですね。蛇頭の舞いが舞われるのは佐野稲荷神社と西高玉稲荷神社の二ヶ所だけです。この二つの神社も当初は七五三の舞でした。この二つ神社で蛇頭の舞が舞われるようになったのには諸説あるのですが一説によると、明治初期、長井から白鷹の佐野に婿養子に来られた方が居たそうです。その方が同地区に蛇頭を寄贈され、長井から獅子舞の師匠を招かれたそうです。そして蛇頭の舞が伝授されました。地区民は蛇頭の舞のほうが良いと獅子舞を改元することを決意。その後、西高玉でも同じ稲荷神社ということもあり獅子舞を改元しました。西高玉の獅子の振り方は勧進代の獅子舞を参考にし地元の舞踊家が中心になり考案しました。それにしても、あれ程立派な獅子頭を製作した人とはどんな人だったのか疑問になります。
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なるほと゜・・
作者は・・
勧進代の
ひょっとして巌氏?
失礼しました
西高玉の
獅子舞
お久しぶりです。これからの時期、祭りが増え獅子舞を見ることも多いと思います。西高玉の獅子頭も今年の祭りで初披露とのことで期待しています。さて獅子舞の見せ場といえば警護掛かりなどが有名ですね。舞に力が入り迫力のある場面です。西高玉の警護掛かりでも舞の一部に独特な動きがあります。獅子舞で最も大変なのは、町内を周り終えてから神社に入る前に、庭で舞う場面です。疲労と酔いで形式通りの動きが出来なくなります。舞手はこのような場合にしきりに警護掛かりをします。獅子頭が大きいので支えきれなく警護に倒れかかります。普通は警護掛かりは力比べですが西高玉では、獅子を正しい方向に導くためにおこないます。通常、獅子頭は移動する時2〜3人で支えますが、舞の最中はそうもいきません。このとき一人で獅子頭を持つと庭を半周したあたりで、力つき舞手を変えるか警護掛かりをして休みます。これは境内半などと呼ばれています。また、神社の裏側に周り体勢などを整えるお堂巡りなども独特です。
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暑いですねー
お願い
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