今回の渡部 亨氏の御子息宅への訪問は、御子息の奥さんから獅子頭1頭と獅子彫道具類の飯豊町への寄贈が
一番の目的である。
また、亨さんの獅子彫に関する話と写真や資料を拝見する事が出来た。
その他に私個人に亨氏の作った獅子頭頭部の木地、欅の夫婦湯呑み、柳のまな板、花台、水車の模型、タテ
ガミの白馬毛等を提供していただいた。
早速工房で耳穴を開け耳を取り付けてみる。左は塗り途中の渋谷作の歌丸獅子一号
獅子頭頭部木地は顎は無く、晩年(平成4年)制作と思われる未完成の歌丸神社の獅子頭木地である。
「平成4年 歌丸」と書かれたメモも残されていた。
歌丸神社で亨氏に獅子頭制作の依頼があったのだが叶わず、急遽太田氏が制作し平成5年に納入したようだ。
亨氏の絶作として貴重な資料を後世に伝えたいものである。もし亨氏の作が完成していたら二代目の獅子頭
として活躍した事だっただろう。
二つ目は総宮型の栃材で制作したものだが、黒い線状の不朽菌痕があり、獅子頭木地としては相応しく無いも
ので、前歯や各所に割れを釘状の金属をコの字型に曲げ補強を施している。
以前、成田の若宮八幡神社所蔵の渡部亨氏作の獅子頭の修理の際、鼻先や各所に黒い線やコの字型金具での補強が確
認した事を思い出した。強度が弱く割れが入り、舌も割れ修理した記憶がある。
歌丸の木地より古い感じがしたので亨氏は、この木地の獅子頭の使用を取り止めたのだろう。
仏間に飾っていた亨氏の作、欅の夫婦湯呑みや花台もいただいた。
獅子頭制作では軸棒やコブに使う丸棒を木工旋盤を使って作る。木地師でもあった亨氏にはお手の物だっただろう。
残念ながら獅子彫の道具類は飯豊町のコレクションになった。ノミやカンナ、臼彫りちょうな、槍カンナ、エプロン
まで多数あり、切れ味も抜群。使い手が亡くなり30年以上経過しているが大事に管理していたのだろう、錆も無く
直ぐに使用できるものばかりである。
写真も多数、興味深いものを拝見した。
成田若宮八幡神社と五十川薀安神社の木地の獅子や塗りたての写真。
酒田型の獅子頭は片方がお歯黒で二頭制作していた。片方は亀ヶ崎十一面観音寺の稽古用の獅子頭で
その制作に関係のある獅子頭木地が残されている。調べてみると寺には三頭所蔵され、近年制作され
た獅子頭は平成元年酒田市今泉の仏師高橋啓行氏の獅子とある。亨氏の獅子が認知されない何か深い
事情があるのだろう。
亨氏の実物の獅子を現地で拝見した事があるが一頭だけであった。よく見ると鼻先や唇の造りが異なる。
亀ヶ崎十一面観音の亨氏の作の獅子頭
亨氏の作同型の獅子木地
近辺の別の神社の獅子頭を模して制作してのだろうか? 現在調査中である。
息子さんが持っている獅子の顎の底が見えている。これは中津川上屋地の若宮八幡神社の大型の讃岐(四国愛
媛)の張子獅子である。亨さんが塗り替えをしたのだろう。
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