太田町熊野神社の獅子頭
7月14日米沢三熊野の太田町と大町の二社の例祭日である。 大沼デパートの東隣の熊野堂へは春日山先勝院へ問い合わせし18:00にご祈祷という情報を得た。 実際訪れてみると、獅子頭の撮影は出来なかったが拝観できた。箱に入った宇津権九郎の獅子には青い幕が 取り付けてあり、手前に天狗の面が置かれていた。拝殿木鼻の獅子の彫刻が立派だったので期待したが 大正六年と八年の米沢大火の影響だろうか? 次に向かったのは太田町の熊野神社。 境内は鬱蒼と木々が生い茂り周囲の住宅とは別空間である。 社殿も神殿と幣殿拝殿を一つの屋根で覆ってしまう形に改造されている。 目を疑う様な古い神社幕は慶應二年、幟を二枚縫い合わせた幕には天保十三年と書かれてあった。 流石質素倹約の上杉鷹山の精神が今でも受け継がれているのだろう。 お祭りの準備で境内に売店やイベントの為の座席が用意されて担当者達が忙しそうに準備に追われている。 拝殿にお邪魔すると獅子箱の上に座布団二枚と獅子幕を重ね、まったりと獅子頭が鎮座していた。 何処かで見た様な風貌だ。 漆が枯れて黒が褐色化している。 脳天の宝珠がユリ根状の蓮の花と頬の真新しい髭が目立っていた。 獅子箱の記名は大正6年2月に若連中が奉納している。 大正年間の6年と8年に米沢大火があり何千棟の家が消失しているが、資料によると太田町までは延焼して いないので、この神社も獅子頭も古い神社幕も無事だったようだ。 作風が読み取れない。獅子頭の内部を見ると修理が行われているので記名は消えたのだろう。 舌の形が櫻神社の獅子の舌と似ているのに気づく・・がどうだろうか? 拝殿内の奉納札にも獅子の手掛かりは見当たらない。 そういえば獅子頭の両耳の下の二つの巻き毛模様は神楽獅子にある模様だ。 その方向とか右回りや左回りが暗号になっていると上山の佐藤太夫に聞いた覚えがある。
2018.07.16