飯豊町で獅子の話

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2月2日飯豊町アースにて第三回飯豊学講座地域史学習会が開催され「飯豊町の獅子頭調査」についての
報告を発表させて戴いた。2時間半の持ち時間があったので、気合いを入れプロジェクター63頁の資料
を制作し四獅子頭も持参し町に寄贈された伊藤嘉六家の二頭も展示され解説できた。今回は飯豊町の寺
社と個人蔵で30箇所だったが、まだ数カ所未調査の神社もあり3月まで調査は継続である。

行政から依頼を受けて獅子頭を調査し発表するという貴重な機会を戴き、調査と資料にまとる事は大変
な労力だったが、まさに今で無いと調査できない時期と思われる重要な調査ばかりだった。
昨年の長井市主催の「獅子舞と修験と熊野信仰」のシンポジウムで獅子舞の根源には「禹歩」という呪
術が関わっているという新説、長井の総宮神社に伊達政宗の異風が隠れているという仮説を発表した。

飯豊の獅子舞はその総宮神社の獅子の彫師と思われる「高橋小兵衛」が飯豊諏訪神社の雲形眉の獅子頭
を制作したという仮説。中津川岩倉神社で今回発見された、延享年間の「柳 亢右衛門」の作の獅子頭
は飯豊町では最古の獅子頭になる。また、明治期、椿の伊藤彦右衛門については講演参加者の方からの
話で、彦右衛門の生家は伊藤嘉六家が本家であり子孫の家が判明した。今後、飯豊史話会の方と調査し
記録を残したいものだ。今回の獅子頭調査を基に、また新たな獅子頭の歴史が現れる事を確信している。



2019.02.04:shishi7:[コンテンツ]

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