長井市五十川の正寿院の獅子頭

  • 長井市五十川の正寿院の獅子頭
長井市五十川の桜本山 正寿院は宥日上人所縁の寺である。宝暦9年(1759年)焼失の為、最上川の西岸
に移り現在に至っている。すぐ近くに五十川地区公民館があり、主事から正寿院の資料に獅子頭の写真を
発見したとの連絡を戴いた。





正寿院の資料より引用  唐傘お供

資料によると30年前まで正寿院文殊尊の例祭に子供の獅子舞を行なっていた
のだという。その獅子舞も戦後まで中断し、復活したが子供の減少で間も無く廃絶した。その獅子頭の存
在を主事が知り、年末にヒョッコリ現れ拝見してきたのである。











小振りの獅子頭は成田、五十川系特有の木の葉眉の獅子頭で、この獅子頭の眉毛は少し違っていた。ギザ
ギザが目の上にも被さるような造りである。そして鼻筋の段々も細かく刻まれている点を除いては成田、
五十川系の様式である。特に歯や舌の作り方が、平吹獅子と呼ばれる成田八幡の最古の獅子頭に酷似して
いる。杉材の耳は後から作り足されたものだろう。鼻髭は絹糸でタテガミもヤク毛や白馬毛で補修されて
いる。黒眼の縁や金の目の縁に微かに赤が残って、ブロンズ金で補修された跡が見られる。近くに獅子彫
りをしていた大川氏や嶽本氏が手直ししたのだろう。小品ながら成田五十川系の様式に、創作を加え熟練
した腕前を残している。記名は無いので推測だが、高橋小兵衛の作と思われる。天明2年(1782年)小兵
衛は平吹市之丞に依頼され総宮神社に木造鬼面一対を制作している。正寿院が再建された宝暦9年(1759)
頃に獅子頭や本堂木鼻の獅子の彫刻も手掛けた可能性も考えられる。長井市の獅子頭はほとんど調べ尽く
されたかと思われていたが、こんな発見もあるので驚いている。まだまだ獅子マニア垂涎の獅子頭は人知
れず眠りを貪っているようだ。


平成7年 大川氏奉納の獅子頭
2018.12.24:shishi7:[コンテンツ]

この記事へのコメントはこちら

以下のフォームよりコメントを投稿下さい。
※このコメントを編集・削除するためのパスワードです。
※半角英数字4文字で入力して下さい。記号は使用できません。
今日 80件
昨日 287件
合計 105,106件