まほろば天女ラクシュミー
▼誕生!まほろば天女ラクシュミー#3
3
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「・・・だでーーなぁーーー・・・・・・」
化け物の声が小さくなっていく。
「どうやら行ったみたいね・・・・・・ったく、なんなのよもー」
わたしは顔を上げ、ずり落ちてきたメガネをなおすと化け物の行ったであろう方を向いた。
木立にかくれてよく見えないが声からするとだいぶ下へといったようだ。
腕の中でもぞもぞという感触がする。あの緑の犬が目を覚ましたようだ。
犬は腕の中から這い出そうと手足をばたつかせたり突っ張ったりする。
「だめよ、あなたケガしてるじゃない」
わたしは犬をしっかりと抱きしめた。
「・・・でも、ぼくはこの町を守るためにあいつを倒さなきゃならないッハー」
え?
誰かの声がした。この場にいるのはわたしだけのはず。
なんだか怖くなって犬を抱く腕に力をこめた。
「いたい!いたい!いたいッハー!」
犬が手足をばたつかせながらそうさけんだ。
犬がさけぶ?
いやどう考えても声の出どころはここしか考えられない。
わたしは恐る恐る視線を下にうつす。
「いい加減に放すッハー」
犬はそういいながらなおも手足をばたつかせる。
わたしは気味が悪くなって犬をほおり投げた。
突然体を宙に投げ出された犬は受身をとれずに顔から地面に落ちる。
「っつつ、ひどいことするッハー」
犬はうらめしげな声を上げるとこちらを振り返る。でもこっちはそれどころじゃない。
だって、
「い、犬がしゃべった・・・」
んだもの・・・
「僕は犬なんかじゃないッハー。文殊菩薩様の使いで、この高畠町を守る守護聖獣、唐獅子のシンハだッハー」
わたしの声を聞いて犬が少しむっとした顔をしていった。
「しゅご・・・せいじゅ・・・え?唐獅子・・・?」
「高畠を守る守護聖獣のシンハだッハー!そんなことよりあの化け物が町に悪さをする前に何とかしなきゃならないッハー」
とまどうわたしに再度名乗ったシンハは、くるりと振り向いてふもとのほうへと駆け出そうとするが何歩も歩き出さないうちに地面へと突っ伏した。
「ちょ、だいじょぶ?」
犬(の様な動物)がしゃべる姿はなんだか気持ち悪いけど、こうもボロボロだとなんだか心配だ。声をかけずにはいられなくなる。
シンハはゆっくりとわたしの方を振り向くと震える声でこういった。
「君の力を貸して欲しいッハー」
「わたしの、力・・・」
わたしは思わず聞き返した。
「そうだッハ、天女ラクシュミーに変身してあいつと戦って欲しいッハー」
「・・・・・・」
シンハの言った事が何一つ理解できない。きっとわたしはそんな顔をしていたのだろう。
シンハはあわてて説明をはじめた。
「僕がこの町を守るようになったのは今から千二百年前くらいだッハ、でも僕一人の力だけじゃなかなか思うようにこの町を守りきれなかったんだッハー」
シンハはなおも言葉を続けた。
「そのとき手伝ってもらった女の子がラクシュミーだッハ。ラクシュミーに変身すると驚異的な身体能力と、明晰な頭脳、そしてたぐいまれなる美貌が手に入るッハ。どうやら君にはその素質があるみたいだッハー」
「素質っていったって、そんな絶対無理無理ムリムリ!」
わたしは全身で拒絶を表現する。驚異的な身体能力っていったって、たぐいまれなる美貌っていったって、明晰なずの・・・明晰な頭脳・・・明晰な頭脳!
「・・・ねぇ、シンハ・・・くん」
「ど、どうしたッハいきなり」
シンハは突如変わったわたしの声のトーンに戸惑いを見せた。
「明晰な頭脳ってことは、そのらく・・・らく・・・」
「天女ラクシュミーだッハ」
「そう、そのラクシュミになれば、勉強ができるようになるのかしらん」
正直わたしはそれほど勉強ができるわけではない。とはいえ中の上くらいの成績はとれてると思う。
家族からは成績の面でいろいろ言われることはない。しかしながら、希望する進学校に入って、なるべくお金のかからない国公立の大学となるとまだまだ努力が必要みたいだ。
人並み以上に机に向かってる時間はあると思う。去年の夏からメガネをしなければならなくなったほどだ。でもなぜか結果が付いてこないのだ。
「中学生の勉強なんてじょさ無くできるッハー、高畠を救えるのは君以外にいないッハー」
シンハは興奮気味にそう答えた。しかし答える前の一瞬、半ばあきれた表情をしたのをわたしは見逃さなかった。
「勝算はあるの」
「いうとおりに戦ってくれれば楽勝だッハー」
よーし、これでわたしの夢がかなうなら、ちょっとの危険なんてへでもないわ。
「どうすればいいの?」
「これを使って変身するッハ」
シンハは首から器用に宝石のようなものを取り外すと、わたしに渡した。
「なに、これ?」
ちょっとつぶれた水滴型、わかりやすくたとえるなら某有名RPGのスライムみたいな形をした透き通った玉だ。
「それは変身アイテムのチンターマニだッハ、それを高くかかげてオン・チンターマニ・ソワカとさけぶッハ」
「よーし、オン・チンター・・・・・・って、どさくさにまぎれて女の子になんてこと言わそうとしてるのよ!この、セクハライオン!」
その気になって意気揚々と腕をかかげるが、途中ではっと気がついた。
「な、何をいうッハ!この状況でそんなこと思いつくほうがどうかしてるッハ」
シンハがあわてて言い返す。
「チンターマニは如意宝珠、願いをかなえる宝石っていう意味だッハ。このチンターマニにはこの高畠町を守りたいっていう僕の願いがこめられているッハ。お願いだッハ、その真言を唱えてラクシュミに変身して欲しいッハ」
シンハは真剣な目をしてわたしを見つめる。
「でも・・・」
その「ことば」には・・・抵抗がある。
「大丈夫だッハ、誰もいないし僕しか聞いてないッハ」
ちっきしょう。何プレイだよコレ。
わたしは意を決して、チ・・・如意宝珠を高く掲げる。
「オ、オン・チ・・・・・・オン・チンターマニ・ソワカ!」
目をつぶりその言葉を発すると、わたしは開放感に包まれた。
如意宝珠を持ったその手から暖かさが伝わり全身にひろがっていく。まるで温泉に入っているような心地よさだ。
つぶっていた目を開くとわたしは金色に輝く空間の中に一糸まとわぬ姿で浮かんでいた。
不思議なことに恥ずかしいとかそういった感情はまったく感じない。
メガネをつけていないのにはっきり物が見える。
どこからか、ピンクとも紫ともつかない色のもやのようなものがただよって来て体にまとわりついてくる。
体にまとわりつき密度を高めたもやは一瞬強い光を放つとひらひらのゆったりとした衣装に変わる。
からだ、あし、うで、あたま。衣装が次々体中をおおっていく。
不意に金色に輝いている空間に天頂からさらに強い光が差す。まるでそこからこの空間が裂けてしまうように。
わたしは強い光に再び目をつぶった。
気がつくと、わたしは再び元の亀岡文殊堂、伊藤売店の裏に立っていた。
シンハが尻尾を振ってうれしそうにわたしを見つめている。
「ラクシュミー、誕生だッハ!」
2012.02.01:shinha
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