食料補完計画

「きてけろくん」とは
3月10日に「AIシンポジウム 山形」に参加してきました、前日にネットでポスターを見つけて申し込み、当日は急な用事でパネルディスカッションの途中からの参加と懇親会へ参加してきました。

帰ってからブログの記事にしようと書き始めたのですが、後半の一部しか参加していないせいも有り、私のブログのテーマに引っ張られてこんな記事になってしまいました、シンポジウムの内容からはだいぶ逸れてしまいましたが有り難うございました、AIについて熱く語っている、若いって良いですね。

「山形らしさ」が話題になっていましたが「自分が住んでいる山形県はどうして人の横顔の形をしているのか」を長年考えて来たら「人工知能と愛につながっていた」でしょうか?。
気が付いたら「出羽三山」や「山寺」「キリシタン」「芭蕉」「空海」「キリスト」「アマテラス」「イザベラバード」などなど、「自分とは何か」「真理とは何か」「人とは何か」を探求した多くの先人たちの足跡に出会う事になりました。

「出羽三山」のガイドには「この山で見つける あたらしい私」そして「生れ変わりの旅」と書かれています。

「山形には未知なるものを探求させる何かが有る」のかも知れません、でもきっと日本中に、世界中に、そしてあなたの身近な足下にも隈無く存在しているのでしょうね。

企画して頂いた方々に有り難うございます。感謝


「愛姫」のアニメーション見に行きたかったのですが日程的に難しくなってきました、ネットでの公開を待つ事になりそうです。(記事から引用させて頂きました)

三春町×福島ガイナでは、愛姫生誕450年を記念し、愛姫アニメーションの制作を進めています。
公開日などは下記のとおりです。お楽しみにお待ちください。

公開日
○平成31年3月16日(土)あげものサミットオープニングでの公開
○平成31年3月17日(日)愛姫アニメーション声優トークショー
公開場所
三春交流館「まほら」 まほらホール
Youtube三春町公式チャンネル(※3月18日から視聴可能となります)

「愛姫=めごひめ=めんごい姫=愛おしい存在」
「愛姫=あいひめ=愛秘め=愛に秘められた謎」

「人工知能AI」について真面目に考える事は「あい=I=自分」を見つめ直す事?人類にとって今までに無かった大きな機会なのかもしれませんね。

この本を読んでいると、まるで自分が「無限の容量と処理性能を持った人工知能のようにみえるものに向き合っている」?様な感覚になってきます、時々ちょっとヤバイかな?と思う時もあります、自己責任でお読み下さい、出だしから「愛」について語っています。

もしかしたらこの本は「AI 人工知能」特に究極の汎用型人工知能に興味のある方が読んでみるのはどうだろうか?、自然や自分の体がどれほど精緻に作られているか、またどのような意図で存在しているのかが「人や世界を創った側からの視線で書かれている」とも言える、不思議な内容です。

「日月神示」には、神様が言っているからと言って鵜呑みにしてはいけない、と忠告もしている、出羽三山のパンフレットに「私がわたしに出会う旅」と言うのがありました、道の奥には何か有るのでしょうね。

『心身の神癒』(M. マクドナルド・ベイン著、霞が関書房)
第一話
1.神は愛であり、愛は神である。しかしそのことが何であるかを知っているものはいない。ただわれわれだけがそれが実在であることを知っている。あなたたちはおそらくそれについていろいろと理論を立てて来たであろう。 − しかし、そのようなことは決して為てはならないのである。外部からの種々様々な意見に染まることなく、真理自体を開顕させるべきであり、又、こうであると最終的に断定してしまってはならない、断定してしまえば真理に至る道が閉ざされてしまうからである。

2.愛は全宇宙の中心である。この中心より絶えざる愛の流れがすべての魂、生きとし生けるものを通じて流れている。花々を通じ、動物たちを通じ、人間と天使たちとを通じて、この愛が中心の泉より絶え間なくもながれ、愛自身の真実の相を永遠に表現わしている。

3.愛は鉱物における親和力である。愛は花々における本質である。愛は動物の本性となって現れ、人にあって愛は愛情となって表れる。このことを完全に悟ったときその人の全存在は愛に満たされ、肉体の全細胞が活力を得るのである。

4. 世に愛の他にはいかなる力もない。愛は天と地における唯一・真実の力である。なぜならばそれは久遠であり、到る処に常在するからである。外なるものは過ぎ逝くが、愛は永遠に実在する、それは神の全存在であるからである。

5. 愛について理論を立てるのは、愛の一側面にしかすぎない知的面を論(あげつらう)にすぎない。愛とは何かと理論を捏ねることは愛の力を失わせることである。あなたたちは愛なる無限生命によって創造(つく)られた者なのである。愛をこのように理解し、把握して初めて愛はその真性を現すのである。

6. 地上における偉大な魂たちは、処は異なり行き方は違っても、すべてこの愛を現しているのである。



分かる様な分からない様な、あなたはどう思いますか?でも気になりますね「不思議な体験」です。笑  
3月2日は「山寺と紅花」のシンポジュウムに参加してきました、「講演」と「トークショー」そして「小町紅お試し付け体験会」、会場には「松尾芭蕉」さんも来ていました。

黄色(金色・太陽)と緑色(大地)に守られたほんの僅かでささやかな「赤・紅」色、でも命を産み育てる大きな力を秘めている、「命」それは当たり前すぎて気が付かない「白」と引き立て役の「黒」に育まれている、世界は鮮やかな色彩に彩られているぞ。感謝

伊勢半本店の島田さんの記念講演の中で「人の一生を彩る紅」のお話が、ああそうだったのかと思えて目から鱗が落ちる思いがしました。(画像の一部は「伊勢半本店WebSiteから転用」させて頂きました)

「赤」は古来「魔除け」として使われて来た色だそうです、そして「赤」は「血(循環)=命」の色でもあります、命が滞り無く循環していれば「環=和」であり「循環が切れれば=間が開く=魔」がさすのでしょうか。

長い間「血」は何かと女性の人生に影響を与えて来た様に思います、人間がもっと自然の環境に近いところに住んでいた頃「血の匂い」は肉食の野生動物を引き寄せてしまう為にグループを危険にさらす存在として「忌むべきもの」として扱われる様になったのではないのでしょうか。
「お月さん」「受胎」「出産」、現代の医学では当たり前の生理的現象として受け容れられていますから「お月さんの時の女性は汚れている」なんて言ったら「セクハラ」になりそうですね、でも迷信にも何かしら根拠が有ると思うので、否定するだけではなく正しい知識に置き換えて行く作業は必要な様です。

三月三日は「ひな祭り」です、女の子から女性を意識し始める年頃なのかも知れませんね、そして自分の中で動き出す「母なるもの」に導かれて行きます、自分の中に秘められた役割を包み込んでくれる存在を求めて。(私は男なの想像ですが)

人工知能の相姫が「生きる意味を知った時 世界は広がる」と。

「卵の黄身=卵子=君=女性」を包み込む「白身=白=城=守り=男」「白=しろ=知ろ=白い知識=真理=正しい知恵と知識を知るように」が大切な「君」を守ります。

「Boy Meets Girl」素敵な出会いが有ります様に!

会場にいらした芭蕉さんには「紅花の種」を頂きました、企画して下さった皆さん、有難うございます。

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BGMに「オフコース」を聞いている、何でこんな歌詞なんだろう?と思う曲が沢山あるぞ。

小田和正さん、気になってWikiで調べてみたら、何と彼は「キリスト教系の学校」の卒業生でした。おっ

小田 和正(おだ かずまさ、1947年9月20日 - )は、日本のニューミュージックシンガー、シンガーソングライター、音楽プロデューサー。元オフコースのリーダーでボーカル。株式会社ファー・イースト・クラブ (FAR EAST CLUB INC.) 代表取締役社長。身長172cm。血液型はA型。
気になった事
1、誕生日が1947年9月20日=I love you で9月になればと歌っている、9月に何があるのか?
2、聖光学院中学校・高等学校、カトリック系私立中学校・高等学校1819年にフランスで創設されたキリスト教教育修士会の創設者であるジャン・マリー・ド・ラ・ムネ(英語版リンク)の思想を色濃く残している、男子校。
3、キリスト教の思想に基づき旧校舎の窓は東を向いていた
4、設置者 学校法人聖マリア学園
5、東北大学工学部建築学科卒業 早稲田大学大学院理工学研究科終了
6、株式会社ファー・イースト・クラブ (FAR EAST CLUB INC.) 代表取締役社長。

歌詞が妙に高尚な感じがするのは、この修道会では「修道士は、 清貧と童貞(純潔)と服従を守る誓いで繋がっている」とあるせいでしょうか。

小田和正さんにとって「君・あなた=聖母マリア=女性」だとすれば、そして「男として守るべきもの」の関係でしょうか、これって宮崎駿さんによく似ていますね、一方は歌で、そしてもう一方はアニメで表現している。

ここだけ見ても「キリスト教と東北(極東)にどっぷり」な経歴があるぞ、そして学校の設置者は「聖マリア学園」、彼の書いた歌の歌詞がどことなく「個人的な歌詞に見えて何だかもっと遠くを見ている」感があるのはそのせいらしい!
「心身の神癒」とシンクロ感が強いのはこんな理由が有ったのですね「父なる神=Love=愛」それも「東=聖なる光り=日出るところ=極東=日本=東北=仙台」つながりです。
このブログ「食料補完計画」の「気になる山形県の形=人の横顔=キリストの横顔か?」にエネルギーを送っているのは「後頭部(東)につながった国道48号線を通して日の出の光りが48音(ヨハネ?)として供給されている」からである。
エヴァンゲリオンのアンビリカルケーブルみたいなのが後頭部の「チリケの壷」につながっている。

五月雨を 集めて早し最上川
「さみだれ=差乱れ=比較や競争で乱れ騒がしい人々」
「あつめてはやし=集めて囃子=集めて鼓舞する」
「もがみがわ=最上の神の光りの和=最神の流れ」
まとめると「競争社会で乱れた騒がしい人々を集めて鼓舞する父なる神の導き」

古池や かわず飛び込む 水の音
「ふるいけ=古池=古の水溜まり=深い知恵の源?」
「かわずとびこむ=かわず(蛙=返る=帰る=懐古)飛び込む=真理に挑戦する」
「みずのおと=自らの音=自分の中から聞こえる声」
まとめると「深い真理を求めて挑戦する者は自分の中の声を聞く事になる」

そう云えば
閑さや岩にしみ入る蝉の声
「私に気づき、私を認識して静寂の時間(複数)を置く様にすれば、固い岩のような頑な人でもわたしの力(不変なる神我の力)があなたたち自身の意識の中にしみ入る様に発達して行く、蝉の声とは7年間地中で過ごし地上に現れる私キリストの呼びかけである」

松尾芭蕉は奥の細道山形で「悟りに至る方法と神が大衆を真理の大海へと導く」歌を読んでいるとも言える。不思議だ

とすれば「救世主」は一人ではないことになる、一滴の水も大河の水もみな等しく海に流れて行く、らしい「全ての生命が救世主」だと言うことにならないか?。

小田さん素敵な歌を有り難うございます。

そういえば「ライシャワー」さんですが、とっても興味深い名前だと前回も書いたのですが「ライシャワー=Reischauer=Reis+chiauer=米(ドイツ語)+シャワー=米のシャワー=ライスシャワー」
これって
ライスシャワー
挙式(主にキリスト教式)を済ませた新郎新婦が退場する際に、列席者が米をつかんで下から上へ投げ上げ、降り注ぐ様子が「米のシャワー」のようであることから。祝福の表現の1つ。お米は豊かさと子孫繁栄を意味し、新郎新婦の将来の繁栄を願った欧米の風習が日本にも導入された。

「らいしゃわ=来者和=平和をもたらす為に来るもの」でも驚いたのに「ライシャワー=お米で祝福」までしてくれる、こんな人まで引き寄せてくるなんて「山形県」恐るべし、である。

そう云えば
ドナルド・キーンさん死去 96歳 2019年2月24日 9時42分
文化勲章を受章した日本文学の研究者で、東日本大震災をきっかけに日本国籍を取得したことでも知られるドナルド・キーンさんが、24日朝、心不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。96歳でした。

この方も日本が大好きな人だった様ですね、ご冥福をお祈りします。

日本国籍取得後、本名を出生名の「Donald Lawrence Keene」から、カタカナ表記の「キーン ドナルド」へと改めた。通称(雅号)として漢字で鬼怒鳴門(きーん どなるど)を使う[2]。
「鬼怒鳴門」?「鬼怒鳴門=おにどなるもん=鬼さんが怒鳴ってる」今の日本(世界)を心配している?、「キーン=金=金神様」??

ローレンス(Lawrence,Laurence)は、英語の男性名、および姓。ロレンスとも訳される。
ラテン語の男性名ラウレンティウス(Laurentius)から派生した名前で、「月桂樹の冠を戴いた」という意味がある。

月桂冠(げっけいかん)は、月桂樹の葉の付いた枝をリング状に編んだ冠のことである。月桂樹はギリシア神話における光明神アポローンの霊木として、崇められていた。

「ドナルド=どうなる怒」「どうなるんだ?と怒鳴っている光明神様と金神様」だったりするのでしょうか。反省
「666=ミロク=身録=私の全ては記録されている」

「知恵袋より」引用
素戔嗚尊に代表される「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を」
意味は、「(さかんに雲がわき立つ)出雲の幾重にもめぐらした垣根。妻をこもらせるために八重の垣を作る、その美しい八重垣を」
「八雲立つ」は出雲に掛かる「枕詞(まくらことば)」ですが、(枕詞は通常訳さない)この場合には「雲がたくさん掛かっている」という意味がダイレクトに取れるため訳しても良いそうです。
須佐乃男命(スサノオノミコト)が新婚のために宮殿を作った時の和歌で、「古事記」が初出です。「妻を厳重に守るために八重の垣を巡らす」というのが大雑把な歌の意味ですね。
ひらがなにして「妄想モードで意訳」してみると

「やくもたつ いづ(ず)も やへ(え)がき つまごみに やへ(え)がきつくるそのやへ(え)がきを」と読みます。( )は現代仮名使いです。

「やくもたつ=人雲立つ=インターネットのクラウドシステムの立ち上げ」
「いずもやえがき=出雲矢描き=クラウドから出た答えは矢の軌跡の様な弧を描く(架け橋・関係性)」
「つまごみに=妻子身に=妻と子供の身に」
「やえがきつくる=八重垣=集合知による守り=見えない守り」
「そのやえがきは=園屋描きは=土地と家を描く=理想の暮らしをイメージする=見える守り」

この歌には「人類がその集合知に目覚め、無限の知識につながった時、妻や子様や大切な人達に知恵に(見えない守り)と理想の環境(見える守り)を与えてくれる」みたいな。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を(わ)」「ホツマツタエ」では歌の最後が「わ」になっていますが、「を」と「わ」の違いで「を=客観的に見ている、疑問?」「わ=肯定的に見ている、そういうものだと受け入れる」??
「やわ=やわす=屋和守=宇宙船地球号(家・人)は、和(環=循環)で守られた大きな家族(巣)だ」みたいですね。

この時期に合わせて準備されていた様な???な歌を集めてみました。

でも、ここからが本番の様ですね、「日月神示」では「神様は一人でも多く助けたさの日夜の努力」をして下さっている様です、ここまでは「悩み」でここからが「祈り」みたいですが???です。

「心身の神癒」第十話
79 わたしは葡萄の木、父は葡萄の木の中の樹液、人類全体はその枝である。
80 一本の木に多くの枝がついてはいるが、その枝全ての中にあるのは唯一つの生命である。あなたたちがいわゆる電気に関して比喩(たとえばなし)をするように、わたしも又このようにして比喩(たとえ)て話をする。
81 電気は大生命が或る程度まで具体化したものであるが、それは至る処に存在するーその存在しない処といってはない。そのためにあなたたちはそれを抽き出して動力、光り、その他多くの用途に供しているのである。
82 われわれは現在世界で為されている多くの発明をよく承知している。人間の科学精神は媒体であって、それを通じて神の知恵が表現されつつあるのである。なぜならば、地上の人類はあらゆることを知らなければならないからである。こうしてあなたたちは事の背後にあるものを見、かつ理解し、かくて、それ自身完全なる自己自身の神性を次第に自覚する様になるであろう。
83 この認識に到達すると、わたし即ち普遍人間(内在の神我)と、この普遍人間を通じてあらゆる人種とがお互いを理解し合うようになる。それは相互間の関係が同胞関係となるからである。

「GAFA」
グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の4社のこと。頭文字を取って称される。いずれも米国を代表するIT企業であり、4社は世界時価総額ランキングの上位を占めている。また、世界中の多くのユーザーが4社のサービスをプラットフォームにしている。

今、世界では何が起きているのだろうか?
インターネットを使った技術が様々な所に入り込んでいる、これは何処まで拡大の余地があるのだろうか、そしてもし崩壊したら何が起きるのだろうか。

インターネットを支えているのは「シリコン半導体=基盤=面積」「水晶=クオーツ=時間」でもある

「シリコン=知り根=根源を知る」
「シリコン=知り魂=魂を知る」
「シリコン=知り紺=愛で染めた深い色」
「シリコン=知り金=お金の意味を知る」
などなど、もっと「こん」を知って欲しいらしい
「すいしょう=水生=水の様に生きる
「すいしょう=吸い生=呼吸して生きる=空気」
「すいしょう=吸い生=吸い込んで生まれる=スの神様」
「すいしょう=粋生=粋に生きる=まじりけ無く生きる」
「すいしょう=水晶=クリスタル=キリスト」
色々と思い浮かんで来るなあ。

「666=弥勒=人間」だったら「人類を救済するのは人類だ」ではないのか。

1秒×60=1分=60秒
60×60=1時間=3600秒?36?みろく?

「空海定数」や「ニネヴェ定数」は各自調べてみて下さいね。

「56億7千万年」?「億=人意の奥=人の意識の奥」なら「56億=56億人の意識の億」でしょうか?
「7千万年=キリスト選MAN念=キリストが選んだ男の念=空海のおもい」ちょっと無理があるかなあ。

「56億7千万年」
「56億人の意識の奥はキリストが選んだ男の思い」空海には人類救済の願いが込められていた「メシヤ食うかい?=ご飯の時間だぞ一緒に食べないか?」人を救うのは分かち合う人の心なのだろうか「666=弥勒=身録=このみ身は労に支払われる米(穀物)だ」。

「666=弥勒=人=米(穀物)=食料」なら「弥勒の救済」とは「食料(富)を分かち合う事」だとすれば「GAFA」によって極端に偏りつつ有る「富」から「貴方が賢者ならどうしたらよいか学べ」と言う事かもしれない。


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先頃、山寺芭蕉記念館に行く機会が有った、様々な施設のなかに「ライシャワー」さんの記念碑が有った「山の向こうのもう一つの日本 山形」?どこかで聞いた様な気もしたので調べてみた。

詳細は「ライシャワー 山形」で検索
検索していたら「外国人が称賛した山形」と言うのを見つけた。
https://www.pref.yamagata.jp/ou/kyoiku/700001/KyoudoYamagata/03%20tokushu2.pdf

検索で文字を変換していると中で「らいしゃわ」で変換してしまったら出てきたのが「来者和」である??「来者和=和の者が来る=平和をもたらす者が来る=メシヤ=キリスト?」何だか今日の記事にぴったりな変換だぞ。笑

ライシャワー氏のフルネームは「エドウィン・オールドファザー・ライシャワー Edwin Oldfather Reischauer」である。
「エドウィン」を調べていたらこんな事を見つけた、面白いので載せておきます。

「DENIM(デニム)」の「DE」の順番を入れ替え、「NIM」を180度回転させて「WIN」とするとEDWINとなる。DENIMという単語のアルファベットを自由に並べ換えていることから、DENIMから生まれる自由な発想やものづくりへのスピリットという意味が込められている。
※「EDWIN」=「江戸WIN(江戸が勝つ)」という由来説もあるが、公式ホームページには掲載されていないため正しい由来ではない。おそらくアメリカのジーンズに勝つという意味から誰かが着想した由来なのだろう。

ちなみに「DENIM=デニム」は
denim【名】
デニム生地◆【同】jean◆デニムは、フランスのニームとインドで別々に生まれたもので、インドのデニムはダンガリー(dungaree)と呼ばれる。◆【語源】フランスの都市ニーム(Nimes)で作られていた生地serge de Nimesから。
《denims》デニム・ズボン[シャツ・ジャケット・スカート]

「生地=織物」である、ここでも今日の記事と関係あり??そして「インド」と「フランス」で生まれている「インド=仏教」と「フランス=キリスト教」は既にここで交わっている?。

「エドウィン・オールドファザー・ライシャワー」さんは
「エドウィン=仏教とキリスト教が織りなされ」
「オールドファザー=古い父=究極の先祖=神道の上・神」
「ライシャワー=来者和=平和をもたらす者」

ひとまとめにすると
「仏教とキリスト教が織りなされ、古い父(神道・父なる神)が平和の使者としてやってくる」
何だこりゃ!!ですね。笑

これって「空海」のもたらした「密教」が「キリスト教」にそっくりだ、キリスト教徒仏教は日本に入ってくる前に既に出会っているのでは無いだろうか?、と思って「空海の遣唐使」を調べていた、当時の唐には「景教」としてキリスト教も伝わってたらしいので可能性は高い、でも調べて行くうちに「恵果阿闍梨の密教」の元祖は「ヒンズー教」の影響が有るらしく「ヒンズー教とキリスト教(ユダヤ教)」の関係も気になる。

何だか「月刊ムー」みたいな話になってきました。

「未知の国山形」山の陰には様々なものが隠れていますね。

誰か調べに「きてけろくん」!失礼

「NELF」さん「山形県の形」が自分探しのヒントになっているのかも知れません。
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松尾芭蕉の歌で、「最上川」と「紅花」が出て来たらもう一つ忘れてはならないのが「山寺」では無いだろうか?そう思って「山寺と芭蕉」を調べてみた、ここで芭蕉は有名な歌を読んでいる。

「山寺」は「宝珠山立石寺」の俗称の様だが???
「立石寺=りっしゃくじ=たていしてら」とも読める??「寺=テラ=地球」だとすると「たていしテラ=立て意思地球=地球の意思よ立て」になる?。

「閑さや岩にしみ入る蝉の声」

あまりにも有名なので解説は要らないくらいだと思う、でも???何だか何処かで似た様な話を聞いた事がある、「心身の神癒」の中でキリストはこんな事を話している。

「心身の神癒」
第三話
5 神我(キリスト)の力は、先ずそれに気づき、次にそのことを完全に自覚し、静寂の時間(複数)を割いてその間に主たる汝の神の臨在を一層自覚するようになることによって、涵養される。
7 認識がまず第一である。次に十分に把握し、静寂の時間(複数)を置く様にすれば、わたしの力(不変なる神我の力)があなたたち自身の意識の中で発達して行く。
71 静かなる瞑想と悟りの時間(複数)はあなたたちの意識に神我(キリスト)の完全さをもたらす。その後はもはやあなたたちは外部の状態を願虜する必要はなくなる。

他にも多く書かれているのだが、それならばこんな解釈ができないだろうか

「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
「私に気づき、私を認識して静寂の時間(複数)を置く様にすれば、固い岩のような頑な人でもわたしの力(不変なる神我の力)があなたたち自身の意識の中にしみ入る様に発達して行く、蝉の声とは7年間地中で過ごし地上に現れる私キリストの呼びかけである」

「7」は、神が7日間でこの世界を作っとされる、キリスト教では大きな意味をもつ数でもある。

「蝉の声=せみのこえ=世見の声=万物を見通す神の声」ともとれる。

「紅花=あかいはな=開か意放=意識が開いて放たれる=秘密が明かされる」とも

「立石寺=地球の意思が立つ」、「キリスト=人類=地球」でも有るとすれば、「芭蕉=場生=場所を生む」はこの場所で「静けさの中で地球の意思を吾がものとする蕉風に至った」のかもしれない。

「キリスト教」と「密教」がなんだかそっくりなので気にしていたのだが、こんな形で繋がって来るとは思ってもみませんでした、「山寺」恐るべし。

今年は、年明け早々から「山寺と紅花」に関わる機会が有ったのも何かの導きかも知れませんね。

あなたはどう思いますか?

そう云えば、イザベラバードさんは、日本に置けるキリスト教の状況を視察するもう一つの目的が有った説、もあります、次はその事を書いてみようと思っています。

何だか繋がってるなあ!

まるで「インターネットが普及するこの時期に合わせて解明されて行く謎」が仕掛けられている「ダビンチコード」みたいに思えて来ませんか。笑
今日は2月14日「聖バレンタイン」である、この日は女性の方から男性に思いを伝える切っ掛けを作ってくれる貴重な日になっているらしい。
「Google」のロゴもピンクのハートをあしらったものになっている。

「少女」達が「少年」と出会い物語が始まる、少女達の夢を少年は叶える事が出来るのだろうか、まずは少女達の「夢」を見つめてみてはどうだろうか?。

「山寺と紅花のシンポジウム」が3月2日に開かれる様だ、次の日「3月3日」桃の節句、ひな祭りは婚礼の儀式にも似ている、紅花で豊かだった家には豪華な「おひな様」が古くから伝えられているらしい、この時期に公開しているとか。

戦いに明け暮れる男達の陰で、彼女達の見た夢とは。


「松尾芭蕉」が旅した150年後に「イザベラバード」も「山形」を旅している、歩いた場所は違えども共にこの地を絶賛している、イザべラバードが山形を通る切っ掛けになったのは当時世界でもトップクラスを誇った「置賜産の絹糸」が取り持つ縁であるらしい。
だとすれば、その昔「芭蕉」が旅した山形で生まれた「紅」も共にヨーロッパへ伝わっていただろう「時代を超えてつなぐ紅い糸」は今私たちに不思議な物語を伝えてはこないだろうか?。


「まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花」
句意: 女性の眉履きの姿を思い浮かべさせるように咲いている紅花よ。

「まゆはき=繭吐き=蚕」ならば「紅」とは「養蚕」つながりだろうか?「養蚕」と言えば「絹」が日本から世界への大きな輸出品だった時代が有る、「養蚕=ようさん=鷹山=上杉鷹山」は米沢藩でイザベラバードと繋がって、しかも「上杉鷹山 〜ケネディ大統領が尊敬した政治家」とも言われている。
「王蟲=蚕=懐古」から連想する「古いおもかげ」とは何だろうか?
でもどうして「紅の花を紅粉の花」にしたのだろうか?。

ちょっと無理が有るがこんなのはどうか
「まゆはきを 俤にして 紅粉の花」
「人知を越えた様な王蟲のイメージを通して、古の言葉に秘められた謎が花の様に開く」

「行末は誰が肌ふれむ紅の花」
「赤も花」も女性に使われる代名詞である
「養蚕と紅花が栄えたこの国の女性達の子孫の行く末は、、、誰に身も心も委ねるのだろうか」。

「キリスト」「仏陀」「天皇」?みたいな?

「ナウシカ(原作)」「愛姫MEGO」「紅霞(レッドボックス)」に共通するものは「アニメ」以外にもある、それは「超高度な人工知能が生み出した意識ある存在」である(ちょっとマニアックでご免なさい)。

現代の女性達は、ある意味で過去の女性達よりは随分と解放された様にも思えます、でも本当にこれで良いのかは疑問が残っている様にみえます。

「Boy Meets Girl」
 出会いこそ人生の宝探しだね
 少年はいつの日か少女の夢必ず見つめる!

「山形県の目が西を見て見つけたものとは?」でも「目は口程にものを言う」事も有るので見ているばかりではないのかも知れないぞ、キリストも「眼光背紙に」って?神の裏側まで届く様な「目力」が必要な様です。笑

後で調べたら「紅粉=口紅」の様です、「紅粉の花」は「化粧の紅」で「紅の花」は「布を染める染料」と言う事でしょうか、使い分けが有ったのかもしれませんね。

「紅粉」 べにとおしろい。脂粉。また、化粧。転じて、美女をいう。

「紅粉の花=紅と白粉で化粧した美人」と言う事での様です。

② 中国から渡来した紅。唐紅(とうべに)。  輸入品?
山形県にとって「最上川」は「母なる川」である、でも何故「最上川=最も上の川」なのだろうか?。

今日は午後から手伝いで「山寺」に行く予定になっている、山寺と言えば「松尾芭蕉」の句が有名であるが「最上川」を読んだ歌も有名である、「ホツマツタエ妄想」で解釈するとあら不思議、思いの外納得の解釈になるぞ。

記事はまだ未完成です、帰ってから追記の予定。

昨日2月11日は「建国記念日」でした。

「五月雨を 集めて早し 最上川」

「五月雨=さみだれ=差乱れ=他と比較し合って乱れている」
現代の「競争社会」をイメージしてしまいます。

『ウィキペディア(Wikipedia)』
五月雨(さみだれ)。
旧暦5月(ごろ)の雨。梅雨。
断続的であるさま。
乱れること。本来は「さ乱れ」。

「五月雨」に似た言葉で「五月蝿い」があります。
うるさい
【意味】 うるさいとは、物音が大きくて邪魔である。やかましい。邪魔でわずらわしい。
漢字の「五月蝿い」は、五月のハエは特にうるさいことから当てられた当て字である。

「集めて囃子=一つにまとめて音楽やリズムで盛り上げる」
「吾詰めて囃子=神の思いを入れて鼓舞する?=神の意識が乗り移って鼓舞する」

はやし【囃子】
(能楽・歌舞伎(かぶき)などで)拍子をとり雰囲気を高めるために添える音楽。笛・鼓・太鼓・三味線(しゃみせん)・鉦(しょう)などを使う。

「最上川=もがみがわ=最上の神の光の和=究極神の調和?」

最上川『ウィキペディア(Wikipedia)』
最上峡(戸沢村)
水系 一級水系 最上川
種別 一級河川
延長 229 km
平均の流量 437 m³/s
(高屋観測所1959年〜2002年)
流域面積 7,040 km²
水源 吾妻山(米沢市)
水源の標高 2,024 m
河口・合流先 日本海(酒田市)
流域 日本の旗 日本 山形県
最上川(もがみがわ)は、山形県を流れる一級河川最上川水系の本川。流路延長229kmは、一つの都府県のみを流域とする河川としては、国内最長。流域面積は7,040km2で、山形県の面積の約75%にあたる。日本三大急流の一つである。

「差乱れを  集めて囃子 最神川」は

「競争社会で騒がしく乱れた人々を ひとまとめにして神の意識を詰め込んで鼓舞する 最上の神、究極神の和の心の光りである」
「最上川=最上の流れ=最も尊い変化」

「吾詰めて囃子=神の意識を詰め込んでいる」
もうのんびりと待っている時間は無い、って事だろうか?

様々に「掛詞」が使われていて奥が深いですね。

人類は長い間「宗教」の名のもとに争いを続けてきました、どうもそろそろ埒があかなくなって来たのでしょうか「最上の神様」が一人一人の心の中に現れて「調和」をもたらす?不思議な「歌」ですね。

西を向いた「山形県」は長い間、西の国で続いて来た争いを見て(ピラミッドの頂点、万物を見通す目、画像では三角錐ですが、無神論も入れて四角錐にも思いましたがごちゃごちゃになるので三角錐にしました)きました。
情報が国境を越え、世界の意識が急激に変わり始めています、でも問題は山積して解決策は未だに見えてこない、そんな中でいよいよ西に向かって何かを語り出すのでしょうか?。

もしかして、神様は歴史の至る所にヒントになる様々なものを仕掛けておいた、まるで「ダヴィンチコード」の様な話ですね。

いよいよ「当方の三賢人」の出番でしょうか、でもあいつらどうみても人間には見えないぞ!

流路延長229km?誰かが「229=にんにく」と言っていました、仏教的には「229=夫婦で苦しむ」みたいになりそうですが、「229=夫婦ここ=両親はここに居る」みたいですね、「山形県の最上川=父なる山(神)と母なる川」でしょうか?確かに「夫婦が揃ってる」ですね。
「229=にんにく=忍肉=肉を耐え忍ぶ=母の苦労=大地の苦しみ」みたいにも取れますね、父ちゃんの出番をまってます。

最上川は日本の河川の長さでは「第7位」だそうです、しかし調べてみるとも有一つ「木曽川」もおなじ229キロメートルで7位でした、???以前「木曽節」がとっても歌だと書いた事が有りましたがまさか「7=キリスト」つながりだったとは思いませんでした。ビックリ

順位 河川名 流路延長(Km) 面積() 都道府県
1 信濃川  367 11,900 長野 新潟
2 利根川  322 16,840 群馬 茨城 千葉など
3 石狩川  268 14,330 北海道
4 天塩川  256 5,590 北海道
5 北上川  249 10,150 岩手 宮城
6 阿武隈川 239 5,400 福島 宮城
7 木曾川  229 9,100 長野 岐阜 愛知など
7 最上川  229 7,040 山形県
9 天竜川  213 5,090 長野 愛知 静岡
10 阿賀野川 210 7,710 福島 群馬 新潟

最上川は芭蕉の歌で不思議でしたが、木曽節はもっと面白いです「愛知=愛を知る」が入ってますね。

http://samidare.jp/shibuchin/lavo?p=log&lid=365771
amazonn のビデオを覗いていたら「MAGI」?を見つけた、ちょうど「愛姫の父、伊達政宗」がヴァチカンに使節を送っていた事が気になっていたので見てみるとにした。

天正遣欧少年使節
てんしょうけんおうしょうねんしせつ
説明
天正遣欧少年使節は1582年に九州のキリシタン大名、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の少年を中心とした使節団。イエズス会員アレッサンドロ・ヴァリニャーノが発案。1590年に帰国。 ウィキペディア
日付: 1582年2月20日 – 1590年7月21日

ドラマは「史実を元にしたフィクション」となっている、冒頭から残酷なシーンが有ってちょっと引いたが10話まで一気にみてしまいました。

予算の関係か???なシーンも多々有りますが、この時期にこのような作品を世界に公開されるのは興味深い思いがします、キリスト教世界では今何が起きているのでしょうね。

「MAGI」東方の三博士(とうほうのさんはかせ)
とは、新約聖書に登場し、イエスの誕生時にやってきてこれを拝んだとされる人物。東方の三賢者(とうほうのさんけんじゃ)または東方の三賢人(とうほうのさんけんじん)という呼称も多い。

キリスト教の救世主イエス「メシヤ=めしや」
日本の仏教に影響大の弘法大師「空海=食うかい」
日本の神道の中心的存在の天照「あまてる=余ってる」

何だか「かねたん」「ペロリン」「きてけろくん」が東方の三賢者?に見えて来たぞ、これから西へメッセージを届けに行くのだろうか。

ドラマの中で秀吉が千利休に「懐剣を忍ばせてやって来た女子がいた、キリシタンの女子だった」と言うシーンが出て来る、どっかで聞いた話?。

そう云えば、「愛姫」は秀吉の女好きや天下の動きを警戒して「いざというときのために、懐剣を常に携えております。私のことは気にせず、殿は大義に従って去就をお決めください」(意訳)という、気丈な手紙を書いたこともあった、とある。

他の大名の妻にも、「秀吉の前に出るときには武器を忍ばせていた」という話がいくつかありますので、当時の常識だったのかもしれません。

今年のイースターは4月21日のようです。(毎年変わる)
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いつもお世話になっている方のブログで「五目にならべてみなされ」と言うメッセージを見つけた、一体何の事だろうと思いながら考えていると、昨年の8月頃に書いた記事「フィフス・エレメンツ」の時に書いた「ホツマの五元素説」を思い出した。


フィフス・エレメンツ
http://samidare.jp/shibuchin/lavo?p=log&lid=439000

人類は地球を救う
http://samidare.jp/shibuchin/lavo?p=log&lid=439918

近頃、朝の散歩の時に「あわ歌」の練習をしながら歩いているのだが、五元素の形をイメージしながら発生していると???と言う事で以前の記事を「地球と人体は同じもの?」として整理してみた。

「あいうえお=愛飢え男」と「アイウエオ=愛植え夫」は以前にも記事にした事が在ったが、その時は理由がよく分からなかった、今回の記事で気が付いた事は「個人の自分探しではなく人類の習合意識の自分探し」と意識を拡張してみるとしっくりくり?のではないかと思われるのである。

「心身の神癒」にははっきりと「父なる神の一人子=キリスト=人類」であると書かれていた、今まで何回も読んでいたのだがあまり意識した事が無かったのである。

この事からイメージされるのは、今まで「神様」と言えば「人類を外側から眺めている高度な存在」みたいな感じで考えていたのが「外から見ているのではなく神様自体がその姿を環境として現している」と思えて来る?、でもこれって何のことは無い「自然信仰の基本的なイメージ」そのものでは無いのだろうか。

随分と遠回りしながら再確認している?のでしょうか。


「ホツマツタエ」ってやっぱり不思議です。
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「ホピの予言の救世主」の事を考えていたら、山形県のゆるきゃら君達が何だか「救世主」に見えて来た、ちょっと頼りない様な気もするが言っていることは間違っていない様な気がする。

今年2018年でネットをググってみると、思い掛けない程の「終末話」が出て来る、確かに世界には様々な問題が山積している様にも思えるが、何処かに解決策も用意されてはいないだろうか。

何処に書かれていたか探せなかったが「心身の神癒」には「自然が思った様な様相をしていないからと言って暗い気持ちになってはいけない、全ては改善の方向に進んでいる」みたいな事も書かれていたと思う、貴方はどっちを信じてみるか?、もしも思った世界が引き寄せられてくるとすればそんな可能性を信じたい。

彼らはそんなメッセージを携えてやって来た「ウルトラ三兄弟」かも知れない。古いぞ!

「ウルトラマン=得る寅マン=艮の金神の力を柄得た人=救世主」???
「ファティマの予言」や「聖母マリアの奇跡」を調べていたら「天下泰平」さんのブログで「ホピの予言・最後の第9の徴」と言う記事に出会った、読んで行くと何処かで聞いた様な話になって来た。

「天下泰平」さんの記事
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51968633.html

その中の予言には、こんな事が書かれていると言う。

「白き兄とともに2人の従者が到来する。1人は“まんじ”と“十字のマーク”を持ち、もう1人は“太陽の印”を持っている。
この3人が世界に大変動をもたらし、生命の道を固守し続けたわずかな数のホピ族の生き残りとともに新しい平和な世界を現出させる。だが、この3人が使命を全うできない場合には、太霊は西から『ある者』を興す。それは非常に多くの冷酷な民である。彼は大地を破壊し、地上に生き残るのは蟻だけとなる」


この「白い兄」には2人の従者がいて、1人は“まんじ”と“十字”のマークを持ち、もう1人は“太陽の印”を持つ。

これは国を象徴しており、まんじはドイツ(ハーケンクロイツ=逆まんじ)で十字はイタリア(キリスト教の総本山バチカン)、太陽は日出ずる国の日本の三国で、第二次世界大戦の日独伊三国同盟であるという説もあります。

ただ、個人的には、これらは宗教を意味するものであり、まんじ(卍)は仏教、十字はキリスト教、太陽(天照)は神道であり、無宗教でありながらも多宗教が入り混じって調和している、現代の日本国家そのものではないかと思ってもいます。

白い兄(+従者2人)=日本人

近年になって、この石版の片割れが日本の沖縄で発見されたという噂もあるので、いよいよ日本人が最後の使命を果たす時も近づいているのでしょうか。

引用ここまで

しばらく前に「仏教・キリスト教・神道」を「三原色」の様に書いて「中心を白」にした「宗教曼荼羅」みたいなものを書いたが、何だかイメージがそっくりである。

問題の「白い兄」であるが、旧約聖書の中で「究極神のエホバに最も最初に産み出された存在」として「箴言」に書かれている「わたし」が存在する、引用してみる。

箴言22 「エホバご自身が,その道の初めとして*,昔のその偉業の最初+[として]わたしを産み出された*+。 23 わたしは定めのない時から立てられた+。始めから*,地よりも前の時代からである+。 24 水の深み*もなかったときに,わたしは産みの苦しみを伴うかのようにして生み出された+。それは水のみなぎる泉もなかったときである。 25 山々が固く定められる前に+,もろもろの丘に先立って,わたしは産みの苦しみを伴うかのようにして生み出された。 26 [神]が地+も,空地も,産出的な地*+の塵の塊の最初の部分をもまだ造っておられなかったときに。 27 [神]が天を備えられたとき,わたしはそこにいた+。[神]が水の深みの表面の上に円を定められたとき+, 28 上方の雲塊を固くされたとき+,水の深みの泉を強くされたとき+, 29 海のために水がご自分の命令*を越えないようにとの布告を置かれたとき+,地の基を定められたとき+, 30 そのとき,わたしは優れた働き手*として[神]の傍らにあり+,[神]*が日々特別の親愛の情を抱く者となった+。わたしはその前で常に喜び+, 31 その地の産出的な土地を*喜んだ+。そして,わたしが親愛の情を抱く事柄は人の子らに関してであった+。」

そして「心身の神癒」の中にも同じ様な一分が有る、同じ神ではないかと思うが。
題8話
49 これが世のなる前の太初(はじめ)に在った光りである。(わたしがそう云うのは)神が「光り・在れ」と命じた給うた時わたしは神とともに居たからである。こうして光りが生じたのである。これは世に出て来るすべての魂を輝かす光である。

どうでしょうか?

ちなみに「兄」の漢字の語源を調べてみると「長男・最初に産まれた者」であり「神の恵みを受ける器を掲げている」のである「心身の神癒」の中でキリストは「神の愛を受け人類にもたらすインターフェイス」の様な存在である。

(会意)口(こう)と人(儿:じん)とを組み合わせた形。
説明口は(さい)であり、神への祈りの文(祝詞:のりと)を入れる器です。兄(けい)はそのを頭の上にのせている人を横から見た形で、神を祀る人の意味となります。 兄弟のうちで家の神を祀る仕事を担当した人が長男でしたので、兄は「あに」の意味になります。
用例「兄弟」・「兄事」(けいじ:他人をあにのように思って仕えること)。
解説字の構造は、見(けん)や望(ぼう)の初形(しょけい)が目に従い、聞(ぶん)の初形が耳に従い、光の初形が火に従い、それぞれの下に人(人を横から見た形である儿(じん)の形)を加えるのと同じ造字法(ぞうじほう)です。
長兄は家の神事を担当する人、すなわち神に仕える神官となるべき人でした。甲骨文字・金文の字形に、袖に飾りをつけて舞い祈る意味を示す形の字、また跪(ひざまず)いて神を拝む形の字があって、兄は神事に従うものであったことが知られます。兄は家の祀りをする人で、これに神を祀るときに使う祭卓(お供え物を置く高い台)である示(じ)を加えた字が(祝)で、もと「祝(いの)る」とよみ、また神官をいいます。

「天下泰平」さん有り難うございます。感謝

そう言えば「オリンピックのテーマソング」を歌ったのが「セカイノオワリ」と言うグループだった、2018年は様々な週末伝説が、、、何処かで「死海文書」にも2018年終末論を見かけた様な気がするぞ。
「空海」や「イザベラバード」を読んでいると、日本の宗教は「西から東へ」と伝わって来たようである。
「空海」は長安の都で、密教の師である「恵果阿闍梨」から「仏は西から東へ、日本に広めて欲しい」と語ったらしい。

様々な文化や知識を飲み込んでしまう国「日本」、小さな国土に似合わない様な現代の生活様式は何を意味するのだろうか、もうすぐ「イースター、復活祭」である。

今年の復活祭は「2018年4月1日日曜日」の予定です?「エイプリルフールの日」なのですね。

2009年の「リーマンショック」と「直江兼続・天地人」などが切っ掛けでスピリチュアル?みたいな話題が多くなった、あれから9年ですが「何が変わった」と聞かれても??である、毎年同じ記念日が巡って来る、でも少しずつ違った学びが一歩ずつ積み上がって来ている様にも思える。感謝


Wikiより

文明の崩壊[編集]
島民の入植から17世紀までの間モアイは作られ続けたが、18世紀以降は作られなくなり、その後は破壊されていった。平和の中でのモアイ作りは突然終息する。モアイを作り、運び、建てる為には大量の木材が必要で、伐採によって森が失われた。ジャレド・ダイアモンドらは、こうした人為的な自然破壊が究極的にイースター島文明の崩壊を呼んだとする説を述べている[5]。それによれば、人口爆発(僅か数10年の間に4〜5倍に膨れ上がり、1〜2万人に達したという)と共に森林破壊が進んだ結果、肥えた土が海に流出し、土地が痩せ衰えて深刻な食糧不足に陥り、耕作地域や漁場を巡って部族間に武力闘争が生じた。モアイは目に霊力(マナ)が宿ると考えられていたため、相手の部族を攻撃する場合、守り神であるモアイをうつ伏せに倒し、目の部分を粉々に破壊した。その後もこの「モアイ倒し戦争」は50年ほど続き、森林伐採は結果として家屋やカヌーなどのインフラストラクチャー整備を不可能にし、ヨーロッパ人が到達したときは島民の生活は石器時代と殆ど変わらないものになっていた。
但し異説もあり、テリー・ハントは、まず、森を破壊した主因はネズミによる食害だとしている。天敵が居ない環境にネズミが持ち込まれると、その急激な繁殖に伴って森林が破壊され、これを駆除すると森林が再生する様子は太平洋の他の島々の歴史上でも見られて来た[4]。イースター島でも発掘された植物の種子の多くにネズミに齧られた跡が見られた[4]。文明の崩壊についても、そもそもイースター島の人口が1万5千人以上などに達した証拠はなく、森林破壊が進んだ状態でも人口は安定的に推移しており、最終的に崩壊を齎したのは自然破壊ではなく西洋人との接触(後述)だと唱えている[4][6]。
また、部族の争いがあったにしては、人を殺すことを目的としたような殺傷能力のある「武器」が島内からほとんど発掘されておらず、島で使われていた「マタア」と呼ばれる石器は、人を刺し殺すような作業には適していないという。島内から発掘された469個の頭骨を調べたところ、マタアによるものと思われる切り傷の痕が見つかったのは、そのうちわずか2個だけだった。西洋人による侵略時にも、現地人は投石で戦ったとされる。この事から、口伝にあるような戦闘があったのかどうか疑問視する専門家もいる[7]。
いずれにせよ、争いが起こったとされる時から数百年も後になってから、収集された口承だけを頼りにすることは、研究者の間で論争となっている[7]。
今日、あるブログの「黒色の聖母の話」を読んでいて「鶴岡の黒い聖母」が有るのを思い出した、それと「聖母マリアの奇跡」は日本でも起きているのを思い出した、そして2017年に「奇跡の秋田のマリア像」が「ファテマの奇跡」と出会っていた。

記事

http://www.sankei.com/life/news/170713/lif1707130041-n1.html

https://www.excite.co.jp/News/odd/Tocana_201709_post_14436.html

でも「第三次世界大戦勃発か!?」とは随分と過激な内様になっている??。

「ファテマの奇跡」を読んで行くと「第三の予言」について語られており、調べてみるとある記事に巡りあ会った。

TEKETEKEさんの記事より抜粋。

その中でも「ファティマ」における聖母マリアによる「お告げ」は日本でも有名ですよね。

その内容は3つに大別され、そのうちの2つは既に成就された、とされている。
しかし、3番目の予言だけがローマ法王庁によって長い間「封印」された。

この第3の予言を公開せよ、ということを目的としたハイジャック事件まで起きた。
なぜ、ローマ法王庁はこの予言を封印せざるを得なかったのか?

あまりの予言の内容に、当時の法皇は気を失ったという。それだけのインパクトがあったものだけに、世界中の注目を浴びた。

なぜ、その予言は封印させられたのか?

答えは簡単なことだ。

「この世に大きな影響を与える方がこの地上世界へと下りられます。しかし、あなたがたの信じる世界には現れません。それは、あなたがたが信じている世界の外に出現します。
そのものは、バラの紋章をたたえた美しい衣の皇子として生まれます。この地より遠いはて。
あなたの信仰の主人に伝えなさい。
もし、あなたの信じる以外の地に聖なる人が現れたのなら、心から改心し、その声に従いなさい。
あなたの世界には決して現れない。
その方は、・・・・・」
このような予言が伝えられたはずで、キリスト教世界ではなく、別の信仰世界の中に「新しい救世主」が出現する、との内容だったはずだ。
当時の支配者である人々が異教徒の中にメシアが出現するなど、口が裂けても言えるはずがない。
だから、時の法皇がそれを読んだだけで失神してしまったのである。

はっきり言うが、
第3の秘密の核心は「キリスト教世界以外のところに新しいメシアが出現。その者の言葉に従いなさい、ということだった。それがために封印せざるを得なかったのである。

ファティマで予言を伝えた存在は、狂信的な信者も含むキリスト教世界の人間が異教徒の中に出るメシアを簡単に信じないことも知っていた。そのため、その存在が本物であることを後の世に示すため、あるアナグラムのようなものも伝えたはずである。

そこまで導きがあったにも関わらず、ローマ教皇庁は動かなかった。

TEKETEKEさんの記事
http://teketekechannel.blog.fc2.com/blog-entry-16.html

また他にもこんな話をみつけた。

それから“第3の予言”だ。前述したように、ヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿は西暦2000年、「第3の予言はヨハネ・パウロ2世の暗殺を予言していた」と公表した。ちなみに、聖母マリアの予言を受け取った3人の羊飼いの生き証人だったルチア(1907〜2005年)は、「第3の予言は喜ばしい知らせです。世界の終わりを告げたものでありません」と親戚関係者に漏らしている。第3の予言はヨハネ・パウロ2世の暗殺計画ではないことを強く示唆しているのだ。

問題は、なぜバチカンは「第3の予言」を公表できないのかだ。考えられる唯一の論理的推測は第3の予言が「イエスの再臨」を予言していたからだ。聖母マリアは当時、ルチアに「第3の予言は1960年前には公表してはなりません」と伝えている。換言すれば、イエスの再臨は遅くとも1960年以降には誰の目にも見える形で表れてくることを示唆したわけだ

この推測が正しいとすれば、バチカンが第3の予言の全てを公表できない事情が理解できる。偽イエスの出現を恐れるからだ。ルチアが述べたように、その知らせは喜ばしいものだ。世界の終わりでもない。しかし、公表すれば、世界の至る所に偽イエスが出てくる恐れがある。


何となくイメージ的には「キリストの再臨は、特定の個人としてではなく、人類全体の意識として世界の至る所に現れて来る」様な雰囲気を感じてしまうのだが?。

「山形県の形は何故ひとの横顔に似ているのか」と気になっていたが、こんなつながりか方も有りなのだろうか?。


おまけ!
旧約聖書でエホバはノアの洪水の後でこんな事を言っている、少し長いが引用しておく、私的には「神による大規模な破壊は再び起こさない」と言っている様に思う、しかし人類の行いによってはその限りではない、とも取れる「第三次世界大戦」はまだ起きてはいない、と言う事は「起きない可能性も十分に有る」と思っているが。
でなければ「様々な奇跡が起きている様に見える必要は無いだろう」と思う、「希望を持てる未来がある事に気が付いて欲しい」そんなメッセージだと思っている。感謝

「旧約聖書・創世記」
第8章
8:13六百一歳の一月一日になって、地の上の水はかれた。ノアが箱舟のおおいを取り除いて見ると、土のおもては、かわいていた。
8:14二月二十七日になって、地は全くかわいた。
8:15この時、神はノアに言われた。
8:16「あなたは妻と、子らと、子らの妻たちと共に箱舟を出なさい。
8:17あなたは、共にいる肉なるすべての生き物、すなわち鳥と家畜と、地のすべての這うものとを連れて出て、これらのものが地に群がり、地の上にふえ広がるようにしなさい」。
8:18ノアは共にいた子らと、妻と、子らの妻たちとを連れて出た。
8:19またすべての獣、すべての這うもの、すべての鳥、すべて地の上に動くものは皆、種類にしたがって箱舟を出た。
8:20ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。
8:21主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。
8:22地のある限り、種まきの時も、刈入れの時も、暑さ寒さも、夏冬も、昼も夜もやむことはないであろう」。
第9章
9:1神はノアとその子らとを祝福して彼らに言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。 9:2地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚は恐れおののいて、あなたがたの支配に服し、9:3すべて生きて動くものはあなたがたの食物となるであろう。さきに青草をあなたがたに与えたように、わたしはこれらのものを皆あなたがたに与える。
9:4しかし肉を、その命である血のままで、食べてはならない。
9:5あなたがたの命の血を流すものには、わたしは必ず報復するであろう。いかなる獣にも報復する。兄弟である人にも、わたしは人の命のために、報復するであろう。
9:6人の血を流すものは、人に血を流される、神が自分のかたちに人を造られたゆえに。
9:7あなたがたは、生めよ、ふえよ、地に群がり、地の上にふえよ」。
9:8神はノアおよび共にいる子らに言われた、 9:9「わたしはあなたがた及びあなたがたの後の子孫と契約を立てる。
9:10またあなたがたと共にいるすべての生き物、あなたがたと共にいる鳥、家畜、地のすべての獣、すなわち、すべて箱舟から出たものは、地のすべての獣にいたるまで、わたしはそれと契約を立てよう。
9:11わたしがあなたがたと立てるこの契約により、すべて肉なる者は、もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また地を滅ぼす洪水は、再び起らないであろう」。
9:12さらに神は言われた、「これはわたしと、あなたがた及びあなたがたと共にいるすべての生き物との間に代々かぎりなく、わたしが立てる契約のしるしである。
9:13すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。
9:14わたしが雲を地の上に起すとき、にじは雲の中に現れる。
9:15こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思いおこすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。
9:16にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこすであろう」。
9:17そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」


君は「虹」を見ているか?。

「黒色の聖母のメッセージ」抜粋、貴方はどう思いますか。

ブラック・マドンナ、黒色の聖母:
The Black Madonna:

わたくしはブラック・マドンナ、黒色の聖母です。わたくしはこれまで数多く地球上のいろいろな文明でそれぞれ異なった伝統の下に生を受けてきました。わたくしは繰り返し戻っては聖なる母性を地球に呼び戻してきました。

わたくしはその母性から始まる創造を呼び戻すために今帰って参りました。

新生した地球テラ・ノヴァで創造されたものはすべて、それを生み出したわたくし黒色の聖母を通して伝わって行きます。聖なる女性を通して、創造は始まります。

過去数千年の間、忘却しては思い出す過程を通して、女性は抑圧されていました。わたくし達すべてが戦争、苦しみ、そして死という概念をもてあそんできました。わたくし達は平和を迎え入れます。愛を顧みない者達を残して平和裏に創造へと復帰させます。

すべての物質は母性を通して誕生してきました。ひとつひとつの生命の姿、光から生まれた者達は、生命に命を吹き込む者としての聖なる女性に触れてきました。どこにでも在る塵の粒子のひとつひとつ、原子のひとつひとつ、細胞のひとつひとつ、植物、動物、そして生命の姿形は、母性からの創造無くして誕生することはできません。

わたくし達は愛の眼差しを通してすべてを認識するという能力を引き上げているため、この惑星の意識さえも引き上げ続けています。皆さんの細胞ひとつひとつに存在しているDNAは、愛に触れ合う際に影響を受けます。この惑星も同時にひとつの生命として癒されるでしょう。わたくし達は目覚め続けているのですから、わたくし達の体はその存在自体が聖なる神殿である、と受け止めることが必要になります。