食料補完計画

EDEN〜で考えたことなど!
「イザベラバード」さんの漫画を読み、「空海」さんの映画を見て(新しいのはまだ見ていない)オリンピックや「皇室ニュース」などをネットで色々と調べていると、どうも何か「共通点」と言うか「共鳴」の様な動きを感じてくる。

日本で宗教の関わった戦いが幾つか有るが、大きく分けてみると。

☆神道の国日本に仏教が入って来た時は神道と仏教が習合、聖徳太子の頃か?。
☆仏教同士も揉めた?「空海」が「密教」を広めた?。
☆日本にキリスト教が入って来たが、400年程前に弾圧された。
☆明治維新でキリスト教の弾圧は終わり、仏教と神道が分離された、仏教が「廃仏毀釈」の対象に。
☆世界大戦で神道とキリスト教が戦う?、日本は敗戦国になる、当時沢山のキリスト教信者が居た「長崎」も原子爆弾で多数の無差別殺人にあう、日本のキリスト教徒はキリスト教世界では何教扱いなのだろうか?。
☆キリスト教徒も余り増えず、仏教は檀家が減って寺の維持が大変になる、神道も人気のある一部の神社は活気があるが維持が大変なところが多い。

いつの間にか、宗教が戦っているのも「思想信条」から「経済」になってしまった感じがするが。

二人が向き合うと、相手の悪いところにばかり目がいってしまい喧嘩になりやすい、三人ならば二人が争っているところを客観的に見る事ができる、それぞれが立場を変えてもめ事の原因を整理する事ができれば「共通の問題点(中心の白い部分)が見えてはこないだろうか。

それぞれ「平和」を求めている事は認めるところである、ならば相手と向き合うよりは共通の目標「平和」の為に智慧を出し合ってはどうだろうか、子供の頃からの素朴な疑問である。

近頃気になっていた「ひさご」「雛形経綸」「やまがた」「キリストの横顔」「鮎貝」「あゆ〜む」「四季の里」などなどのキーワードをまとめてみたら、何と「ウロポスの環」が出来上がった、自分でもちょっと驚いた。


「雛形経綸」
「大本(教)にあった事は必ず日本と世界に実現する、大本は世界の模型であるから、箸の転んだ事までつけとめておいて下されよ」

1、日本の形は「世界の大陸の形」と相似形になっている、らしい。
2、日本の形は「竜の形」をしている、らしい。
3、山形県の形は「人の横顔の形」をしている、らしい。
4、山形県の形は「キリスト(ソサノオ)の横顔の形」をしている、らしい。
5、白鷹町の形は「心臓(ハート)の形」をしている、らしい。
6、白鷹町の形は「心臓が二つに分かれている形」をしている、らしい。

7、聖書では、人は神様に似せて造られている、らしい。
8、日本の大地は、クニトコタチの大神様の御神体、らしい。
9、地球は「ガイア」と呼ばれる意識のある生命体、らしい。
10、アインシュタイン博士は、宇宙には意思があると語っていた、らしい。

1〜6に向かって段々サイズが小さくなって来る、そして「心が宿ると言われる場所で見えなくなって」しまう。

ここで何で「ひさご」なのだろうか??でも何故かしっくりとつながって来る感じがする。

子供の頃に見た「孫悟空」や「西遊記」に出て来る「銀閣大王の持っている何でも吸い込む瓢箪」のイメージは「瓢箪の中は異次元空間とつながっている?」である。

「心身の神癒」から伝わって来る「父なる神とキリストの一体のイメージ」は「わたしは父の中に生き 父はわたしの中で働き給う わたしを見たものは父を見たのである」とある、また「内なるものは外に 外なるものは内に」や「上のものは下に 下のものは上に」も同様のイメージがある。
「ホツマツタエ」では「宇宙はうつぼ、子宮のようなもの」といい、相似形として「宇宙、地球、海(産み)、子宮」などの「生命を育むもの」を「壷」と呼んでいる、「瓢箪」も形を単純にしてみれば「壷」の形になる。

「ホツマツタエ」でトップクラスに大事な概念に「あわ」がある、何か凄いものが生み出されているイメージがある、水が沸騰すると水の中に「あわ」が産まれる、宇宙の空間や生命は何処から産まれて来るのだろうか。
命は「小さな小さな種」と「取り巻く環境」に育まれて営まれている、「種=たね=たねる=生命の不思議を探求する」「たね=多根=沢山の根を張って大きく育つ」のだろう。

「ひさごなく=久子無く=久しく子供が無かった=神の一人子が居なかった=キリスト(ソサノオ)を見失っていた」は「神はどうして沈黙しているのだろうか」と人類は長い間問い続けて来た。
「ひさごなく=久子泣く=久し振りに子供が泣く=長い間眠りについていた神の一人子が泣き出した=キリスト(ソサノオ)の目覚め」

「妄想」?にしては「物語」っぽいのが不思議です。



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どうもアインシュタイン博士の公式「E=MC*2」の公式が気になる、今朝台所に行くと息子が食事をしながら歌を聴いていた???「ジュピター」である、歌詞を聞いているうちに何だかモヤモヤして来た。

イメージを何とかまとめてみたのだが、ごちゃごちゃして解説を付けないと意味不明、とは言っても「妄想」の産物なので上手く説明ができないが取りあえず載せてみる事にした、私は数学が苦手なので言葉遊びになってしまうのが残念だ。


そう言えば、今朝のニュースで「北陸自動車道の大渋滞」が漸く平常に戻った様子、平年の数倍の積雪とはどのようなものだろう。
昨日2月1日の夜、NHK BSの番組「ザ・プロファイラー」で「アインシュタイン」を特集していた。

録画した放送を見ていて??何だか「統一理論」は「日月神示」の語っている「肉体に霊が宿る」話に似ている様な気がして来た、そして「心身の神癒」のテーマは「この世界に分離は存在しない、総ては一体である」である。
「日月神示(ひふみ神示)」では「丸に・」で表現し、キリストは「父なる神の愛と一人子の関係を通して」説明しようとしている。

「心身の神癒」
第一話
13 全宇宙が神の愛の御性質を現している完全なる渾一体である。愛は結合させる聖なる特質(ちから)であり、一切(ものみな)を支えうる唯一の力であり、その上、みずからの完全さを成就しつつある。
23 又、神は地の表に住まわせるがために、一つの血よりすべての国民を創造(つくり)給うた。そのゆえに、彼らは神の愛とその被造物とを通して神を求め、神を見いだすべきである。


「円錐形=えんすいけい=縁吸形=関係を吸い込む形?」
「えんすい=縁吸い」?
「すい=吸い=スの神様=言葉の発音はまず空気を吸い込み、吐き出しながら声を出す=ス〜っと吸い込むスが総ての言葉のみなもと=スの神様無しでは声が出せない=言葉の元神」

アインシュタイン博士が望んだ「世界平和の鍵」は「宗教(神様)と科学のバランスの取れた統一」だったのかも知れません、もっと多くの人がその事に興味を持ってくれればいずれは大きなうねりになって行く、そんな時代の夜明けであります様に。

明日「2月3日は節分」です「鬼も福も一方だけではバランスが取れません」それぞれの働き、役割を理解してバランスの取れた統一が「鍵」なのかも知れません。

「アルバート・アインシュタイン=有るハート吾イン主体ン=心ある神を自分の主体として飲み込む=神心が主体になる=神の表現体になる=我の取れた人=意(神)の乗った人になる=祈り」、、?

人の名前は不思議です。

人生には、二つの道しかない。一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。

でも私の心はこの二つの間で揺れています、難しいですね。

時代は「相対=対立」の時代から「統一」の時代へ動き出しているでも「神」無くしての統一は、、、でも「神」も「愛」も「経験を積まないと解らない」らしい、「簡単そうで難しい、難しそうで、、でも心の何処かで知っているみたいな」答えは自分の中に有る、、、らしい。

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伊勢参りの記事から4ヶ月近くも開いてしまいました、久しぶりの話題です。

以前から「何でユーミンの歌には誰かを待っている女性のイメージが付きまとうのか?」と言う疑問が有った、昨年の後半から何となくぼんやりと「人魚姫の夢が叶う??」みたいな思いが有り不思議に思っていたがそんなおりに「マヨン火山と伝説」に出会いました。

イザナミは、大切な民の暮らしを守る為に行った行為で命を落としました、マガヨンも愛しい人の命を守ろうとして命を落としています。
「マガヨン=美しい山」そして「人の横顔の形をした山形県」「やまがた=人真形=真実の人の形(姿・あり方)」は「人類は本来美しい(素晴らしい)存在である」と行っている様に思えてきます、そしてそれは救世主キリストの姿なのでしょう「救世主とは特定の個人ではなく人類そのもの」とも言えないでしょうか。


それともう一つ「ホツマツタエ」「古事記」「日本書紀」で気になっていた、イザナギとイザナミが別れ別れになってしまった「よもつひらさか」での出来事、この部分に新しい(正しい)解釈を見つける事が出来ました、民の暮らしに心を砕いて来た二人が、「イザナミが訳も無く民を日に千人殺し、イザナギが千五百人を産む」何だか不自然な話だと思っていたのです、でもこの方の解釈でとってもすっきりしますよね「長い間ささいな勘違いから誤解されて来た」こんな疑問が氷解する思いです。

平成28年(2016年)の記事です、2017年2018年と大きな変化が起きている、極めつけは「人魚姫の夢が叶う?」そんな気がしている今日この頃、それは長い間、母性、母星、地球、母なる大地、女性、肉体、汚れた大地、男尊女卑、、天(男性、神、精神)よりも一段低く見られて来た命を形にする存在が本来の重要性を再認識させられる「平成の一八十開き」の様に思うのです。

「夫神と妻神があい抱き参らせるうれしうれしの時」ならば良いなあ、でもここからが始まりでも有るのかもしれません。
この時期に日本でも火山の噴火がニュースになりました「群馬県・草津白根山で噴火が発生」です。

コメント欄に画像で引用させて頂きました。


「朝倉未魁の超訳ホツマツタヱ」さん有り難うございます、記事引用のご連絡致します。


「イサナミ尊は千人も絞め殺さない!」下記記事へのリンクです
http://hotsuma.anyone.jp/mikai/column008/

 5綾の、黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)でイサナミ尊とイサナギ尊が交わした
イサナミイワク「ウルワシヤ カクナサザラバ チカフベオ ヒビニクビラン」
イサナキモ「ウルワシヤワレ ソノチイモ ウミテアヤマチ ナキコトオ マモル」
という言葉を私は次のように訳しました。
イサナミ尊は言われました。「愛しい君よ、私がこのようにしなければあなたは千人の民の命を日々奪うことになるでしょう」。
イサナギ尊も「麗しい人よ、吾は千五百人の民を増やして、民の命を奪うような過ちは絶対にしないように誓います」と言われました。
 日本書紀の原文は次の通りです。
時伊弉冉尊曰、愛也吾夫君、言如此者、吾當縊殺汝所治國民日將千頭。
伊弉諾尊、乃報之曰、愛也吾妹、言如此者、吾則當産日將千五百頭。
 岩波文庫日本書紀の読み下し分は次の通りです。
時に、伊弉冉尊の曰はく、「愛しき吾が夫(なせ)の君(みこと)し、如此(かく)言(のた)はば、吾は当(まさ)に汝(いまし)が治す国民(ひとくさ)、日(ひとひ)に千頭(ちかうべ)縊(くびり)殺さむ」とのたまふ。
伊弉諾尊、乃(すなは)ち報(こた)へて曰はく、「愛(うるは)しき吾が妹(なにものみこと)し、如此言はば、吾は当に日に千五百頭(チ神戸あまり以降邊) 産ましめむ。
 また、全現代語訳日本書紀(宇治谷孟著、講談社学術文庫)での現代語訳は次の通りです。
その時伊弉冉尊がいわれるのに、「あなたがそのようにおっしゃるならば、私はあなたが治める国の民を、一日に千人ずつ絞め殺そう」と。
伊弉諾尊が答えていわれる。「愛するわが妻が、そのようにいうなら、一日に千五百人ずつ生ませよう」と。
日本書紀原文の「吾當縊殺汝所治國民」を元に考えれば、確かに伊弉冉尊が千人の首を絞めて殺すと読めます。
 ちなみに書籍やインターネットで公開されているホツマツタヱの同箇所の訳も知り得る限りではすべて、イサナミ尊が千人の首を絞めて殺すことになっています。実に私は孤立無援の状態なのです。
 では、もう一度 「ウルワシヤ カクナサザラバ チカフベオ ヒビニクビラン」を見てみましょう。この中の「カクナサザラバ」に当たる日本書紀の同箇所は「言如此者」、その読み下し文「如此(かく)言(のた)はば」、現代語訳「あなたがそのようにおっしゃるならば」となっており、ホツマツタヱの「カクナサザラバ」と明らかに肯定と否定の違いがあります。私は、が「一日に千人ずつ絞め殺す」と言ったとすれば、民のために互いに艱難辛苦を越えて尽くしてきた夫にこの言い方はあまりにも過酷で、不自然に思えます。しかも伊弉冉尊は「愛するわが夫よ」と言っているのです。
 私は「カクナサザラバ」を「このようにしなければ」と訳しました。すると主語は私(イサナミ)となり、「このようにする」ということは、醜女(シコメ)に追い返させたこととなります。すると、「(追い返さずに)イサナギ尊までもが死んでしまえば多くの民の命が危ない」ということになり、「愛しい君よ、私がこのようにしなければあなたは千人の民の命を日々奪うことになるでしょう」という訳にしたのです。そして「イサナギ尊までもが死んでしまえば多くの民の命が危ない」というイサナミ尊の思いをイサナギ尊が夢の中で気づいたというようにわたしは解釈したのです。そして、この方が二尊の生き方にふさわしいと私は思うのです。
 浅学菲才で、古文とりわけ漢文に弱い私がこんなことまで言うとどうかとも思いますが、やはり原典はホツマツタヱで、日本書紀に書かれた時点で「カクナサザラバ」が「言如此者」と、逆の意味にすり替わったのではないかと考えます。千葉富三先生も著書でホツマツタヱから日本書紀に書き写される時、区切りを間違える「ギナタ読み」などにも具体的に触れています。日本書紀の揚げ足取りをするつもりは毛頭ありませんが、今後も違いの大きい所は取り上げていきたいと思います。
・・・・・平成28年2月24日
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思いがけない出来事が切っ掛けで「西の伊勢参り」に行ける事になった、ネットで見つけた「西の伊勢参り・東の奥参り」のツアーを参考に二泊三日の旅行を計画してみた、細かい時間は気にしないで巡ってみたい。

始めは「伊勢神宮」がメインでしたが、調べているうちに「熱田神宮」のある名古屋や「鈴鹿」がルートの途中に有る事に気が付いて追加してみた「熱田神宮」は「熱田神=ヤマトタケ」を祭った場所であり今から1900年程前「ヤマトタケ」が亡くなったと思われる時期に創建されているらしい。

「ホツマツタエ」の13紋には「ワカヒコ イセ スズカノアヤ」とタイトルが付いていて「男女・夫婦のあり方」が書かれている。

また巻末の40紋は「アツタカミ ヨヲイナムアヤ」となっていて「ヤマトタケの遺言が切っ掛けでホツマツタエが編纂された経緯」が書かれている、この中で「ヤマトタケ(熱田神)」は「自分はソサノオ(氷川神)の生まれ変わり」と語る場面が有り「オロチ」との因縁が物語として語られている。

「ホツマツタエ」には「古事記・日本書紀」にはあまり感じられない「文を残すに至る熱い想い」が込められている、私が「ホツマツタエ」に引かれるのはこの為なのかも知れません。


「熱田神宮」には
境内社
一之御前神社(いちのみさきじんじゃ)
祭神:天照大神荒魂(氷川神ソサノオの荒魂?)一の前はゼロ零である、無から有に現れる手助けをしている神?を荒ぶる神と勘違いした?「心身の神癒し」のキリストも同じ働きであると思う。

が祭られている、興味のある人は2013年に「熱田神宮1900年祭」の事を知った時に書いた記事を参考にして下さい。

EDEN〜「熱田神宮1900年一之御前神社開が公開」!

http://samidare.jp/shibuchin/lavo?p=log&lid=309358


なぜこの時代にこれらの書物達(世界の神典類)が一同に合い見舞える事になったのか?何かしら大きなドラマの様な、、、物語を感じる今日この頃です。感謝
息子のリクエストでアニメ映画の「打ち上げ花火 下から見るか 横から見るか」を見て来た、ふと立ち寄った映画館に続きの書店で「ローマの休日を観るだけで英語の基礎が身につく」の言葉に引かれてつい手が出てしまった。

解説本を見ながら、なるべく聞き逃しが無い様にイヤホーンを付けて鑑賞、それでも上手く聞き取れなくて改めて敷居の高さを実感、映画の内様をもっと知りたくなってネットで検索してみたら
「ローマの休日で、アン王女のベッドシーンが想定されている箇所について」
と何やら意味深なタイトルを発見、ネットの記事を読んだ後でもう一度映画を見直してみた。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/02/post-e3fe.html

Wikiの記事を読んでみると、エピソードとして「原題の"Roman Holiday"とは」と思わせぶりな話題が書かれていた、言われてみれば、、、王女の大きな心の変化の裏側には何が有ったのか?。

自由を経験したはずの彼女が、なぜ喪服の様な黒いナイトガウンを身につける様になったその意味とは?

一見何事もなかった様に終わるエンディング、しかしこのモヤモヤしたものは何だろうか?。

「下から観るか 横から見るか」視点を変えれば意外な発見が有るかも知れません。

『天知る、地知る、子知る、我知る(なんぞ知るもの無しといわんや)』

国民が元首(王女)に求めるイメージとは、、、?

大人になるとは大変な事を色々と経験して行くものです。

この王女様はこの後どのような人生を歩んだのでしょうね、大切な思い出として?それともいつ発覚しまいかと心の安らぐ事なく、、。

真実とは?「ローマの休日」見た目よりも深い話なのかも知れませんね。
読めもしないのにまた本を買ってしまった「須田 麻紗子・編著 完訳超古代史 秀真伝」である、これまた頭が下がるくらいの立派な本である、他にも何冊か分厚い本を購入したが歯が立たなくてもっぱら解説本を読んでいる、オシテもいつか読める様になりたいと思いながら全く進んでいない。

ページをめくりながら、何となく気になってネットで調べていると、著者の身内の方のブログに辿り着いた、その方はセラピストをなさっていながら母の学んでいたホツマツタエの事も記事にしていた。

まだ一部しか読んではいないが、その中で「古墳の形」をテーマにした記事が有り、「前方後円墳の形は○と□が組合わさって出来ている」との事が書かれてあった、ネットで調べてみると「壷の形」や「子宮と産道」ではないか?などと幾つかの仮説が書かれていた。

思い立った事をまとめて画像にしてみました、細かな解説は後日と言う事で載せておきます。

「前方後円墳」の形は「鍵と鍵穴」であり「鍵でもあり鍵穴でもある」そして「天と地の結び」でもあり「生命の誕生」までもイメージさせてしまう、でも不思議ですね「宇宙と生命の神秘」がこのシンプルな形の中には込められている様です、どう思いますか。

本当に「突っ込みどころ」満載ですね。笑
NHK BSで放送されていたので久しぶりに「マトリックス」を見てみた、忘れていたのだが映画の中では「人類は地球にとって害のある存在なのではないか」として扱われている「風の谷のナウシカ」しかり。
長い事人類は「自分の存在を否定する様な活動をしている様に見える」本当にそうなのだろうか、もしかしたら一時的なものなのかも知れない、久しぶりにその事を考えてみた。

「心身の神癒」の中でキリストはこんな事を言っている。

第十四話
28 神我(キリスト)は人類として顕現した神の久遠の子である。このことを把握した時、あなたたちは肉体の中にありながら、およそ能うかぎりの至高のものに到達することができる。
29 肉体の中で生きていると肉体の影響が認められるが、このような影響は悪いものではなく、物事についての深い理解を得る手段なのである。
30 あなたたちはそういう状態から生長していくのである。それは丁度一粒の種が地中に植えられると、生長し、花を開き、やがて又種子を生み出すようなものである。神のみ霊も又あなたたちの中でそれと同じことをなし給う。それは必滅、有限の状態より本来の不滅、久遠の様態へと生長する。肉体の中の生命はあらゆる生命全体より決して分離してはいないのである。
31 わたしの云ったことをよく学ぶがよい、そうすればあなたたちの目からベールが取り外されるであろう、人の子はあなたたちの分離信仰を克服すべくあなたたちと共に待機している。

34 人は幾度も幾多も人によって傷つけられ、自分自身の愚行によって十字架につけられて始めて彼は、神の分霊(キリスト)を通してすべてのものが「大いなる一体」であることに開眼する。
35 わたしは自分で話しているのではない。常にわたしの中に留まり給うのは父である。父はすべてのものの父であり、すべてのものの中にまします。わたしの中でわたしに代わって語り給うのは父である。父の中にある生命と同じ生命が子の中にあるのである。


「常にわたしの中に留まり給うのは父である」・の正体は「父」と言うことらしい「種=たね=たねる=探す」長い間隠れていた(隠されていた?忘れられていた?)父を見るには、、、。

「わたしは父の中に住み 父はわたしの中で働き給う わたしを見たものは 父を見たのである。」わたしを見る様に、と。
8月10日に送られて来た仕事の見積書を見てちょっと驚いた、合計金額が「144000円」である?「144000」と言えば聖書の中に出てくる「○○な人の数」だった様な。

聖書は分厚い本なので、下記の部分だけでは意味がわからないと思う、私もていねいに読んでいないのではっきりした意味は不明であるが、気になったのでブログに載せておく事にしました。

黙示録7:1−8
“7:1 この後、私は見た。四人の御使いが地の四隅に立って、地の四方の風を堅く押え、地にも海にもどんな木にも、吹きつけないようにしていた。
7:2 また私は見た。もうひとりの御使いが、生ける神の印を持って、日の出るほうから上って来た。彼は、地をも海をもそこなう権威を与えられた四人の御使いたちに、大声で叫んで言った。
7:3 「私たちが神のしもべたちの額に印を押してしまうまで、地にも海にも木にも害を与えてはいけない。」
7:4 それから私が、印を押された人々の数を聞くと、イスラエルの子孫のあらゆる部族の者が印を押されていて、十四万四千人であった。


黙示録14:1−5
“14:1 また私は見た。見よ。小羊がシオンの山の上に立っていた。また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とがしるしてあった。
14:2 私は天からの声を聞いた。大水の音のようで、また、激しい雷鳴のようであった。また、私の聞いたその声は、立琴をひく人々が立琴をかき鳴らしている音のようでもあった。
14:3 彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。
14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。
14:5 彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷のない者である。”


「144000」について気にはなってはいましたが調べた事は有りませんでした、この機会に少し掘り下げてみたいですね。



調べ始めたら今朝は、数字に関するこんな記事を見つけた。

記事の一部を引用

世界最高齢男性のアウシュビッツ生還者クリスタルさん死去…世界一は北海道在住112歳に
8/13(日) 5:04配信
 世界最高齢の男性としてギネス認定されていたイスラエル北部ハイファ在住のイスラエル・クリスタルさんが現地時間11日に死去していたことが分かった。113歳と331日だった。現在のポーランドに生まれ、第2次世界大戦中にナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所に送られたが生還し、その後はイスラエルに移住していた。クリスタルさんの死で、男性の世界最高齢は北海道に住む112歳の野中正造(まさぞう)さんとなった。

 100万人以上のユダヤ人が収容され、多くの人が虐殺されたアウシュビッツからの「生還者」として世界の変化を見届けてきたクリスタルさんが、静かに息を引き取った。


昨年1月、当時最高齢だった福井県出身の小出保太郎さんが死去したことで、ギネス社が「世界最高齢男性」に認定。同年9月には、ユダヤ教徒の男性が13歳の時に行う成人の儀式「バル・ミツワー」を“一世紀遅れ”で執り行った。当時、クリスタルさんは長寿の秘訣(ひけつ)について聞かれると「なぜ長生きできたのか分からない。すべて、上(神)が決めていることだから」と答え「残された我々にできるのは一生懸命働き、失ったものを再構築することだ」と話していた。

クリスタルさんの死で世界最高齢男性となった野中さんは1905年生まれ。7月には112歳の誕生日を北海道足寄町にある実家の温泉旅館で迎えた。一方、女性ではジャマイカ人のバイオレット・ブラウンさんが1900年生まれの117歳で世界最高齢とされている。長寿ランキングは圧倒的に「女性上位」で、米老年学研究グループの調べでは野中さんでも43位だ。

 ちなみに、過去に最も長く生きたとされるのがフランス人女性のジャンヌ・カルマンさん。97年に122歳で死去した。


「イスラエルでクリスタルさん」?聖書の「144000」とも関係ありそうな話題です「113331」って何でしょう「1+1+3+3+3+1=12=1+2=3」?11日、1と3ばかりの数字??、もう一度引用しておきます。

イスラエル北部ハイファ在住のイスラエル・クリスタルさんが現地時間11日に死去していたことが分かった。113歳と331日だった。

当時、クリスタルさんは長寿の秘訣(ひけつ)について聞かれると「なぜ長生きできたのか分からない。すべて、上(神)が決めていることだから」と答え「残された我々にできるのは一生懸命働き、失ったものを再構築することだ」と話していた。


ひょっとしたら?こんな想いで生きている人達が「144000の選ばれた人」なのかも知れませんね、恐れ入ります。

そして男性世界最高齢を引き継いだのが
「北海道に住む112歳の野中正造(まさぞう)さん」??
「野中正造=のなかまさぞう=野の中(緑の大地)を正しく造る」??これって「エデンの園でアダムとイブが神様から最初に与えられた仕事」?だったりして、そして「男性=アダム=土」でもあります、何だか凄い話の展開ですね。う〜ん!
「野中正造=のなかまさぞう=野仲正増=大地との関係(仲間意識?)が正しく増える」

大地と人との関係が改善されそうな話題ですね。感謝

これってもしかして「144000の謎」の答えなのでしょうか???。
出口春日さんのフェイスブックに、宮城県仙台市で行われる「屋久杉玉磨き&おとのわライブ-祝詞&クリスタルボウル」の案内が載っていた。

何か大切な出来事に思えるぞ。

「備忘録」として思いついた事(妄想)を同級生に送ったメールを載せておきます(出口さん勝手に記事にしてすみません)。

お晩です、出口さんのブログに、仙台でのコンサートとイベントの案内がが載っていました、東北地方でのコンサートは初めてだそうです、2017年は今までなかった事が起きる様ですね。出口さんと仙台、米沢には不思議な繋がりが有る様です、アイなんですね。

コンサートは「青麻神社」で行われる様です、サンシャインの三つの光は「アメノミナカヌシのカミ・アマテラスオオミカミ・ツキヨミのカミ」で「星神・日神・月神」の様ですね?。「ソサノオ=地球」だとすれば○は地球、ホツマツタエのタの文字は「地球に星と太陽と月の三つの光が差し込んで助けている」ですよね科学的にもぴったしです、驚きましたよ。

青麻神社(あおそじんじゃ)は、宮城県仙台市宮城野区にある神社である。旧社格は郷社。旧称を青麻岩戸三光宮、青麻権現社、嵯峨神社などといい、日本各地にある青麻神社・三光神社の総本社である。
昨日の話を確認している様な流れです!

「サンシャイントライアル=三射in寅意有る」艮の金神?のお役目とはこのこと?何かが繋がりすぎです。
もう一眠りです。
今日は、広島の原爆の日なのですね、日にちとは不思議です。
春日さんの誕生日から繋がった話なんですが、ビックリしました。

こんにちは。
出口春日さんの役割は、さしずめ「現代版八重垣姫」と言ったところでしょうか、八重垣姫のモデルは上杉景勝の正妻の菊姫さんだそうです。
歌舞伎は殆ど見た事が無いのですが、「本朝廿四孝」一緒に見て見ませんか、おとなしいお姫様が恋心からとても大胆な行動に出るのがみどころの一つだそうです。
物語は「兄弟喧嘩の仲裁」?だとすれば奥が深いですね、神話の世界の謎のひとつです。
リーマンショックの年に放送されていた大河ドラマ「天地人」が私の節目の一つでした「愛を掲げよ」がこんなところに繋がってくると「物語」を感じますね。???です。
菊姫さんの命日が旧暦の2月16日(新歴3月16日)、春日さんの誕生日が3月16日(フェイスブックより)だそうです。
春日さんのCD、 八雲神歌、ソサノオの八重垣の歌から始まっています、機会があったら色々と聞いてみたいですね。
長くなりました、今日は枝豆の収穫のアルバイトです。
「枝豆=えだまめ=マメに枝が張っている=色々な事が綿密(まめに)繋がっている」?
「枝豆=えだまめ=得田真目=真理を見て宝を得る」ナンチャッテ。

DVDなどの動画で見るとお姫様役が年配の男性なので??な感じだそうです、舞台を少し離れて見たほうが感情移入しやすいとか、レヴューに有りました。

「八重垣姫」は「赤姫」とも呼ばれている「赤姫=あかひめ=開か(証)秘め=秘め事を明かす=真実を伝える」かもしれませんね、「青麻神社」は旧称を「青麻岩戸三光宮」と呼ばれていたそうです、「赤姫は三光で宮の岩戸を開く」「宮=人」だとすれば、、、、。


8月11日は「山の日」だそうです「山=やま=人真=真の人」「山形=やまかた=人真型=真の人の型=人類=キリスト」なので「山形県は人(キリスト)の横顔」。
妄想もここまで来れば「物語」に思えませんか?

この話は、太古において「木を切りすぎて滅んだ文明が有ってその対策に失敗している」とすれば、過去の文明の発祥の地が森林伐採で滅んだ事と一致します、そして現代では地球規模での森林の減少が問題になっています、熱帯雨林は伐採された後に焼畑として農地にされました。近頃話題にはなりませんが、地球環境の再生の鍵は森林の再生が不可欠なのでしょうね。

スピリチュアルな次元上昇が話題になる昨今、母なる大地の復活は「誠の母パパ」の復活です、このタイミングで「みやぎ=身焼き」で「屋久杉=厄過ぎ=厄が過ぎる=厄が晴れる時節が来た」「やくすぎ=役直ぎ=真っ直ぐで正しい役割」の「玉磨き=魂(霊)磨き」が行われます。
「出口春日=混迷した時代の出口は春の日差しの様に爽やかに穏やかに」仙台「仙台=せんだい=先代=ご先祖様の聖地」の地で巡り合わせの時が訪れました。感謝

ホツマツタエでの「白山比咩」は「アマテラス」が生まれた時に産湯を取り、泣いている声からアマテラスの諱(いみな・本名?)を聞き取ったので「キクキリヒメ=聞くきり姫=全てを聞き取る姫様=秘め事を聞き取り明らかにする」称え名を授かりました、もしかしたら「菊姫」は「白山比咩」の生まれ変わりだったりして。
私も、急に仕事が空いた時は度々ブログの記事を書いていました、書くにはけっこう時間がかかるのです。

以前は、誰か凄い人物が現れて世界を救う、みたいな期待が有りましたが、実際は「ソサノオ」さんや「キリスト」さん「アマテラス」さんなどのイメージを借りて「誠の母パパが複数の人達を通してる現われてくる」みたいな流れですよね。
長々と失礼致しました、後日ブログのにまとめてみたいです。

お読み頂き有難うござい。
「屋久杉=やくすぎ=八九過ぎ=八九の次は完成数の十=完成・満願」の意味が有るのでしょうか?。
「屋久杉=厄杉」経済的な理由から広葉樹が減って杉の木ばかりになってしまい大雨などで崩れています荒れた杉林の維持が負担になっています。
「杉の語源は、直ぐなる木=真っ直ぐな木」とか、本来なら「杉=すぎ=素気=直気=スの神様の素直な気」なのでしょうか「杉=過ぎ=やり過ぎ(過剰)=すぎる(タイミングを逃す)」などにつながる?。
「過ぎたるは及ばざるが如し」現代文明の落とし穴そのものみたいですね。
「屋久杉=焼く杉」全国的に間伐材を焼いて電気を作る施設が出来ていますが、早々燃料になる木が足りなくなる可能性も指摘されています「過ぎ」、、、丁度良いバランスは難しいものです。
何で現在の問題にシンクロしているの様に見えるのでしょう、言葉は不思議です。

でも「役杉=杉の役割」この世での役割なのかもしれませんね。
みんな役割が有る、、。う〜ん!

お晩です。
Mちゃんは、日本の特撮映画の「大魔神」を見た事が有りますか、7、8、9日に三部作が放送されました、このタイミングで不思議です。
「枝豆=恵田真姫=宝の恵は秘められた真理(真の姫=誠の母・母性・母星・地球」良く噛んで(神ながら)食べて下さい。

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くさかあやこ様、参加は難しそうなので勝手に記事にさせて頂きました「屋久杉霊磨きセット」にも興味が有ります、その節には宜しくお願い致します。
今年は何かと思い掛けない出来事が起きている、8月に入ってからも個人的にも大きな出来事が起きて頭が痛い、ネットで色々と辿って行くとこんなフレーズが目に入った。
「白山開山1300年を記念して2017年はイベントが盛り沢山!」ああやっぱり今年はそんな年なのかも知れない、と何となく納得。
テレビ番組では「大魔神三部作」が3夜続けて放送されていた、録画していなかったのが残念だが確か「大魔神」は「山の神様」のイメージが有る、解説を読んでみるとこの神様は「怒っている時は悪人以外の人間も巻き添えにして破壊する自然災害の様な神」でも有る様だ。

奇しくも8月11日は「山の日」、去年2016年から始まったばかりの新しい休日である。

「大魔神」第一作の作品の長さが「1時間23分44秒=12344=ひふみよし=一二三良し」何だか縁起が良い語呂合わせだ。
「大魔神怒る」第二作目の公開は8月13日、お盆休みに合わせて公開したらしい。
「大魔神逆襲」第三作目のBSでの放送は、白山開山1300年記念日の「8月9日」。

「一二三四四=ひふみよし=一二三代始」一二三の代(時代)が始まってる???「開山=かいざん=改ざん」されていた歴史が正される、数々のイベントが盛りだくさん??「大魔神=だいまじん=大真神=大真人」なのでしょうか「魔神が真神に・魔人が真人に」変わる???。

大魔神には名前が有ったのですね「大魔神阿羅羯磨(あらかつま)」だそうです。

「大魔神阿羅羯磨(あらかつま)=だいまじんあらかつま=大真神現活真=大いなる本当の神様が現れ真の活動をする」何だか「あらかつま=荒活魔=荒ぶる神=現フル神=ソサノオ」さんみたいな名前ですね。
久しぶりに映画の「フィフス・エレメンツ」を観た、西洋の四元素「風・火・水・土」説に第五の要素「愛」を加えて「五元素=フィフス・エレメンツ」が世界を悪から救う物語である、これって何処かで聞いた話に似ていないか???何だか「ホツマツタエの五元素」と「心身の神癒」の話をミックスしたみたいになっている。

東洋思想の中にも「五元素」があるが、こちらは「木・火・土・金・水」なので微妙に違っている。

「ホツマツタエ」は誰が書いた??。
いつもブログでお世話になっている方が昨日は「親指の聖母」の肖像画と隠れキリシタンの由来を記事にしていた。
夜、気になっていた番組が有ったので見ていたら隠れキリシタンの子孫の方が岩室の前で祈るシーンが有った、「右手の親指を上にしてこう手を組んで」と?親指?その人は鮮やかな青色のジャンパーを着ていました、これって「親指の聖母」にそっくりです、急いで携帯で撮影してしまいました。

あゆーむでは、4月1日から「イコンの道」の展示が行われています。
何故4月5日なのか?不思議なタイミングです。

「探検バクモン・DEEP INSIDE. 長崎・隠れキリシタンの里」

「かくれキリシタン」の歴史が息づく長崎市・外海へ。江戸時代の禁教政策を乗り越え、信仰は今も続く。神秘的な山里に眠るお宝を巡り、“人間の密かな祈り”の裏側を探る!
江戸時代のキリスト教弾圧の下、密かに信仰する人々が集まり住んだ長崎市・外海。「かくれキリシタン」と呼ばれる人々が今も暮らすその山里で、地域のお宝を探る!人目を忍んで集まった“祈りの岩”や、墓石に残る“ある風習”。民家で偶然みつかった“マリア観音”からは厳しい現状が。子どもが皆知る、宗教の壁を超えた“スーパースター”とは?世界遺産への推薦や映画化で注目が集まる禁教の歴史から、人間と信仰の関係に迫る!
【司会】爆笑問題,【出演】サヘル・ローズ,【語り】木村昴,島本須

「オラショ・かくれキリシタンの祈りの言葉」は「ラテン語」「ポルトガル語」「日本語」などが混ざっており口伝で継承されてきた、意味はわからない」と語っていたのが印象的でした。

「 DEEP INSIDE. =イコン=意根=根源の意思?」
「icon=アイコン=愛根=愛の根っこ=愛の根源」
「icon=アイコン=愛魂=愛の魂=魂は愛だ」
「こん=魂=紺=根=痕=今=、、、」
「紺=根=藍=愛」
          色々有るぞ!。

知恵袋より

「藍染め」というのがありますよね。
タデ科の一年草で葉や茎は青色系の染料に用います。
染め方は藍瓶に浸けるごとに白い繊維の色が濃くなるわけで、その濃さで名前が変わってきます。
一番最初が「瓶覗き」・・・オフホワイトで殆ど色がついていません。
次が「浅葱」(あさぎ)その次が「縹」(はなだ)、花色とも呼ばれます。
そしてその次が「藍」(あい)。藍の次が「紺」(こん)となります。
紺よりも濃いのが「黒紺」、もっと濃いのが「留紺」と呼ばれます。
つまり「紺」は濃い藍色という事です。

「紺色」の方が「藍色」よりも濃い様です、「愛よりも根(こん=今=いま)の方が深い?」

「心身の神癒」
第一話
2 愛は全宇宙の中心である。この中心より絶えざる愛の流れがすべての魂、生きとし生けるものを通じて流れている。花々を通じ、動物たちを通じ、人間と天使たちとを通じて、この愛が中心の泉より絶え間なく流れ、愛自身の相(すがた)を永遠に表現(あらわ)している。
51 あなたたち自身が久遠に実在し常在する神の分霊(キリスト)、すなわち神の心の裡なる、生かしかつ創造する力であることを真に知るならば、時間や空間など有る筈がないのである。
52 あなたたちは時間も空間もない状態に到達し、自分の魂の中に宿り給うあなたたちの種なる神の完全さの中に入ることができるのである。主こそ、およそ実在する唯一の力である。I am(わたし・神我)は主(the Lord)である。


「根=今=いま」?「今・この瞬間」

第三話
30 各人は、自分の未来を、現在における想念と行為とによって形成する。『今』が常に現在である。『今』においてのみあなたたちは創造することができるのである。未来においても、過去においても創造することはできない。

「根=最も深いところ」「今=全てはこの瞬間だけ」「絶え間なく愛が流れ出る中心の泉」は「父なる神」ということでしょうか。

 
気になって「千手観音」を調べてみたら、思いがけず近くに見つかった「深山観音」の本尊様らしい、文章で表現しにくいので思い立った情報を画像にまとめてみた。

「音・歌・言葉」と「波動と意味」つながりの様なイメージが有る。

「三位一体」は「天人地」で「天と地の間に人がいる」関係?。

「ホツマツタエ」で言う処の「あ=天、や=人、わ=地」みたいな関係が有る様に感じてくる。
「天=・=キリスト=見えない世界」
「人=仏教=見えるものと見えないものが合わさっている=仏=自分の鼻を示しているらしい」
「地=神道=見える世界」

見え方が違うけど同じものなのかも知れないぞ!

「縁と緑」は「糸=いと=意図」つながり?父なる母なる神の意図、想いが込められている?。

中島みゆき「糸」の歌詞、「何故巡り会うのか、いつ巡り会うのか」縁の歌ですよね。

「17」には何か特別な意味が有るのだろうか?。