食料補完計画

花の便り
久しぶりの記事になります。

今日は4月1日、新しい年度の始まりです、日の出の時間も早くなってきました、まだ雪が消えたばかりなのですが気の速い花々は雪の下で準備をしていたのか早々と咲き始めました、ここ2〜日で見かけた花を載せてみました、これから一気に華やかになる季節の始まりですね。

この時期は、黄色や紫、白などの花が多いです。

今日は「エイプリルフール」ですよ。
今朝の散歩で見かけた花々を集めてみた、本当はもっと沢山有る、何となく「みてみて」とアピールしている気配を感じる花もある、よく見れば「こっちから撮って」と言う向きが有るらしい、今度はもう少しじっくりと観察してみたい。

しかし、名前の分からない花が多い、左上の三点は花屋さんに出荷する為に栽培されているものらしい。

「左上端」
カシワバアジサイ(柏葉紫陽花、学名:Hydrangea quercifolia)は、アジサイ科(ユキノシタ科)アジサイ属の落葉低木。原産地は北米東南部。花の色は白。
特徴[編集]
葉の形がカシワに似ていることが、和名の由来。花は円錐状あるいはピラミッド型に付く独自の形状をしており、5月〜7月に真っ白い花を付ける。八重咲きと一重咲きがある。一般のアジサイとは異なり全体の印象としては木のボリュームに比し、花が少ないのが特徴。葉には切れ込みがあり、秋には紅葉する。
古くから日本にもあったが、最近、一般に出回り始めた。
樹高 50〜200cm

二番目は不明

「三番目」
エキノプスとは
地中海沿岸〜西アジアを中心に約120種類が分布する二年草、もしくは毎年花を咲かせる多年草です。
 その中でも、リトロ〔E. ritoro〕(和名:ルリタマアザミ)とスファエロケファルス〔E. sphaerocephalus〕の2種が広く栽培されています。庭植えの他、切り花やドライフラワーにも利用されます。

後で色々調べてみたい。
ここ数日はとっても天気の良い日が続いている、一日毎に咲いている花の数がグンと増えてくるのが分かる、今日見かけた花達を纏めてみた、この他にも小さな花達がひっそりと咲いている。

「梅の花=産めの花」春らしいなあ
「かたくり=嘉多子裡=子供の裡に喜びが多くなる=人類が喜びに沸く」良い知らせだなあ。かたくり粉はこの植物の地下茎から取れる。
「こぶし=拳=古武士」白い花は成る程「白=城」、古の武士の元祖はソサノオ様、若い頃は「拳」を振り回していた?。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣作る その八重垣わ」の歌が有名。
「桜=さくら=咲くラ=ラーの神様が咲く=太陽神(男神)が開く」、未熟だった男性原理が大人になるのだろうか、先の「こぶし」とリンクしている様に感じる、「ラーメン」の時にも書いたがあの時は「太陽と男性が重なって男性原理の主張が強過ぎた」感じがしていた。

「椿=つばき=津波来=波が押し寄せる=変化」

沢山有るなあ、仕事の時間なのでここまでにしておこう。

もう五時半の起床では「日の出」に間に合わなくなってしまった、散歩中に丁度六時になると「鮎貝八幡様の釣り鐘の音」が聞こえる「ご〜ん」「ああ愉快、ご恩」、毎日新しい発見が続きます。感謝
4月13日、今日は随分と多忙な一日でした、朝は日の出に起床、今朝は霜が落ちる程冷え込んでいおり空は快晴、「御来光」をパチリ、例によって「茶タロウ」の朝のお勤めに同行、途中で墓参り、畑に映る自分の影が面白かったので「十字架」を作ってパチリ。

散歩から帰ってから息子を連れて「コイン洗車」、雪国では「溶雪剤」として道路に「塩」蒔くので車体の下部を洗っておく、久しぶりの洗車、息子は高圧洗浄機の「ウオターガン」がお気に入り、「500円で洗車、洗浄、ワックス」のコースで冬の汚れを落とした後家に戻って拭き取り、缶コーヒーで一服。

朝食を済ませて今度は「義務人足」と呼ばれる地域の環境整備作業、今年は昨年と違う「小学校裏山の用水路の掃除」を頼まれた、持って行く道具は「鎌」と「レーキ」が割り当てられた、集合時間は八時半、少し早めに着いて鎌を研いだ、集まったメンバーは6人、私が一番若い。

作業が始まって暫くした時に別行動に呼ばれた、鎌とレーキ二つの道具を持っての作業は邪魔になるので「鎌を置いて行く」と言ったら「持って来い」とのこと、水路の両側が狭くなっている所に倒木が有り「苅払い機」が使えないので「鎌で刈ってくれ」と頼まれる、「鎌を置いて来なくて良かった」と思って作業していたら思い出したのが「むらさき」であった。

近頃は何故か「むらさき」が気になって色々と書いていた、「むらさき=斑咲き=村咲き=むらの有る色々な個性が花開く=個性が生きる共同作業」である、今日集まった道具達は一見地味では有るがそれぞれ個性的で「替え」がきかない、ここ一番の時にはそれが生かされる面々である。

今日の作業は「水路の掃除」、水路と言っても「林の中を通る古い手掘りの水路」である、よく見ると水路の淵には点々と「彼岸花に似たむらさき色の花」が咲いている、そして「用水路」と言えば「人体の血管」の様なもの、今日の作業は「地球の血管のメンテナンス」なのではないか。

倒木を切り、枝を祓い、草を刈り、泥をすくい、詰まった落ち葉を掻き出す、全員が同じ道具を持って来たのでは返って仕事にならないだろう、見事な「むらさき」がここには有る。

メンバーを紹介しよう

1、鎌=草や細い枝、笹などを刈る、能率は悪いが細かい作業が出来る。「かま=光真=本当の光」鉄の刃物が人類の生活の変化に与えた影響は大きい、また「かま=マガ=魔我」、その反面使い方を誤れば「災い」をもたらす諸刃の働きが有る。
2、鉈=鎌と鋸の間くらいの枝や木を切る、また杭の先を尖らせたり薪を作る時などに使える、山では包丁の代わりにもなる、歯の反対側幅が広く金槌の代わりにもなる、木の実を割ったり釘を打つ事も出来る、武器にもなる、山仕事に行く時は最低でもこれ一つは持って行きたい「和製サバイバルナイフ」。「なた=名多=幾つもの使い道が有る」
3、鋸=鎌や鉈では切る事の出来ない太い木を切る、多少時間がかかるが確実な方法である。
4、スコップ=土を掘ったり積み上げたり、穴を掘ったり叩いたり、さくってみたりと、土木作業の主役の一人。別名「シャベル=喋る」なのか、コンクリートの水路などを掃除している時はとって音がうるさい。
5、フォーク=纏まった草や水の中からゴミだけを取り出すのに便利、持ち上げる作業に向いている。「熊手=くまのて=悪魔の手」、日本では「縁起物」であるが、西洋では「悪魔」が持っている場合が有る、「ホツマツタエ」でも「くま」は何かしら「災い」の意味に使われている。
6、レーキ=草などを寄せ集めたり、水中からゴミだけを取り出す、フォークと似ているが持ち上げには向かない。「レーキ=霊気」何だか意味深である。
7、苅払い機=エンジンが着いてい能率よく草が払える、便利な道具、現代の鎌である。
8、チェーンソー=鎖状の歯をエンジンで回転させて効率よく木を切る事が出来る、現代の鋸である。今回参加したのは「マキタ製」「マキタ=真来た=真理がやって来た」良い知らせである。
9、軍手=自然を相手に作業すると、細かい切り傷や刺し傷が多くできる、慣れない仕事をする時は是非お世話になりたい。「両手で1+4、1+4、いよいよ、である」、片手では掴む事しか出来ないが、両手ではずっと沢山抱える事が出来る」「人も一人で出来る事も沢山有るが、二人ならずっと多くの事が出来る、ましてや男と女なら新しい命だって生まれる、体が見る永遠の夢は千代に八千代に浮け渡す事で叶えられるのだろう」人間って不思議ですね。
10、ゴム長靴=軍手と同様に、現代の日本人は素足での活動は難しいと思う、人工の足の裏である、素足での生活を離れた辺りから文明は大きく変化してくる様にも見えるが。
11、人=画像は載せなかったが、「エデンの園」で人間は「庭園の世話」をするのが役目だったと、「役目」と言っても「自分の暮らしを整える」と同義語の様に思える、「庭園は人を育み、人は庭園を守る」「どちらも同じ事」なのかも知れない。

人は、小さな道具で自然を助け、大きな道具で自然を壊している様にも見えてくる、これは、これから「自然と共に生きる暮らし」を考える上で大切な事かも知れない。

「むらさきの共同作業」は何を伝えようとしているのだろうか、何だか妙にタイムリーな感じもするのだが、作業の終わり頃に黄色い「マンサクの花」が咲いていた、「まんさく=満咲く=一杯に満ちて咲く」何だか縁起が良いなあ。

マンサクの花言葉
マンサク,まんさく(金縷梅・満作)
花言葉は
「幸福の再来、ひらめき、直感、神秘、呪文 霊感、魔力、感じやすさ、誠実、貞節、愛」
この日生まれのあなたは「知的で誇り高い性格。恋人や友人との付き合いにも、クォリティーの高さを求めます。

黄マンサクの園芸品種“アーノルドプロミス”  何だろう「ターミネーターの約束かな?」

マンサクは、豊年満作の縁起樹。
1月16日(禁酒の日・籔入り・念仏の口開け・晴れの特異日)
2月11日(建国記念の日・文化勲章制定記念日・万歳三唱の日・干支供養の日)の誕生花

ひえ〜!花言葉が意味有り過ぎますね。


「ホツマツタエ」を学んで大きく変わったものの一つとして「4と9」の意味が有る、日本では「4=死、9=苦」に繋がるとして特に「仏教」的には忌み嫌う傾向が有るが「ホツマツタエ」では「4=よ、9=こ」となっている、色々な場面で「4=よ、9=こ」に意味を読み替えながら物事を見て行くと、不思議な世界が見えてくる「4=よ=世=代=夜=与=誉」などなど何だかとっても縁起が良い、そして「9=こ=子=呼=戸=濃=児=娘」などなど、こちらも愛おしく大切な言葉が沢山隠れている。

何方かが「9は、アルファベットでは再生の 音素ですから・・・新しいと 言うと、9・・・同音異議ですから・・・ 」と書いていたが「9=ナイン=名IN=名が入る=働きが入る=完成の最後の仕上げ=十の前」、「4=フォー=法=包=泡=報=頬」みたいである。(これではちょっと乗り過ぎでした)失礼

「49=よこ」「縦の神様に対して横は大地、人、渡し」、「よこ=良子=良い子=神様にとって世界は大切な子供」だろうか「キリストとは神の一人子」の意味が気になる。

「駄洒落」ばっかりの私の言葉が全て正しいとはとても思えないが、何だか心が軽くなる様な気がする、そして自然の移り変わりが面白く感じられる様になってきた。感謝

42014年4月13日、今年の共同作業は、倒木が多くて昼までかかってしまった、慣れない仕事に体も痛い、帰り際に一服の時の余り物を頂いて来た「せんべいとウーロン茶は2本」二匹の龍神様からのご褒美はお米で作った焼き菓子(2枚ずつ子袋に入っている)」だった、「米=こめ=込め」である「道具には魂が込められている=道具の体に目的の魂が込められている=ひと=霊止=霊の止まり給う処=人=支え合うもの」、神様からの思いが沢山込められているのだろう、気持ちの良い一日でした。

「13」は縁起のいい数字らしい、今は12から+1の13に時代が変化していると言っている人がいた「魚座から水瓶座へ」、「太陽暦」から「太陰暦」に戻るのだろうか、効率優先から季節感の有る暮らしへと「月=つき=次」、次の時代は「ラーメン=太陽の男」の時代から「月のリズム=女性と生命のリズム」になる予感なのだろうか。

追記

「ターミネーター」の意味を調べて2度びっくりですね。
知恵袋からの引用です

「Teminateはラテン語のtermunus「終わり」から借用された語で、terminatorはその名詞形です。
Terminate「終わらせる」という語の背後には、「続かない」「続かせない」「絶つ」「断ち切る」という、単に「終わる」よりも強い「終末」「終焉」「断絶」の意味を持ちます。
従って、terminatorは単なるkillerに比べ、深い意味での「殺し」を内包しています。
つまり、「相手の息の根を絶つ」だけでなく、「相手の背後にあるもの全てを絶滅する」「相手の未来全てを抹殺する」というニュアンスを含む、最強の非情な「殺す」の単語なのです。
No.2、5の回答で解釈されている、「誤った歴史を終わらせる=続かせない」という意味を暗示する、最適の語と言えるでしょう。」

「マンサクの花は、アーノルドプロミス」とは、「謝った歴史を終わらせる約束」ですか?。絶句
「マンサク=満策=万策=方法は沢山あり万全です」えっ、対策もバッチリ?こっちも本当ですか。

水路の縁に咲いていた花も調べてみました「ショウジョウバカマ」だそうです、名まえは聞いた事が有りましたが忘れていました、花言葉は。

ショウジョウバカマ(猩猩袴)

分類ユリ科 ショウジョウバカマ属 多年草
開花時期5月下旬〜6月中旬
花言葉 「希望」
大きさ高さ5cm〜25cm

たった一つだけ?潔いですね、そう言えば「パンドラの箱からあらゆる災厄が飛び出し、最後の隅に残っていたのが希望」だったとか、こんな処で「希望」に出会えるなんて「運命的」ですね。

もう一つ「ヒヤシンス」に花言葉は
ヒアシンス,ヒヤシンス

花言葉は

全般「スポーツ」「遊び」
(ピンク)「しとやかなかわいらしさ」
  (白)「心静かな愛」「控えめな愛らしさ」
  (赤)「嫉妬」
   (紫)「初恋のひたむきさ」
 (濃紫)「悲哀」「競技」
  (黄)「勝負」「あなたとなら幸せ」

こっちは色々ありますね、紫色の「初恋のひたむきさ」は「ホツマツタエ」の序文にある「花咲く御代の」を思い出しますね、「ヒヤシンス=霊(火)ヤ真素=人の魂はスの神様の真の姿」なのでしょうか、名まえって不思議ですね。

夕方、朝日町和合の原地区、にある親戚から「ふじ林檎」が一箱届けられた、何かのお礼だろうか、時期的にも林檎はもうぎりぎり、そう長持ちはしない時期なので急いで食べなくてはならない、届けてくれた親戚のおじさん曰く「痛んだ所は捨てて食べてくれ」と、まだ歯ごたえの有る物は生食、柔らかくなって来たのは「リンゴ煮」にして頂く事になる。
「エネルギー(質量)は保存される」のにわざわざ私の体を通って行く理由は何処に有ると言うのだろうか、一寸寄り道してもいずれは大地に帰るのだ、「寄り道の理由、想い」って何だろう、でも何だか有り難い。

三月は「消費税の駆け込み需要」のせいか忙しかったのだが、今月に入ってから仕事が少なくなった、時間に余裕が有った事もあって随分と書いた気がする、「林檎は神様からの差し入れ」と言う事にしておこう。感謝

しかし今月は宇宙でもイベントがあるとか、月蝕−4月15日、そしてグランドクロスもあるらしい。
暫く前から「294」が何かと話題になっていた、この時期「294」と言えば朝の散歩コースでも「つくしんぼ=土筆」を至る所で目にする、本当に「筆」みたいな形である、何か伝えたい事が有るのだろうか。

暫くすると「杉菜、スギナ」が生えてくる
Wikiより
スギナ(杉菜、学名:Equisetum arvense)は、シダ植物門トクサ綱トクサ目トクサ科トクサ属の植物の1種。日本に生育するトクサ類では最も小柄である。浅い地下に地下茎を伸ばしてよく繁茂する。生育には湿気の多い土壌が適しているが、畑地にも生え、難防除雑草である。

春にツクシ(土筆)と呼ばれる胞子茎(または胞子穂、胞子体)を出し、胞子を放出する。薄茶色で、「袴(はかま)」と呼ばれる茶色で輪状の葉が茎を取り巻いている。丈は10 - 15cm程度である。

Wikiより
袴(はかま)は、和装において腰より下を覆うようにして着用する衣服の一種。着物の上から穿き、紐で結ぶ。弥生時代にその原型が成立し、近世期においては主に男子において用いられ、礼装とみなされてきた。女子のものもあり、神道における巫女や弓道の弓道衣、近代では女子大・高校通学着、現代での卒業式の礼服や成人式用の礼服などとして女子袴(+小袖、中振、振袖)は定番となっている。

名前の由来

スギナにくっついて出てくる事から、「付く子」、袴の所でついでいる様に見える事から、「継く子」となった説が有力である。「つくしんぼ、つくしんぼう」(土筆ん坊)地域によっては「ほうしこ」(伊予弁等)とも呼ぶ。 土筆は土から出てきた胞子茎は、伸びきる前は先端まで「袴」に覆われており、その形状が「筆」に似ていることから「土筆」という字を当てられるようになったものと考えられる。

スギナ、ツクシ(土筆)の花言葉
「向上心 意外 驚き 努力」 3月6日の誕生花  (36だぞ)

「294=尽くし」だけあって「294=福祉」の心も強い、そいでもって「向上心」が有り「努力家」で「頭の中は奉仕」でいっぱい、一歩間違えば「294=憎し」も強い、「筆」を使うし「袴」を付けている、まるで「古風な日本人」そのもののイメージだ、これは「意外」な「驚き」である、増してや「杉が過ぎるほど植えてあり」、「地下茎は竹に似ている」、とっても日本的な「294=つくし=土筆」さんです、これだけでもメッセージいっぱいですね。

朝の散歩の途中で見かけた草花の一部を載せてみた、ここに有るのはほんの一部であり名前の知らない植物が多い、中には余りに小さくてカメラのピントが合わない様な花も沢山ある「見ているのに見えていない世界がまだまだ広がっている」のである、生命の営みまで想いを馳せれば「見ていると思っているのはごくごく、ほんの一部」なのですね。

今朝の食卓には「Oyaji」が取って来た「アサツキ」と、散歩の途中で摘んだ「野甘草」を誂えてみた、柔らかな甘みと特徴のある苦み、ちょっと滑りのある口当たり、「甘草=肝臓=解毒作用=自然治癒力」、「野甘草=のかんぞう=退かない=強い決意」が感じられはしないだろうか。

天気が良くて暖かいと、急速に緑が広がって行く、タンポポなども一日一日と大きくなっている、見過ごしているとあっという間に「塔=とう=ト有=集合意識が現れる」が立っている「茎立ち=くきたち=子気立ち=子供が(種)産まれたい気持ちが持ち上げている」。
「よもぎ=世最来=最高の世界がやってくる」
「あさつき=朝付き=朝は付いている=早起きは三文の特」
「たんぽぽ=古くはフヂナ、タナと呼ばれた、タンポポはもと鼓を意味する小児語であった。」
「たんぽぽ=フジナ=不二名=永遠の名前=究極神の名前=ヤハウエ=母上?」「タナ=宝の名前」タンポポって凄いなあ。

「藤の花も紫や白」、この時期は黄色、白、紫、ピンクの花が多い、淡い色は膨らむ恋心でしょうか。

他にも沢山り過ぎて調べれば切りがない、皆すごい名前を持っていて随分とおしゃべりでもある、一緒に喋られたら「聖徳太子」でも聞き分けるのは難しいだろう。

「聖徳太子」と言えば「馬宿の王子」、今年は「午年」、「キリストは馬小屋の飼馬桶で眠っていた」、そう言えばさっき見た記事で「F1のピットは馬小屋」と言うのが有った、
調べてみると、フェラーリとポルシェが同じ「跳ね馬」をエンブレムに使っている、「花」で解くとその心は「種馬」ご免なさい。

キリスト教は何故か「難民」のイメージが付きまとう、地に足が付いていないと言うか「安住の地」を探し続けている、私の感覚では「安住の地はあなたの足下に広がっているじゃないか」と思ってしまう、聖書もそう言っている様に解釈できるのだが何故なのだろうか、見えているのに見えていない、私と一緒じゃないですか。あれ!

そう言えばスーパーカーで有名な「ランボルギーニ」は元々農業機械のトラクターを作っていたらしい、こちらは「牛」がデザインされている、「馬車=自動車」「農耕牛=トラクター」なのだろう、今は牛みたいなごっつくて早い車を作っている。

「F1」と言えば野菜の種にも「F1」が有る、収量や病気に強いなどで人気の「野菜のF1」である、その反面、在来種の減少など色々な問題も抱えている、何だか似ているなあ。

話が飛んだがこの流れから「種馬」と言えば聖書の「イエスは一体誰の子供か」、が気になる、一気にダヴィンチコード、こんな展開でご免なさい、「世紀の謎=世紀の秘密=性器の火水」でもある、何でここで「古事記のイザナミさんの焼死」事件なのかは不明。

「キリストの一体」について考えていると、人類は一組の男女から増えたので「血筋」は重要ではなく「人類全てが兄弟」であり「神の分身」、「全員でも一人」なので「イエスの種は誰なのか」は思った程重要な事ではないらしい、「誰でも私の(父の)子である」、と言う事で人類の争いは「兄弟喧嘩」になる。

キリスト教の秘密とは、「人類には戦う理由が無かった」と言う事だろうか、喩え「神(善)サタン(悪)」と言えども、戦っている相手のルーツ(歴史)を冷静に辿ってみれば「同じ地球の上で同じ生体として生きている、違うのは認識だけ」、「認識の違いは何処からやって来たのか」、その「火水」を探している。

「午年」に「イエス、人類の産まれた理由」を探しているのも何かの導きなのかもしれないが、何故かいつも「聖書」の話になってしまうのはどうしてだろう、話題が偏り過ぎではないのか?、自分の事は棚に上げて他人の秘密ばかり追求している、溶かさなくてはなならないものは「地に足の着いていない自分の心の中にあるもの」なのかもしれない。

「世紀の秘密は花で解ける=性器の火水は鼻で溶ける=香しい花の香りを嗅げばどんな秘密でも溶けて消えてしまう」、もっと花(自然)に学べですか、何だか変な「294、土筆、の便り」でした。

「日月神示」に「自分の匂いを嗅いでみろ」と言うのが有った、自分はどんな匂いがするのだろう、「難民の様に、地に足が付いていない感覚」何か「トラウマ」が有ったのかな、だから自分の事ばっかり書いているし。

私もこの頃毎日書いてる、少し休んだ方がいいみたいですね。

1984年3月11日公開「風の谷のナウシカ」より(この年にアップル社のマッキントッシュが発売され、第18回スーパーボールのテレビコマーシャルとして放映された、このCMは小説「1984」を元にしている。

大ババ様  無駄じゃよ、ユパは探し続けるよう定められた男じゃ。
 ユパ様  定めか。
ナウシカ  大婆様、探すってなあに?
大ババ様  おや、ナウシカは知らなかったのかい?ほれ、あの壁の旗にある
      じゃろう、わしにはもう見えぬが、左の隅にいるお方じゃよ。
      「その者蒼き衣を纏いて金色の野に降り立つべし、失われし大地
      との絆を結び、ついに人々を青き清浄の地へ導かん。」
ナウシカ  ユパ様、私古い言い伝えだとばかり思ってました。
 ユパ様  婆様、からかわれては困る。
大ババ様  おんなじ事じゃろが。
 ユパ様  私はただ腐海の謎を解きたいと願っているだけだよ、我々人間は
      このまま腐海に飲まれて滅びるよう定められた種族なのか、それを
      見極めたいのだ。

ナウシカ  私にユパ様のお手伝いができればいいのに。


ナウシカは「胸をはだけて、民衆を自由へと導くマリアンヌという 精霊」色々と影響を受けてます、久々に「シスコン、マザコン」の言葉が頭をよぎりますね、私が産まれた時はたぶん家には「男性3人、女性8人」だった可能性が有ります。
蕾の膨らんできたので水仙が咲くのだろうかと思っていたら「クロッカス」が先に花をつけた、朝なのでまだ花が開いていないがちょっと気になる、今年は何故かつい花や植物に目が行ってしまう。

クロッカスの花言葉
クロッカス全般
「青春の喜び」「あなたを待っています」「楽しみ」
「切望」「羨望」「歓喜」「私を信じて下さい」
「あなたを信じながらも心配です」「信頼」
「裏切らないで」「焦燥」「じれったい」
「悪口をいうな」「堅実」「不幸な恋」

黄・・・「私を信じよ」「悪口をいうな」「焦燥」「青春の喜び」「歓喜」
空・・・「心配ながら信じる」
赤・・・「愛しすぎる心配」
紫・・・「愛して後悔する」

こんな事が書いてあった
名前は、雄しべの先が糸のように見えることから、「糸」を意味するギリシャ語からきている。
ギリシャ神話には、この花にまつわるこんな伝説がある。
美青年クロッカスは、羊飼いの娘と恋仲だったが、神々の反対にあい、悲嘆のあげく自殺してしまう。
あわれに思った花の神フローラは、彼の亡骸をこの花に変えた。
「愛したことを後悔する」という花言葉は、この伝説にちなむと考えられる。

何だか悲しい物語ですね。

「クロッカス」浮かばないなあ「くろつかす=黒つかす(つかす、はこの辺りの方言で、言う、の事)=黒だって言っている」「くろつかす=苦労って言っている」ヤンキー風に「くろつかす=九(こ、子)路津光素=子供の道は素の光がよせてくる=子供は光だ」よく分かりませんね。

「クロッカス」と言うと「くろっくあす=クロック明日=明日の時計=未来」みたいに聞こえる、ギリシャ語の意味「糸」と関係ありそうだ、「糸=いと=意図」何がしかの思惑が結び合わされている、「未来への意図」なのだろうか。

画像には「沢山の黄色いクロッカスに、紫のクロッカスが包まれている」が、この頃気になる「じゃがいもの花」の「紫と黄色」の組み合わせである、でも組み合わせが反対になっている。

とってもこじつけみたいでは有るが、じゃがいもの花「紫の中に黄色」から「黄色の中に紫」に変わったのは「格差や差別、二元論に封じ込められていた金神」から「金神の意識の中に包まれた個性、役割」に変化して来た、クロッカスはその糸口、明日への時間であり「子供」と言う未来への連続、でもあるだろう。

黄色いクロッカスは「私を信じよ」「悪口をいうな」で、いかにも神様っぽい雰囲気がする、そして紫のクロッカスは「愛して後悔する」、う〜ん何だか「愛」に翻弄されて来た人類の歴史をみたいですね、金神様に包まれると「むらさきの意味が差別(違い、村裂き=個性の分離=争い)から個性(役割)へ変わっていくのでしょうか、「村咲き=荒廃した里山が花の咲き誇るのどかな風景へ」思い浮かびませんか。


「人は、自分がみたいものだけを観ている」と何かにあった、無意識のうちに自分の観たい未来(明日)を探しているのかも知れない「想いは叶う」みたいな事か、不思議だなあ。

昨日、昼から用事で出かけた、3時間程して帰ってくると職場の手前に見慣れない車が止まっていた、通り過ぎる時に気が付いたのだが3本の柳の木が切り倒されている、太いものは根元が60センチくらいは有ったろうか。

この柳の木は、私がここで仕事を始めた頃はとても小さかった様な記憶が有る、あれから四半世紀である、今ではツリーハウスやツリークライミングで遊べそうな程の大きな木になっていた、毎日の様にここを通る度に視界に入っていただろう。

ここ数日天気が良かったので、昼食が終わってからぶらぶらと散歩に出かけていた、そこで見た柳の木が何となく気になって触ってみたり眺めてはどんな遊びが出来るだろうかと考えていた処であった。

昨日、出かける前に「愛」に関する動画の紹介が有り、見ていると訳もわからないまま涙があふれて来た、ここ数日、この柳の木は別れを惜しんで何かを伝えたかったのかも知れない。

3本の柳、ちょうど先の記事で「3本の柱」について書いたばかりである、「やなぎ=ヤ名気=人の働きの気=人の目的」なのか「やなぎ=ヤ名帰=人の働きへの回帰」なのか、はたまた「やなぎ=八名来=トホカミエヒタメ八神の到来」、「やなぎ=八(ヤ)名喜=八神と人の喜びの働き」で有ってって欲しいと思う。

「柳」の花言葉を調べてみた

ヤナギ科ヤナギ属、耐寒性落葉高木、原産地:中国
別名:イトヤナギ(糸柳)

ヤナギ(柳)の花言葉:愛の悲しみ、憂い、哀悼。

ヤナギ(柳)の誕生花:3月12日、6月18日

「愛の悲しみ、憂い、哀悼」やっぱり何かのメッセージだったのでしょうか、いつも側に在った大きな木が無くなってしまうのは寂しいものですね。

「柳」花言葉で調べてみると色々と面白い事が書いてありました。

☆ちょっとうんちく:

●陽気なヤナギで幽霊よさらば!:
陰陽の世界では、「柳」は陽の気を持った樹木。
陽の気で陰の幽霊を中和してくれるので、鬼門封じのために植え
ることもあるそうです。

●昔は薬だった:
枝や葉にサリシン(サリチル酸の配糖体)を含むので、解熱鎮痛
薬として用いられていたことから、医薬品のアスピリンやサリチ
リ酸が生まれたそうです。

日本では、枝を歯痛止めや爪楊枝の材料して利用した時代があり
ました(浮世絵などに見られますね)。
また、葉には多量のビタミンCが含まれているそうです。

●ヤナギは強い!:
ヤナギは倒れたり埋没しても再び発芽してくるほど、生命力が逞しい

●ヤナギで縁起担ぎ:
古代の中国で、旅人に無事帰ってくるように柳の枝を3本使って
輪に結び持たせたことから、後に「一陽来復」の意味でお正月の
「結び柳」になったそうです。
さらに、
柳には霊力があるとされて、お正月の生け花や繭玉の枝に使います。
柳の枝は陰陽偏りの無いように不ぞろいの長さのものを使うそうです。

●結び柳:
結びの「むす」は、「産す」「生す」の語呂合わせ。
青々とした柳はいつまでも変わらぬ生命力の象徴だそうです。

今まで長い間見守って下さりまして有り難うございます、「愛はやっぱり結びの力」なんでしょうね、素敵なメッセージまで頂きました。感謝

「始まりは君が言ったI love you」「I love you=アイ(私)私(愛、アイ)貴方(友、ユウ)=愛は私、私は貴方」、「私(I )は私(愛、貴方)に愛を語る(言う、結う、友)」意味がいっぱい溢れてくる、結局「I love you」って「全てが愛です、全てを愛しています」みたいな感じになる?不思議だな。

おまけ、「I love you=アイラブユウ=アイ裸婦言う=私、裸の女性が語ります=エヴァ」えっエヴァさんからのメッセージでしたか、まだ葉っぱが付いていない、これはこれはようこそお越し下さいました、姿が見えたらヤバかったですね、えっ、いつも見てるじゃないかって、これは失礼しましたしかし何処で、えっもう咲いていらっしゃる、「花」ですか、まあ確かに今朝も花は幾つか見ていますが、あんた「エヴァ」って何だか知らないで「エヴァンゲリオン」使っていたの、もうあんたって本当にバカね!、すみません調べてみます。(おい、アスカみたいな口調になって来たぞ)
処で蛇さんは本当に貴方を騙したのですか?。

もう「エイプリルフール」は過ぎてるぞ!。
今朝は日の出から快晴の良い天気、白鳥の渡りが空をよぎって行く、いつもならパソコンに向かっている時間に外へ出てみた、土手の水仙がもうすぐ咲きそうなつぼみを見せている。

雪解けが終わる頃に咲くので「水仙=水洗」では無いのだろうか、雪とともに降り積もった汚れが洗い流された事を教えてくれる、雪には強力な浄化力が有ると聞いた事が有る、形も「筆」に似ているし。

もうすぐ咲き誇る「水仙」をみる事が出来る、水仙の花言葉を調べてみた。

「もう一度愛してほしい」
スイセン(黄色)
誕生花:1月2日
スイセンの花言葉
「うぬぼれ」「自己愛」「エゴイズム」
(白)「神秘」「尊重」
(黄)「私のもとへ帰って」「愛に応えて」

誰が考えたのだろうか、随分と意味深な花言葉である、先の記事「嘘みたいな I Love You」にぴったりみたいだ。

細い若葉が「韮」に似ています、毎年の様に間違えて中毒する事故が有ります、気をつけて下さい、「うぬぼれ 自己愛 エゴイズム には毒が含まれている」のでしょうか、それでも「毒」は「神秘的な力」を持っている、そうしてまで「もう一度愛してほしい」神様はこんな心の経験を「推薦=お勧め」するのだろうか、それとも「水洗=こんな気持ちは水に流す」方が良いのだろうか。

「苦楽、善悪、美醜、真偽、明暗、etc」魂の経験は両方とも大切らしい、その為に何度も転生しているとか、自分が見ている他人の人生は何度目かの自分の姿なのかも知れない、キリストが言った「隣人を愛せよ」とは「他人にする事は自分にする事と同じ」なのだと、自分にも他人にも同じ様に扱う様にらしい、なかなか難しいなあ。

「日月神示」でも「自己愛を他人に広げろ」みたいな事を言っていたぞ。

「あいうえお」大きな宇宙の次元の「あいうえお」のなかに銀河系の「あいうえお」がありその中に「太陽系」の「あいうえお」がありそして地球の「あいうえお」があるその中には「日本(国々)の「あいうえお」がありその中にまた小さな「あいうえお」が何重にも重なって全体が一つの「あいうえお」になっている、私達が感じる大きな「あいうえお」の物語は今「い、以、二元論」の終わり頃なのだろうか、世界は沢山の「感動的なストーリーの多重的集合体」みたいだ。

母が恋しいかった「あいうえお=愛飢え男=荒ぶるソサノオ」が地上での経験を終えて「愛植え男=」になる、「退治した八岐大蛇は渦巻くマネー(神の真似か)、お金」の可能性は無いだろうか。

五十音の最初の「あいうえお」だが、「ホツマツタエ」の「あわのうた」の最初の部分「あかはなま いきひにみうく」は「開波名真 息日に身受」と読むと「真の波動の働きが開き 息吹を毎日に身に受ける」とよめる、言葉を整える「あわのうた」らしい始まり方に思える(その後は意味不明)、朝の散歩の時にアイデアが浮かぶ機会が多い、朝日が特に気持ちいいのはそのせいかも知れない。

「アで始まり、ンで終わる」あいうえお五十音は何だか直線的な感じがする、「ン」で終わって後が続かなくなる、「アから始まりワ」で終わる「あわのうた」は「ワ=環」で循環している、「時代の閉塞感」と何か関係が有るのだろうか、しかし私達が住んでいる地方には「ンから始まる言葉が幾つか有る」のだ「んだ=そうです」「んね=ちがいます」「んまえ=おいしい」「んま=うま」地方にはまだ完全に塞がれていない秘密の抜け穴が有るらしい。笑


今日はとても暖かい一日、お昼は外に出て車の中でお弁当を食べた、食後に散歩していると白い花が沢山咲いていたので撮影の為に近づいてみたら数匹の「蜜蜂」も花の蜜を集めに来ている、花から花へ甲斐甲斐しく飛び回る姿をみる事ができた、何だか気持ちいいな〜。

花の名前は
キクザキイチゲ(菊咲一華)「一華」はイチリンソウ属(学名はアネモネ)(一輪草は一華草と書かれる)
菊のような花を咲かせる一輪草の意としてキクザキイチゲと呼ばれています
花言葉は「静かな瞳、追憶」この花にふさわしい花言葉だと思いますよ...

何だかこの花言葉、今のテーマにぴったりですね、「もののけ姫」に出て来る「アシタカ」が言っていた「汚れなき眼で見定め 決める」を思い出します、「遠い記憶の底から蘇る真実」みたいですね、「蜜蜂=満つ八」「八、8、∞(無限)ハチ」が「菊(聞く)先(裂き)一輪(一厘)」に戯れています、何でしょうねこれは。

処で「福寿草」の花言葉は
「永久の幸福、思い出、幸福を招く、祝福。」だとかこちらも何か引っかかりますよ。
今朝、職場近くの土手で「福寿草」を見つけた、この辺りでは一番早く咲く花である、家では今年一番の初物「ふきのとうの天ぷら」と「あさつきのおひたし」が食卓に並んだ、日当りの良い土手が至る所に見え始めた、「いつもと同じ春、そしていつもと違う春」がやって来る。

明日は「春分の日」バランスのいい日なのだ。

「福寿草」黄金色で有り難い感じがするが「毒草」なのです、でも何だか良い名前ですね、「福寿草」のフク(吹く)は「ふきのとう」のフキ(吹き)と同じ「勢い良く飛び出す」感じがします、どちらも花が最初です、「吹く受想=吹き出す相の心を受ける」いかにも春(張る)らしいですね。

息子に「スカボローフェア」を聞かせてみたら気に入ったみたいです、動画を見ながら英語の歌を練習していました、「ケルティック・ウーマン」「サラ・ブライアン「Gothard Sisters」「巡音ルカ」がお気に入り、ヴォーカロイドってこんなに上手く歌うのですねちょっと驚きです、男性ボーカルには興味が無い様でした。笑

久しぶりに「萩尾望都、百億の昼と千億の夜」を読んでみましたよ、「弥勒菩薩」が「56億7千万年後に人類を救済(下生)する」と有りましたが、地球の歴史が46億年なのに随分と先の話だと思っていましたね、でももしかしたら「地球の人口が65億7千万人」になった時に始まったのでは無いかと「地球の人口が70億人を超えた」のニュースを聞いた時に思ったものでしたね。

ちょっと元気の無い日が続いています。


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朝の散歩で、気をつけながら探してみると結構見つかるものですね、一厘という訳ではありませんが「彼岸花」は葉っぱが無くいきなり地面から茎が立ち上がって花が咲いています、「彼岸」が気になります。
散歩の途中で「新人君」に出会い秋野菜を幾つか頂きました、白菜、かぶ、大根です、三種類とも「アブラナ科、油菜科」の植物、この種から絞った油を「菜種油」と言います、「菜種=なたね=名種=名前が持つ意味?=名たね=名前の意味を探す」でしょうか、「菜種油=働きが神様の名前になっている、これを探す(確かめる)エネルギー(油)」、何か新しい発見が有りそうな予感です。

いつもお世話になっている作陶家の方がいます、原始的な「登り釜」で作られた素朴な焼き絞めの一輪挿しを度々作っています、今まであまり気にした事は有りませんでしたが、何となく素朴な「一輪挿し」の良さが分かりかけてきた様な気がします。感謝
毎月17日はちょっと特別な日、いつもの散歩のコースを変えて寄り道をする場所が有る、先の記事で「一輪の花」を載せてみたが、今朝も目に留まった花が有った「シロツメクサ、クローバー」がぽつんと一つ咲いていた。

何だろうなと考えてみると「シロツメクサ=詰め草?」将棋などで勝敗が決まる事や終盤の過程を「詰める」と言うが、今朝の花は「一厘を詰める」とも読めないか、「しろ」は以前書いたが「しろ=城=白」城は守るの意味が有り白は全ての色を含んだ最も強い色でもある、「草」は今ひとつ分からないが「草薙の剣」や「青草人」と出てくるので深い意味のある言葉なのは確かだと思う、「草」のイメージとしては「大地を覆う草原」のイメージが有るので「大地、地球の穏やかな様子」が思い浮かぶ、「青草人」と言えば「穏やかで優れた民」を思い浮かべるが。

先の記事で「宇宙戦艦ヤマト」の記事を書いたが、私にとっての「発進、発振、発信」とは「私の体は最初から浄化のシステムの一部としてデザインされていた」と言う事だろうか、この事は「人間は地球にとって異物ではない」事を意味している、「人間は昔から、そして今この時も、そして未来も地球と言う母星(母性)の一部として共に生きて行く」と言う事ではないのだろうか。

漫画「ヒカルの碁」の中で、現れなくなった「SAI」を探し続けたヒカルが、自分の打つ碁の中に「SAI」を見つけ、碁を打ち続ける事が「SAI」に出会う方法である事に気がつくシーンが有る、「神の一手に一歩近づく碁を打つ事が生き続ける事に重なる」とすれば、今年のジブリアニメ「風立ちぬ」の「生きて、生きねば」に繋がってくる様な気がする、また「零戦=ゼロ戦=戦の無い」でありここにも「1000」が出てくる。
「日月神示」には、「人を殺す外道の武器を、人を生かす武器に変える事が出来る」とある、人も殺し合うよりも生かし合う存在へと変わって行かなければならない時が来ているのだろう。

色々な処で行き詰まりを感じる昨今では有るが、「環境と矛盾しない生き方が人間には最初から組み込まれていた」とすれば、「奪い合う自分(分離)」から「分かち合う私(一体)」への変化は思っているより容易に変化できるのではないのだろうか、以外と多くの人達が、口には出さないながらもそう思っている様な気がしている。

何かのきっかけで意識が変わる、その準備が「栗=九里=準備が出来た」のかも知れない、その知らせだったら嬉しいのであるが、少なくとも自分にとっては大きな出来事だと思う。感謝

おまけ、シロツメクサの事をクローバーとも呼ぶのですが「クローバー=苦労破=苦労が破壊される=今までの苦労が実る=人類の大きな課題が解決される」世界を取り巻く多くの問題に新しい解決の糸口が示される、ついこんな期待をしてしまうのです。

花言葉をしらべてみたら
「約束」「私を思って」「感化」など。
あと、ちょっと怖い「復讐心」って花言葉もあるようですね。


記事を載せてから出かけたのですが、こんな事が有りました。

今日は、私の卒業した小学校の「創立142周年創立記念日」が行われた、ここは「松ヶ丘」とも呼ばれる場所でもある、随分長い間待った(松)気もするし「末」、ある節目の様にも思える。

創立記念日の式典に添えられて、生徒達による獅子舞「子獅子」が披露された、丁度創立100周年だった年に始まり今に受け継がれている、私も子獅子創設当時に獅子舞に参加しており、暴れる獅子の口を押さえる役だった事を覚えている、式の後で何故か生徒の持久走がグラウンドで行われた、一年生の私の息子は「事実上の最下位」、何でここでも「末」なんだろう、小柄な体格なので上位を期待してはいなかったがどうしてなんだ、父親がブログで「戦いの無い世界」なんて書いているからだろうか、どう見ても集中した走りには見えなかったが、帰ったら聞いてみよう。




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何故かこの季節、朝の散歩中に一輪だけで咲いている花に目が止まる、一輪(いちりん)と言えば「日月神示」の「神一厘の秘策」お思い出してしまうのだが何か関係は有るのだろうか、「九分九厘」と言えば「九割九分九厘=99.9%」だとすれば、「一厘=0.01%=千分の一」になるが。

先の記事で、「千年杉」「かぐや姫の物語は千年前に作られた」とか「日本の借金が1000兆円を超えた」など「せん、千、線、戦、船、先、=ち、地、血、知、治」などに繋がる様なイメージが有るのはどうしてだろうか。

そう言えば今月10月5日は「伊勢神宮の遷宮(せんぐう)」があり、五月には「出雲大社の遷宮」が行われましたね、色々な処に「千」が出てきます、まるで「線」で繋がっている様にそしてそこには「潜、隠れた所から、泉、何かが沸き出し、染、世界を染めて」いくようです。


何だか気になるのです。
朝、いつもと同じ様に犬に引かれて散歩をしていた、何か白いものが目に入ったのでよく見てみると「栗の花」が咲いていた、栗は今頃が収穫の時期なのに今咲いている花に混じって小さな栗も育っている、この栗の木にはまだ今年実った茶色の栗のイガもまだ付いている。
通りがかった年配の方もこんなのは珍しいと言っていた、私も初めて目にするが、そう言えば季節外れに桜が咲いたニュースも有ったので影響を受けているのは桜だけではないと言う事だろう。

縁起が良いのか悪いのかは分からないが、実りの初めの開花と収穫の落実が同時に起きているのは何かしらのメッセージの様にも思えてくる「初めと終わりは同じもの」と言う事なのだろうか、「栗=九里」だとしたらもうすぐゴールが近い、収穫の秋でもある、小さな実が付いている事から暫く前から咲いていたと思うのだが気がついた今日は10月5日、伊勢神宮の外宮の遷御の日。
そう言えば「栗の花」が沢山咲いていると何やら「イカ臭い」というか「精子」っぽい臭いがすとアドバイスが有りました、確かに本当にひどい時には気持ちが悪いくらいの時が有りますね、ちょっと苦手な季節です、「精子=生死=初めと終わり」なのでしょうか、語呂合わせにしては出来過ぎな気がしてしまいます。

嫁さんと出かけて昼食後、道路に上手く出られずにバックした時、後方不注意で後ろに止まっていた車にぶつけてしまった、幸い相手の車にはダメージが無かったので連絡先を聞いたが答えずに行ってしまった、私の車はバンパーが凹みひび割れて要修理、痛い出費となってしまった、この時期は何事にも気をつける様にとの知らせかも知れない。

最近「宇宙戦艦ヤマト」を見る機会があった、宇宙人と地球の危機、そしてヤマトの発進、「発進=発振、発信」何のメッセージだろうか、スピリチュアルな話題では「波動」が大きなキーワードになっている様でもある、調べてみたら初放送が「1974年10月6日」39年前の明日、物語の中でのヤマトのイスカンダル星への発進は「2199年10月8日」になっている、186年後の明後日である、これにはちょっとびっくりした。

この辺りでは放送されていなかった?ので知らなかったのだが、今年2013年4月7日から同年9月29日まで「宇宙戦艦ヤマト2199」がテレビで放映されており完全新作の劇場映画が2014年に公開されることが告知されているとのことである。


ジブリの宮崎監督が「風立ちぬ」のインタビューの中で「今の日本の世情は先の大戦前に似ている」と言っていた、この日本が、地球の再生に大きく関わる可能性があるのだろうか、かつてある首相が「日本は不沈空母だ」と言った事が有るとか、現在を思うと放射能で汚染された大地を抱えた島国日本は海原を旅する船にも見える、何処かで「宇宙戦艦ヤマト」と重なるイメージが有るのかもしれない。

そう言えば丁度今頃は台風23号が沖縄周辺を通過中らしい、戦艦大和が沈んでいる所と近い(東北人の感覚です)気もする、「23=ふみ=文」だとすればどんなメッセージになるのだろう。

「ヤマト、発進します」この日本が何か大きく動くのだろうか、先に「栗の花」の処で書いた話と「宇宙戦艦ヤマト」の中で共通するイメージは「世代交代、循環、生と死の等価性」では無いのだろうか、戦い、老いて去り行く者と新しく産まれくる命は、個人的、部分的に見れば生と死と言った大きな節目では有るが、もっと大きな視点から見ればごく当たり前な命の営みの一部でしかないとも思える。

何やらスピリチュアルな人達の語る「人類の次元上昇」のイメージは、今まで人類は水槽の中で餌を与えられて育てられていた魚の様なもので今やっと成長して、今度は水槽を管理する立場に変わる?と言っっている様な、この変化とそれに伴う責任を「支配」と捉えるか「治める」と捉えるかで歴史は変わって行く、人類は苦悩の歴史の中でこの違いを学んできたのかもしれない、汚れた水槽を蘇らせる方法を、そしてその方法は最初から自分自身の中に用意されていた事を、なぜなら人の体はそのように設計されていた、と。

ヤマトを「ホツマツタエ」的に解釈すると「ヤ=人」「マ=真、誠」「ト=整う」とも読める(沢山意味が有るけど)「真理、誠の神と整った(関係)人」であり「マト、的、目標、目的に進む人」とも言える、「ヤ=人=矢」とは「方向と力を持ったもの」を現しているらしい、ちなみに「矢」とセットになる「弓」は「ゆみ=ユ(湯、温泉の様にわき出す)+ミ(体、地球)」、「弓と矢」で「目的を持った人を送り出す地球」のイメージが有る。

「ヤマト」とは日本を現す言葉としてだけではなく「神の意志を体現する為に送り出された存在」でありその一部が「大和=大きな稲と口=豊かな食べ物と人の和」になったのだろう、これは世界に共通した感覚でもあるのかもしれないし、人類そのものだと思う。

「コスモクリーナーD」や「コスモリバースシステム」は科学技術を駆使して作り上げる様な装置ではなく、生命や生物の中に、それは同時に私達の体の中に組み込まれた仕組みでもある、初めから用意されていた仕組みを気持ちよく用いる事で「それ」は働く様に出来ている、それは生きていることですでに実現されている機能でもある、当たり前すぎて忘れていた自分の体の働きでは無いだろうか。

「あなたの体はあなたの食べた物で出来ている」心を込めて用意された食べ物を感謝して食べる、それだけで後は自然に処理されて行く、地球の生態系が大きな浄化システムとしての働きを持っているとしたら、その一部分の私の体も同じ様な機能が働いているはず、私の体は「動くコスモリバースシステム」そのものなのだと思わないか、きっとそうだと思う今日この頃である。

「食欲の秋」食べ物が妙に美味しいです、車をぶつけたのはお昼にファーストフードの「牛丼」食べたからでしょうか、「肉食」は波動が下がるそうです、「日月神示」や「ホツマツタエ」でも肉食は戒められています、日頃はなるべく食べない様に心がけているのですが、山形の秋の御馳走「芋煮」も大好きです、ついごめんなさい。反省


今朝、いつものように茶タロウ君に引っ張られて散歩に出かけた、公園の芝生を歩いていてふと気がついたら「朝顔」が一輪だけ咲いていた、砂利の隙間から芽を出して少ない葉っぱで、でもしっかりとした素敵な花を咲かせていたのでついパチリ、こんな事って凄い偶然、何だか嬉しくなってきた、仕事に出かける頃には雨が少し降り始めた、空に開いた花はどうなるのだろうかちょっと気になる、がんばれ朝顔。