食料補完計画

食料補完計画
朝の散歩コースの途中で見つけた植物です、小さい頃はそのうち無くなるだろうと思っていたのですが、ついに花が咲き始めました、高さは1m位でしょうか、名前は「バーバスカム・ビロードモウズイカ」だそうです、葉っぱが銀色に見える為「シルバーリーフ」とも呼ばれるそうです。

過去の記事(2014年)にも載せた事が有りましたが、今咲いているのはその花からこぼれた種が今年発芽したものと考えられます、毎年発芽していた様ですが、ここまで大きく育ったのは久しぶりです。

邪魔にならない様でしたら、このまま咲かせておいて欲しいですね。
昨日の夕方、わんちゃんと散歩中に見た西の空にかかる雲です、あれっ?と思ったのは「中央に写っている山に掛かる飛行機雲?が手前の雲で切れている?」と言うか「飛行機雲ではなくたまたま山から真っ直ぐに立ち上る様に見える雲」。

でも何だか面白い。
いつもお世話になっている方のブログで「五目にならべてみなされ」と言うメッセージを見つけた、一体何の事だろうと思いながら考えていると、昨年の8月頃に書いた記事「フィフス・エレメンツ」の時に書いた「ホツマの五元素説」を思い出した。


フィフス・エレメンツ
http://samidare.jp/shibuchin/lavo?p=log&lid=439000

人類は地球を救う
http://samidare.jp/shibuchin/lavo?p=log&lid=439918

近頃、朝の散歩の時に「あわ歌」の練習をしながら歩いているのだが、五元素の形をイメージしながら発生していると???と言う事で以前の記事を「地球と人体は同じもの?」として整理してみた。

「あいうえお=愛飢え男」と「アイウエオ=愛植え夫」は以前にも記事にした事が在ったが、その時は理由がよく分からなかった、今回の記事で気が付いた事は「個人の自分探しではなく人類の習合意識の自分探し」と意識を拡張してみるとしっくりくり?のではないかと思われるのである。

「心身の神癒」にははっきりと「父なる神の一人子=キリスト=人類」であると書かれていた、今まで何回も読んでいたのだがあまり意識した事が無かったのである。

この事からイメージされるのは、今まで「神様」と言えば「人類を外側から眺めている高度な存在」みたいな感じで考えていたのが「外から見ているのではなく神様自体がその姿を環境として現している」と思えて来る?、でもこれって何のことは無い「自然信仰の基本的なイメージ」そのものでは無いのだろうか。

随分と遠回りしながら再確認している?のでしょうか。


「ホツマツタエ」ってやっぱり不思議です。
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19日、20日と今年で三回目になる「出羽三山神社の鏡池掃除」に参加してきました、今年は大掛かりな水草(コウホネ)の除去作業が計画されており、前日からの試験作業にお泊まりで参加してきました。
19日はあいにくの雨、当初計画されていた大型重機による撤去は、コウホネが思ったより脆くて切れてしまう為断念、スコップにくま手の人海戦術に決まった、冷えた体を温泉で暖めて夕食、風邪気味だったので早々と就寝。

朝は4時少し前に目が覚めた、まだ薄暗いうちに散歩に出て「鏡池周辺」を散策、日の出が見えないかと探していると丁度立ち木の間から日が射して来た、場所はちょうど「東照社」の後ろから、金色に輝く奇麗な日の出でした、境内の幾つかの社にお参りしてから冷えた体を温泉で暖めて朝食。

部屋の窓から「鳥海山」が絵葉書に使えそうなくらい感動的に見えた。

掃除が終わってからの昼食、鏡池掃除の為の特別メニューである。

今年は、過去の消失から「本殿再建二百年記念」の年に当たっているらしく「秘仏公開」など例年にない企画が在る様だ、羽黒山と言えば「修行僧と即身成仏」が有名でかの「弘法大師空海や密教」とも縁が深い場所である、奇しくも今年は「日中合作映画 空海」が公開されている、何かしら因縁めいたものを感じてしまう。




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2年程前に、野良猫?から我が家の一員になった「虎猫のラム君」が3月半ばに事もあろう事か「メス猫」を連れて来た、小柄で痩せていたので子猫かと思っていたが??何と彼女は「姙猫」だった。
徐々に毛並みも良くなり何だかおなかが大きくなって来たので家族皆が驚いていた、なぜなら「虎猫ラム君は玉名市のはず?」いったい誰の子だ???。

近頃「聖母マリアの奇跡」の記事を書いたが、「処女で受胎したマリアを妻にしたヨセフ」の話を思い出した、そうしたら「産まれて来る子供はイエス様」であり「虎猫ラムは本当はヨセフだった」事になる、う〜ん何だか不思議なシンクロ感が在るけどこれからどうなるのだろう。

あれから二ヶ月、遂に子猫が産まれた、まだよく見ていないが5匹産まれたらしい、追々記事にしていきたい。

写真のお犬様は「チャタロウ君」もう16歳くらいになるだろうか、歳を取って寂しいのか玄関のこの位置が定番になってしまった、他に移すと吠えてばっかりいる、朝も早くなって外が明るくなると呼び始める、寝転がっている事が多く一見具合が悪そうだが、散歩の時は別犬の様にしゃきっとする、でも視力が落ちているのか暗い所では穴に落ちたりする時が多くなった、猫君や息子とは相性が悪いのが難点だ。

思い掛けない人がこの世を去り、世話になった人達も去っていく、でも新しい命も産まれて来ている、子供も大きくなり生意気になってきた、変化が大きい今日この頃である。
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今年も様々な野草が食べごろになって来た、毎年この時期には終末に「野草チヂミ」をつくっている、以前は「天ぷら」や「おひたし」が多かったが、試しに市販の「お好み焼き粉」を使ってみたら思いのほか美味しくなった、思い掛けない効果としては「野菜嫌いの息子が美味しいと言って食べてくれる」のである、それも「野草」をである。
今朝の材料は、あまり野草らしくないが「三つ葉(クローバーではない)」「山菜としては育ちすぎたアサツキ」「開花直前の茎立ち」の三品に「息子の食いつきが良い様に粗挽きのウインナーの薄切り」を入れてある。

作り方は至って簡単
1、野草の泥を落とし、なるべく細かく刻む。
2、ボールに入れてお好み焼きの粉を好みの量入れる。
3、粉と刻んだ野草を良く混ぜる。
4、水を加えて混ぜる。
5、油を引いて加熱したフライパンで焼く。

分量や焼き加減は好みで調整して欲しい、そのままでも美味しいが、好みによってチーズをトッピングしたり、ソースやマヨネースをかけても美味しいです。

自分で工夫して楽しんで下さい。


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畑の場所を引っ越してから使っていなかった「耕耘機・EDEシリーズ四号機」であるが、老人達の要請で狭くてトラクターが入れない場所を耕耘する為に、暫く使っていなかった「ホンダテーラーF50 歩行形トラクター」を再稼働させることにした。

正確な製造年月日は不明、機体に着いている検査証は「昭和43年」になっている、昭和43年と言えば1968年、なんと「50年前」のマシンである。
エンジンのかかり具合が今ひとつだったので使う機会が少なくなっていたが、エンジンオイルを交換、燃料コックの漏れを修理、エアクリーナーのオイルを補充、などなど手入れの結果無事に起動、旧EDENからゆっくりと歩きながら移動、無事に畑の一部の耕耘を完了、エンジンのかかりは今一つであるが、掛かってしまえばまだまだ使えそうな感じである。

乗用で使うトラクターと違い「マシンと人が一体になって働く感じ」が何んとも捨てがたい気がする、単純な作業では在るが細かく気を使い集中して作業するのは気持ちが良いものである「シンクロ率が高い」とも言える。

「耕耘機=幸運来=幸運を運んで来る」とっても縁起の良い「EDE四号機」である、これからも宜しくお付き合い願いたい。感謝
「ホピの予言の救世主」の事を考えていたら、山形県のゆるきゃら君達が何だか「救世主」に見えて来た、ちょっと頼りない様な気もするが言っていることは間違っていない様な気がする。

今年2018年でネットをググってみると、思い掛けない程の「終末話」が出て来る、確かに世界には様々な問題が山積している様にも思えるが、何処かに解決策も用意されてはいないだろうか。

何処に書かれていたか探せなかったが「心身の神癒」には「自然が思った様な様相をしていないからと言って暗い気持ちになってはいけない、全ては改善の方向に進んでいる」みたいな事も書かれていたと思う、貴方はどっちを信じてみるか?、もしも思った世界が引き寄せられてくるとすればそんな可能性を信じたい。

彼らはそんなメッセージを携えてやって来た「ウルトラ三兄弟」かも知れない。古いぞ!

「ウルトラマン=得る寅マン=艮の金神の力を柄得た人=救世主」???
「ファティマの予言」や「聖母マリアの奇跡」を調べていたら「天下泰平」さんのブログで「ホピの予言・最後の第9の徴」と言う記事に出会った、読んで行くと何処かで聞いた様な話になって来た。

「天下泰平」さんの記事
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51968633.html

その中の予言には、こんな事が書かれていると言う。

「白き兄とともに2人の従者が到来する。1人は“まんじ”と“十字のマーク”を持ち、もう1人は“太陽の印”を持っている。
この3人が世界に大変動をもたらし、生命の道を固守し続けたわずかな数のホピ族の生き残りとともに新しい平和な世界を現出させる。だが、この3人が使命を全うできない場合には、太霊は西から『ある者』を興す。それは非常に多くの冷酷な民である。彼は大地を破壊し、地上に生き残るのは蟻だけとなる」


この「白い兄」には2人の従者がいて、1人は“まんじ”と“十字”のマークを持ち、もう1人は“太陽の印”を持つ。

これは国を象徴しており、まんじはドイツ(ハーケンクロイツ=逆まんじ)で十字はイタリア(キリスト教の総本山バチカン)、太陽は日出ずる国の日本の三国で、第二次世界大戦の日独伊三国同盟であるという説もあります。

ただ、個人的には、これらは宗教を意味するものであり、まんじ(卍)は仏教、十字はキリスト教、太陽(天照)は神道であり、無宗教でありながらも多宗教が入り混じって調和している、現代の日本国家そのものではないかと思ってもいます。

白い兄(+従者2人)=日本人

近年になって、この石版の片割れが日本の沖縄で発見されたという噂もあるので、いよいよ日本人が最後の使命を果たす時も近づいているのでしょうか。

引用ここまで

しばらく前に「仏教・キリスト教・神道」を「三原色」の様に書いて「中心を白」にした「宗教曼荼羅」みたいなものを書いたが、何だかイメージがそっくりである。

問題の「白い兄」であるが、旧約聖書の中で「究極神のエホバに最も最初に産み出された存在」として「箴言」に書かれている「わたし」が存在する、引用してみる。

箴言22 「エホバご自身が,その道の初めとして*,昔のその偉業の最初+[として]わたしを産み出された*+。 23 わたしは定めのない時から立てられた+。始めから*,地よりも前の時代からである+。 24 水の深み*もなかったときに,わたしは産みの苦しみを伴うかのようにして生み出された+。それは水のみなぎる泉もなかったときである。 25 山々が固く定められる前に+,もろもろの丘に先立って,わたしは産みの苦しみを伴うかのようにして生み出された。 26 [神]が地+も,空地も,産出的な地*+の塵の塊の最初の部分をもまだ造っておられなかったときに。 27 [神]が天を備えられたとき,わたしはそこにいた+。[神]が水の深みの表面の上に円を定められたとき+, 28 上方の雲塊を固くされたとき+,水の深みの泉を強くされたとき+, 29 海のために水がご自分の命令*を越えないようにとの布告を置かれたとき+,地の基を定められたとき+, 30 そのとき,わたしは優れた働き手*として[神]の傍らにあり+,[神]*が日々特別の親愛の情を抱く者となった+。わたしはその前で常に喜び+, 31 その地の産出的な土地を*喜んだ+。そして,わたしが親愛の情を抱く事柄は人の子らに関してであった+。」

そして「心身の神癒」の中にも同じ様な一分が有る、同じ神ではないかと思うが。
題8話
49 これが世のなる前の太初(はじめ)に在った光りである。(わたしがそう云うのは)神が「光り・在れ」と命じた給うた時わたしは神とともに居たからである。こうして光りが生じたのである。これは世に出て来るすべての魂を輝かす光である。

どうでしょうか?

ちなみに「兄」の漢字の語源を調べてみると「長男・最初に産まれた者」であり「神の恵みを受ける器を掲げている」のである「心身の神癒」の中でキリストは「神の愛を受け人類にもたらすインターフェイス」の様な存在である。

(会意)口(こう)と人(儿:じん)とを組み合わせた形。
説明口は(さい)であり、神への祈りの文(祝詞:のりと)を入れる器です。兄(けい)はそのを頭の上にのせている人を横から見た形で、神を祀る人の意味となります。 兄弟のうちで家の神を祀る仕事を担当した人が長男でしたので、兄は「あに」の意味になります。
用例「兄弟」・「兄事」(けいじ:他人をあにのように思って仕えること)。
解説字の構造は、見(けん)や望(ぼう)の初形(しょけい)が目に従い、聞(ぶん)の初形が耳に従い、光の初形が火に従い、それぞれの下に人(人を横から見た形である儿(じん)の形)を加えるのと同じ造字法(ぞうじほう)です。
長兄は家の神事を担当する人、すなわち神に仕える神官となるべき人でした。甲骨文字・金文の字形に、袖に飾りをつけて舞い祈る意味を示す形の字、また跪(ひざまず)いて神を拝む形の字があって、兄は神事に従うものであったことが知られます。兄は家の祀りをする人で、これに神を祀るときに使う祭卓(お供え物を置く高い台)である示(じ)を加えた字が(祝)で、もと「祝(いの)る」とよみ、また神官をいいます。

「天下泰平」さん有り難うございます。感謝

そう言えば「オリンピックのテーマソング」を歌ったのが「セカイノオワリ」と言うグループだった、2018年は様々な週末伝説が、、、何処かで「死海文書」にも2018年終末論を見かけた様な気がするぞ。
「空海」や「イザベラバード」を読んでいると、日本の宗教は「西から東へ」と伝わって来たようである。
「空海」は長安の都で、密教の師である「恵果阿闍梨」から「仏は西から東へ、日本に広めて欲しい」と語ったらしい。

様々な文化や知識を飲み込んでしまう国「日本」、小さな国土に似合わない様な現代の生活様式は何を意味するのだろうか、もうすぐ「イースター、復活祭」である。

今年の復活祭は「2018年4月1日日曜日」の予定です?「エイプリルフールの日」なのですね。

2009年の「リーマンショック」と「直江兼続・天地人」などが切っ掛けでスピリチュアル?みたいな話題が多くなった、あれから9年ですが「何が変わった」と聞かれても??である、毎年同じ記念日が巡って来る、でも少しずつ違った学びが一歩ずつ積み上がって来ている様にも思える。感謝


Wikiより

文明の崩壊[編集]
島民の入植から17世紀までの間モアイは作られ続けたが、18世紀以降は作られなくなり、その後は破壊されていった。平和の中でのモアイ作りは突然終息する。モアイを作り、運び、建てる為には大量の木材が必要で、伐採によって森が失われた。ジャレド・ダイアモンドらは、こうした人為的な自然破壊が究極的にイースター島文明の崩壊を呼んだとする説を述べている[5]。それによれば、人口爆発(僅か数10年の間に4〜5倍に膨れ上がり、1〜2万人に達したという)と共に森林破壊が進んだ結果、肥えた土が海に流出し、土地が痩せ衰えて深刻な食糧不足に陥り、耕作地域や漁場を巡って部族間に武力闘争が生じた。モアイは目に霊力(マナ)が宿ると考えられていたため、相手の部族を攻撃する場合、守り神であるモアイをうつ伏せに倒し、目の部分を粉々に破壊した。その後もこの「モアイ倒し戦争」は50年ほど続き、森林伐採は結果として家屋やカヌーなどのインフラストラクチャー整備を不可能にし、ヨーロッパ人が到達したときは島民の生活は石器時代と殆ど変わらないものになっていた。
但し異説もあり、テリー・ハントは、まず、森を破壊した主因はネズミによる食害だとしている。天敵が居ない環境にネズミが持ち込まれると、その急激な繁殖に伴って森林が破壊され、これを駆除すると森林が再生する様子は太平洋の他の島々の歴史上でも見られて来た[4]。イースター島でも発掘された植物の種子の多くにネズミに齧られた跡が見られた[4]。文明の崩壊についても、そもそもイースター島の人口が1万5千人以上などに達した証拠はなく、森林破壊が進んだ状態でも人口は安定的に推移しており、最終的に崩壊を齎したのは自然破壊ではなく西洋人との接触(後述)だと唱えている[4][6]。
また、部族の争いがあったにしては、人を殺すことを目的としたような殺傷能力のある「武器」が島内からほとんど発掘されておらず、島で使われていた「マタア」と呼ばれる石器は、人を刺し殺すような作業には適していないという。島内から発掘された469個の頭骨を調べたところ、マタアによるものと思われる切り傷の痕が見つかったのは、そのうちわずか2個だけだった。西洋人による侵略時にも、現地人は投石で戦ったとされる。この事から、口伝にあるような戦闘があったのかどうか疑問視する専門家もいる[7]。
いずれにせよ、争いが起こったとされる時から数百年も後になってから、収集された口承だけを頼りにすることは、研究者の間で論争となっている[7]。
今日、あるブログの「黒色の聖母の話」を読んでいて「鶴岡の黒い聖母」が有るのを思い出した、それと「聖母マリアの奇跡」は日本でも起きているのを思い出した、そして2017年に「奇跡の秋田のマリア像」が「ファテマの奇跡」と出会っていた。

記事

http://www.sankei.com/life/news/170713/lif1707130041-n1.html

https://www.excite.co.jp/News/odd/Tocana_201709_post_14436.html

でも「第三次世界大戦勃発か!?」とは随分と過激な内様になっている??。

「ファテマの奇跡」を読んで行くと「第三の予言」について語られており、調べてみるとある記事に巡りあ会った。

TEKETEKEさんの記事より抜粋。

その中でも「ファティマ」における聖母マリアによる「お告げ」は日本でも有名ですよね。

その内容は3つに大別され、そのうちの2つは既に成就された、とされている。
しかし、3番目の予言だけがローマ法王庁によって長い間「封印」された。

この第3の予言を公開せよ、ということを目的としたハイジャック事件まで起きた。
なぜ、ローマ法王庁はこの予言を封印せざるを得なかったのか?

あまりの予言の内容に、当時の法皇は気を失ったという。それだけのインパクトがあったものだけに、世界中の注目を浴びた。

なぜ、その予言は封印させられたのか?

答えは簡単なことだ。

「この世に大きな影響を与える方がこの地上世界へと下りられます。しかし、あなたがたの信じる世界には現れません。それは、あなたがたが信じている世界の外に出現します。
そのものは、バラの紋章をたたえた美しい衣の皇子として生まれます。この地より遠いはて。
あなたの信仰の主人に伝えなさい。
もし、あなたの信じる以外の地に聖なる人が現れたのなら、心から改心し、その声に従いなさい。
あなたの世界には決して現れない。
その方は、・・・・・」
このような予言が伝えられたはずで、キリスト教世界ではなく、別の信仰世界の中に「新しい救世主」が出現する、との内容だったはずだ。
当時の支配者である人々が異教徒の中にメシアが出現するなど、口が裂けても言えるはずがない。
だから、時の法皇がそれを読んだだけで失神してしまったのである。

はっきり言うが、
第3の秘密の核心は「キリスト教世界以外のところに新しいメシアが出現。その者の言葉に従いなさい、ということだった。それがために封印せざるを得なかったのである。

ファティマで予言を伝えた存在は、狂信的な信者も含むキリスト教世界の人間が異教徒の中に出るメシアを簡単に信じないことも知っていた。そのため、その存在が本物であることを後の世に示すため、あるアナグラムのようなものも伝えたはずである。

そこまで導きがあったにも関わらず、ローマ教皇庁は動かなかった。

TEKETEKEさんの記事
http://teketekechannel.blog.fc2.com/blog-entry-16.html

また他にもこんな話をみつけた。

それから“第3の予言”だ。前述したように、ヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿は西暦2000年、「第3の予言はヨハネ・パウロ2世の暗殺を予言していた」と公表した。ちなみに、聖母マリアの予言を受け取った3人の羊飼いの生き証人だったルチア(1907〜2005年)は、「第3の予言は喜ばしい知らせです。世界の終わりを告げたものでありません」と親戚関係者に漏らしている。第3の予言はヨハネ・パウロ2世の暗殺計画ではないことを強く示唆しているのだ。

問題は、なぜバチカンは「第3の予言」を公表できないのかだ。考えられる唯一の論理的推測は第3の予言が「イエスの再臨」を予言していたからだ。聖母マリアは当時、ルチアに「第3の予言は1960年前には公表してはなりません」と伝えている。換言すれば、イエスの再臨は遅くとも1960年以降には誰の目にも見える形で表れてくることを示唆したわけだ

この推測が正しいとすれば、バチカンが第3の予言の全てを公表できない事情が理解できる。偽イエスの出現を恐れるからだ。ルチアが述べたように、その知らせは喜ばしいものだ。世界の終わりでもない。しかし、公表すれば、世界の至る所に偽イエスが出てくる恐れがある。


何となくイメージ的には「キリストの再臨は、特定の個人としてではなく、人類全体の意識として世界の至る所に現れて来る」様な雰囲気を感じてしまうのだが?。

「山形県の形は何故ひとの横顔に似ているのか」と気になっていたが、こんなつながりか方も有りなのだろうか?。


おまけ!
旧約聖書でエホバはノアの洪水の後でこんな事を言っている、少し長いが引用しておく、私的には「神による大規模な破壊は再び起こさない」と言っている様に思う、しかし人類の行いによってはその限りではない、とも取れる「第三次世界大戦」はまだ起きてはいない、と言う事は「起きない可能性も十分に有る」と思っているが。
でなければ「様々な奇跡が起きている様に見える必要は無いだろう」と思う、「希望を持てる未来がある事に気が付いて欲しい」そんなメッセージだと思っている。感謝

「旧約聖書・創世記」
第8章
8:13六百一歳の一月一日になって、地の上の水はかれた。ノアが箱舟のおおいを取り除いて見ると、土のおもては、かわいていた。
8:14二月二十七日になって、地は全くかわいた。
8:15この時、神はノアに言われた。
8:16「あなたは妻と、子らと、子らの妻たちと共に箱舟を出なさい。
8:17あなたは、共にいる肉なるすべての生き物、すなわち鳥と家畜と、地のすべての這うものとを連れて出て、これらのものが地に群がり、地の上にふえ広がるようにしなさい」。
8:18ノアは共にいた子らと、妻と、子らの妻たちとを連れて出た。
8:19またすべての獣、すべての這うもの、すべての鳥、すべて地の上に動くものは皆、種類にしたがって箱舟を出た。
8:20ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。
8:21主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。
8:22地のある限り、種まきの時も、刈入れの時も、暑さ寒さも、夏冬も、昼も夜もやむことはないであろう」。
第9章
9:1神はノアとその子らとを祝福して彼らに言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。 9:2地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚は恐れおののいて、あなたがたの支配に服し、9:3すべて生きて動くものはあなたがたの食物となるであろう。さきに青草をあなたがたに与えたように、わたしはこれらのものを皆あなたがたに与える。
9:4しかし肉を、その命である血のままで、食べてはならない。
9:5あなたがたの命の血を流すものには、わたしは必ず報復するであろう。いかなる獣にも報復する。兄弟である人にも、わたしは人の命のために、報復するであろう。
9:6人の血を流すものは、人に血を流される、神が自分のかたちに人を造られたゆえに。
9:7あなたがたは、生めよ、ふえよ、地に群がり、地の上にふえよ」。
9:8神はノアおよび共にいる子らに言われた、 9:9「わたしはあなたがた及びあなたがたの後の子孫と契約を立てる。
9:10またあなたがたと共にいるすべての生き物、あなたがたと共にいる鳥、家畜、地のすべての獣、すなわち、すべて箱舟から出たものは、地のすべての獣にいたるまで、わたしはそれと契約を立てよう。
9:11わたしがあなたがたと立てるこの契約により、すべて肉なる者は、もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また地を滅ぼす洪水は、再び起らないであろう」。
9:12さらに神は言われた、「これはわたしと、あなたがた及びあなたがたと共にいるすべての生き物との間に代々かぎりなく、わたしが立てる契約のしるしである。
9:13すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。
9:14わたしが雲を地の上に起すとき、にじは雲の中に現れる。
9:15こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思いおこすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。
9:16にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこすであろう」。
9:17そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」


君は「虹」を見ているか?。

「黒色の聖母のメッセージ」抜粋、貴方はどう思いますか。

ブラック・マドンナ、黒色の聖母:
The Black Madonna:

わたくしはブラック・マドンナ、黒色の聖母です。わたくしはこれまで数多く地球上のいろいろな文明でそれぞれ異なった伝統の下に生を受けてきました。わたくしは繰り返し戻っては聖なる母性を地球に呼び戻してきました。

わたくしはその母性から始まる創造を呼び戻すために今帰って参りました。

新生した地球テラ・ノヴァで創造されたものはすべて、それを生み出したわたくし黒色の聖母を通して伝わって行きます。聖なる女性を通して、創造は始まります。

過去数千年の間、忘却しては思い出す過程を通して、女性は抑圧されていました。わたくし達すべてが戦争、苦しみ、そして死という概念をもてあそんできました。わたくし達は平和を迎え入れます。愛を顧みない者達を残して平和裏に創造へと復帰させます。

すべての物質は母性を通して誕生してきました。ひとつひとつの生命の姿、光から生まれた者達は、生命に命を吹き込む者としての聖なる女性に触れてきました。どこにでも在る塵の粒子のひとつひとつ、原子のひとつひとつ、細胞のひとつひとつ、植物、動物、そして生命の姿形は、母性からの創造無くして誕生することはできません。

わたくし達は愛の眼差しを通してすべてを認識するという能力を引き上げているため、この惑星の意識さえも引き上げ続けています。皆さんの細胞ひとつひとつに存在しているDNAは、愛に触れ合う際に影響を受けます。この惑星も同時にひとつの生命として癒されるでしょう。わたくし達は目覚め続けているのですから、わたくし達の体はその存在自体が聖なる神殿である、と受け止めることが必要になります。
「イザベラバード」さんの漫画を読み、「空海」さんの映画を見て(新しいのはまだ見ていない)オリンピックや「皇室ニュース」などをネットで色々と調べていると、どうも何か「共通点」と言うか「共鳴」の様な動きを感じてくる。

日本で宗教の関わった戦いが幾つか有るが、大きく分けてみると。

☆神道の国日本に仏教が入って来た時は神道と仏教が習合、聖徳太子の頃か?。
☆仏教同士も揉めた?「空海」が「密教」を広めた?。
☆日本にキリスト教が入って来たが、400年程前に弾圧された。
☆明治維新でキリスト教の弾圧は終わり、仏教と神道が分離された、仏教が「廃仏毀釈」の対象に。
☆世界大戦で神道とキリスト教が戦う?、日本は敗戦国になる、当時沢山のキリスト教信者が居た「長崎」も原子爆弾で多数の無差別殺人にあう、日本のキリスト教徒はキリスト教世界では何教扱いなのだろうか?。
☆キリスト教徒も余り増えず、仏教は檀家が減って寺の維持が大変になる、神道も人気のある一部の神社は活気があるが維持が大変なところが多い。

いつの間にか、宗教が戦っているのも「思想信条」から「経済」になってしまった感じがするが。

二人が向き合うと、相手の悪いところにばかり目がいってしまい喧嘩になりやすい、三人ならば二人が争っているところを客観的に見る事ができる、それぞれが立場を変えてもめ事の原因を整理する事ができれば「共通の問題点(中心の白い部分)が見えてはこないだろうか。

それぞれ「平和」を求めている事は認めるところである、ならば相手と向き合うよりは共通の目標「平和」の為に智慧を出し合ってはどうだろうか、子供の頃からの素朴な疑問である。

「山形県の形」の記事を書いていたら、置賜地方を「東洋のアルカディア」と呼んだ「イザベラ・バード」さんの事を思い出した、ネットで調べてアマゾンから漫画本を購入、ネットで調ているうちに色々と面白い事が見えて来た。

彼女の行動には謎が多い?

「彼女は何故、未踏の会津街道に拘り山形置賜を通ってアイヌに合いに行ったのだろうか。」

背景には「キリスト教」の姿が見え隠れする、名前(氏名)は人の使命(氏名・指命)おも現しているのだろうか。

山形県で「昭和53年に、第7次総合計画としてアルカディア構想が、、、」と有ったが、どうやらここ数年「イザベラバード」さんには再びブームが訪れているらしい。

佐々大河さんの「ふしぎの国のバード」は1〜4巻が発売されている、話は山形県の途中までである、この先が楽しみです。(珍しく新刊で購入)

漫画本以外も購入してみたい。
今朝のニュースで「ボブスレー同着金2チーム」を見かけた、4回の合計タイムで結果が出てそれが同着になるのはとても珍しい、それも「合計タイムが3分16秒86」でほぼ「3分17秒」に近い、このブログでは「3月17日」と縁があるのでちょっと気になった。

3月17日「キリスト教の緑の日」「地元の山神社のお祭り」他

記事よりです。

100分の1秒の速さを競うボブスレーで、2組の王者が誕生した。男子2人乗りで、カナダとドイツが全4レースの合計タイムで並び、優勝を分け合った。

特集:平昌オリンピック

 19日の最終4回戦。0秒06差の2位につけるドイツが巧みなコースどりで、中盤から細かく蛇行する難所をうまく切り抜けた。最終滑走のカナダも大きなロスはなかったが、わずかに遅れた。合計タイム3分16秒86はともに同じ。4人は抱き合い、喜びも分かち合った。

 土壇場で底力を発揮したドイツのフランチェスコ・フリードリヒは「カナダが100分の3秒速いと見たが同着だった。クレージーだよ」。追いつかれたカナダのジャスティン・クリップスは「我々と同じ幸せな人がさらに2人もいる。お互い長年の友人であり、ライバル。素晴らしい」と語った。

 五輪のボブスレーで同タイム優勝は1998年長野五輪のこの種目以来、2例目。そのときはカナダとイタリアが金メダルを分け合った。

おめでとうございます。
先に載せた4枚のポスター?を一つにまとめてみようと工夫してみた、「きてけろくんと言えば山形日和」う〜ん何だろうこの感じ!、似た様な言葉に「日和る」が有るが?。

「日和」
1 空模様。天気。「日和をうかがう」

2 晴れたよい天気。晴天。また、なにかをするのに、ちょうどよい天気。
「待てば海路の日和あり」「小春日和」「行楽日和」

3 物事の成り行き。雲行き。形勢。「日和を見る」

4 「日和下駄」の略。

「日和る」

《名詞「ひより(日和)」の動詞化》日和見1をする。また一般に、積極的にかかわらないで傍観する。「―・って体制側につく」「―・ってないで少しは手伝え」

「日和見」
1 有利なほうにつこうと、形勢をうかがうこと。

2 空模様を見ること。また、その役の人。

「夢もむすばずありしに、―に起こされ」〈浮・一代男・三〉

始めは「アトムの子」からのインスピレーションで「それぞれの宗教も過去には様々な意地悪が有ったけど、最後は仲良くなれるんだ、そしてみんなで力を合わせて素敵な未来にしようよ!」と締めよう思ったのですが「山形日和」が妙にハマってしまって、、、。

「山形県民の県民性?」ちょっと考えてしまいました。


山形県の地理

山形県は東北の日本海側に位置し、宮城県のとなりにある県です。
山形県は「人の横顔」の形をしており、顔のパーツで大体の地域の位置関係を伝えることができます。

顔の場所
おでこ〜口〜庄内地方 顔で一番目立つ部分なので、世間体を重んじて作法(見た目)重視のイメージ。

頭頂部〜最上地方 現実主義で理論的な思考を重んじている?イメージ。

耳〜頬〜村山地方 後ろから強力に「西洋文化の影響」を受けているイメージ。

あ ご〜置賜地方 「あご」の部分なので仏教が入って来る以前から使われている「日本語」を話すイメージ。

で分類してみました、「無神論者?」の部分ははっきりしたイメージが掴みにくいのですが、見方によっては「第四の宗教」の様に思えるときが有ります。

山形県民は様々な宗教行事と共に暮らし「ポジティブな日和気分」と「ちょっとネガティブな日和る」が混在している?一般的な日本人像もそうなのだろうか?。




  
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