「あるべき」から「べき」をひいて、ただ「ある」。

こう「あるべき」-「べき」=「ある」という式をつくってみました。

それを、ゆっくり、ゆっくり、

育ちはじめ、さらに、種を1日、1日、蒔いて(笑)

ようやく、あたたかくなりはじめております。(笑)

深いところで「気づき」、深いところに「気づき」、

意識しはじめてゆくと、そして、その「瞬間」から、

自身の外側から、溶けはじめて「ゆく」、溶けて「ゆく」さまも、みせて「いただき」ます。(笑)

日々、勉強です。(笑)

 

 

「べき」にも、さまざまな(笑)「べき」は、ありますが、(笑)

日々のなかでも、決めつける(笑)ことが「できない」ことを

教わることが、ときが、あります。

 

全体をみたり、四方八方からながめてみたり

あるいは、文脈をみて、あるいは、「そこ」に込みあがる(笑)、文と文の間合い、

あるいは、「そこ」にある、「間」という、空間からも、

表情がみえてきたり。(笑)

 

 

そこに込みあげられる思いや、「そこ」に含まれて「くる」ものや

「感じる」ことをも、

おおきな、おおきな、すばらしい「技術」や「認知力」あるいは、「成熟度」あるいは「理解力」などを

あげて「ゆく」ことをも、日々、勉強やなあ、と思っております。(笑)

 

 

またひとつ、「音」も、より鮮明に感じやすいもので「ある」でしょうか(笑)。

さまざまな「感覚器」から、あるいは、自身のなかから、またさらに、あらゆるすべてものから、

教えをいただいて「いる」ように思います。

 

 

ただ、あるという、姿、たたずまい、そのひとつ、ひとつを学んでゆくようです(笑)。

いえ(笑)学んで「いる」ようです(笑)。

 

 

 

 

2016.01.30:ototoiro:[人生、という旅、道]