「鉄橋をわたると君の家が見える・・・・」という歌謡曲があったな、などと思っていると、高架橋をくぐりながら荒砥駅へと進んで行く。鉄橋をわたる時のけたたましさが消え、速度を落として静かに、ゆっくりと左にカーブを切るのである。
故郷に帰る人にとっては、田舎弁にスイッチを切り替えるための時間であり、家族に何を話そうかと考える時間となるのでしょうか。そのゆったりとしたスピードは、私にとっては、旅の終わりを惜しむかのようにも感じられた。「終着駅は始発駅」という歌があったが、終着駅には他とは違う何かがあるようだ。