これを聞いた主人をはじめその家の人々は、大いに驚きかつたいそう喜んだ。そのような身分の人の娘では、一層粗末にできないと言って可愛いがり、大切に養育をした。成人した娘は非常に容貌の美しい、その上、心持の優しい賢い女であった。するとちょうど、その家の相続人息子に嫁取り頃で立派な若い者があって、二人は相思恋愛の仲となったのでありました。親達もたいそう喜んで、早速夫婦にしてくれた。夫婦は仲睦ましく、男女数多の子に恵まれたという。
さてその後、弁慶の娘夫婦の世代となってからの事である。孝心深い彼ら夫婦は、亡父弁慶と同行の人々の霊を弔い慰めるために、供養塔を建立して大法要をしたのでありました。里人は、名高い人々を祭祀した御塔であるので、「塔ッ様(とっつぁま)」と名付けて崇敬したのでありました。現在も成田字塔の腰に、鎌倉時代の姿そのままの七重層の御塔が残っているのであります。
【補 足】写真は、今も残る塔様です。(写真はフィルターをかけています。)