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(53)就職列車で(昭和30年代から)

  • (53)就職列車で(昭和30年代から)

 以前「昭和39年の光と影」と題して、東京オリンピックと国鉄改革に係る時代の動きを書いたが、この昭和39年は「ああ上野駅」という歌謡曲が発表された年でもある。長井駅ほどの混雑ではないにしても、成田駅で友達を見送った停車場の光景は今も切なく思い出される。

 

 親戚が集まり、同級生が帰って来るお盆は、家族や地域との縁と絆を確かめる時間でもあった。けれどもコロナ禍が収まらない中では、故郷の祭りも中止となり帰省もままならない。「就職列車」の記憶が失せたとしても、「家族」や「ふるさと」という言葉が死語にならないことを願いたいものだ。

 

 (20)昭和39年の光と影:おらだの会 (samidare.jp)

 

 「ああ上野駅」の検索結果:おらだの会 (samidare.jp)

 

 停車場憧憬 集団就職の頃:山形鉄道 おらだの会 (samidare.jp)

 

 

 

【おらだの会】写真は、小口昭遺作展「長井線の今・昔」より。

2022.08.09:orada3:コメント(0):[羽前成田駅100年物語]

成田駅の宝物(20) 運賃表

  • 成田駅の宝物(20) 運賃表

  待合室に掲示されている運賃表。山形の知人によると「昭和57年4月の料金改定時の運賃表だろう。」とのこと。来訪された方からは、「寝台列車に乗りたかった」とか「急行だってよ」などの声が上がります。前回紹介した硬券ホルダーでは東京都区内が5,500円でしたが、この運賃表では4,500円となっています。日光と富山の料金が同じなのも面白い。

 

  そして今ではほとんど乗降しなくなった上野駅が見えます。上野駅には長井出身の彫塑家・長沼孝三さんの「愛の女神像」が昭和24年に設置され、歌謡曲「ああ上野駅」(昭和39年)も懐かしく想い出されます。けれども平成3年の東北新幹線の東京駅乗り入れと翌年の山形新幹線開業によって、上野駅は遠い存在になってしまいました。

 

【おらだの会】 原本の保存のため、現在、待合室には複製の運賃表を掲示しております。

2021.02.01:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]
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