卯の花姫物語 6-③ 桂江、君の御前で

桂江君前の長物語り
 そうして桂江は半三郎経春を連れたって、旅の枕を重ねつつ三日かかって金沢宿(現在の山形県新庄市)に到着して、義家が本陣を訪ねたのであった。
 受付の軍兵が云うにはそう云う人は聞いた事がない、知らないと云う事であった。そこで桂江が更に頭を下げて願った。「左様ならば何卒、八幡殿御側近の御侍様に聞いてきて頂きとう御座います。」と云うてひたすら願うたのである。
 そうして、一とひねりの砂金を其人に、失礼さして頂きますと云うて手渡した。其軍兵はだまって受け取り、暫く「御待ち下さい。」と云い乍ら、陣の奥の方にと行った。しばらくして立派な将校級の武士と思う人と共に出て来た其人が云うには、「御訪ねの家経殿は、殿が御籠臣で立派な御人でありましたが、十年以上も前に突然の急病で亡くなられてしまいました。」と云うて教えたのである。聞いて仰天した桂江は、人目も恥も忘れて其場に倒れて、よよとばかりに泣き崩れたのである。之を眺めた其人も驚いて、「如何なる次第で御座いますか、して又貴女様は何人の御内訌様で御座いますか、其は八幡殿の家臣三浦平太郎為次と申す者で御座います。御差し使いも御ざなくば委細御聞かせ下さい。我が君へ言上仕り、御計らい上げますから。」と云われて、桂江は吾れに返って答えたのである。改めて頭を下げ、「取り乱して無調法で御座いました、御聞き下さいませ。」と云うて語った事は、前述の通りの長物語りの委細を語ったのであった。
 為次も貰い泣きに涙を流し、「早速主君に言上して上げますから、暫く御待ち下さいませ。」と云うて向こうに行った。しばらくにして出て来て云う様、「ただ今早速君前に連れて参れ。との仰せでありますので、御案内しらんいざ参られよ。」と云われて、経春を待たせておいて君前に出て末座に低頭平身したのみで、しばしの間は頭も上げ得ずに、満感こもごも、感慨無量の涙が滝をなして座前を潤すばかりであった。声さえ出し得ぬありさまであったが、流石は女丈夫の桂江、吾れに返って恭々しく一別以来の御挨拶を言上した上に、古寺で家経と別れて以来の今に至る迄の委細をつぶさに言上に及んだのである。
2013.01.27:orada:[『卯の花姫物語』 第6巻]