卯の花姫物語 3-⑦ 送り橋村の山越え

送り橋村の山越え
 桂江は覚念が国府に訴人するのをおさえて措くには、色仕掛けでおさえるよりないと考えて、今までの苦心して来たのは一朝にして水泡に帰して終わった。
 覚念の方でも、彼女は始めから誠意のないのを俺に国府に訴人されるのを防ぐ為ばかりに、仮に承知したと云う手管で騙していたのであったと悟ったから、今迄の様な手緩い事をしておっては彼女をせしめることはだめだと考えた。其上あの様な色しくぢりをして面皮をかかれた上は、もう其山にも居たたまられない気もする。一層慈の山抜けをして徐ろに方策をめぐらすにしかずと考えたので、日頃同類の悪僧共を従えて夜に紛れて下山をしてしまったのである。
 事己にこうした事態となっては、姫が主従も益々身辺危うしと云う状態である。憂慮の胸に閉ざされて悶々の裡に日を送っている。それに加えて其五月の月は頼義父子が愈々多賀城を去って、京に引き上げの予定の月であるのを知っていた。
 源氏がいなくなって奥州二州が、清原氏の官僚の治下となっては危険其上ないと感じた。姫は一時も早く手紙で身のふり方を義家が指示を仰がんと考えた。いつもの様に桂江に使いの役を命じたのである。桂江道中に気をつけてどうか無事に帰って来てくれよと云う。桂江は、必ず首尾よく御役目果たして参りますと云うて、旅装束も厳重にして古寺を下って来た。
 最上川を舟越えで宮宿に来た。送橋村から山越えで其晩は、山辺村に泊まる予定でやって来た。その山越えの真中頃にさしかかった処であった。狭い山道の両側に七八人の男衆が、笠を真深かにかぶって頭を下げてかがんでいた。桂江は気味の悪い人達と思ったが、気を付け乍ら通り抜けて行かんとした。程よい処迄で行った時に、其中から六尺余りの大男がすくっと立ち上がって、正面に両手を広げて道を塞いだ。
 大音声に、あ・・いや御女中暫く待てと留めた。桂江大いに驚いたが、女乍らも気丈者ひらりと一足後とに下がって、見知らぬ旅の人に無礼の振舞、私は急ぎの用件で通る者。速かにそこ通されよと呼り乍ら八方に気を配って身構えた。
2013.01.05:orada:[『卯の花姫物語』 第3巻 ]