おばね地域おこし協力隊
▼石川君、愛知に帰る
3月14日をもって石川君の活動が終了しました。
一年近く彼とともに活動をしてきました。彼や関わったひとのこと、彼へのメッセージを話そうと思います。
僕にとっては後輩であり、弟のような存在です。
実家を出たことが初めての彼に生活の仕方を教えることが最初の仕事でした。
看病、炊事、洗濯、掃除、ギター、尾花沢のこと、たくさんのことを教えました。
僕が尾花沢に来た時より知らないことが多く、彼はかなり苦労したと思います。
その上、彼は去年度の僕以上の抜けっぷりで一年間ごしゃがれ続けました。
「怒る」、「叱る」ということ。
僕自身はいままでひとを叱るということをほとんどしてきませんでした。
ですから正直言うと石川君といるのが辛かったです。
「これはこの前も言ったよね?」、「あいさつだけは忘れちゃいけないよ」、「もっと元気だして」、「人の気持ちを考えなきゃダメだよ」、「着てるものが裏表だよ」、「思ったことは言わなくちゃだめだよ」、「次に何するかを考えながらしなくちゃ」、「自分ひとりで世界がまわっとるんやないよ!」、「石川君!違うそうじゃないよ」、「早く!」…書ききれません。
ひとに注意したり、怒ったりするのは誰もが嫌いです。お互い気分が悪くなるし、周りにも気を使わせてしまいます。怒りに任せてしまえば、言い過ぎたなぁと後悔もします。もしくはそれが過ぎてしまえば、嫌われてしまうことだってあります。叱るひとだって誰もが完璧ではないから言うのが嫌です。叱るひとにとってみればいいとこ無しです。
だけど、彼の周りのだれもが彼を叱りました。近ければ近いひとほど。今まで見たことのない顔で叱りました。
それは言わないことは見て見ぬふりに似ているからだと思うのです。
相手を想う故にです。
彼のために何度も同じことで特に担当の山口さん、阿部さんは叱り続けました。
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来た頃です。山口さんに怒られている石川君。彼は笑顔ですが、怒られています。この後、「笑うな!」とさらにごしゃがれました。小さなこともしっかりと山口さんは見逃したりしませんでした。
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「違う石川君!こうだ!」「君はできるんだからやらなくちゃダメだ!」阿部さんはいつも励ますように石川君に教えていました。
「おい!石川(君)!」、「聞いてっか?石川(君)!」、「あのよー石川(君)」、「またかっ!?」、「もうしゃねわ!」、「いつも、いつもおまえは何でなんですか?」、「声だせずっ!」、「ばかやろー!」、「おまえは古藤と同じだわっ!」…こちらも書ききれません。
石川君見てますか?楽しいこと、うれしいことはいっぱいあったやろうけど、苦労した、嫌な思いをしたのも君だけじゃないんだよ。できれば誰だって笑いたいんだよ。そのためにどうしたらいいか?それが協力隊の大きな テーマのような気がします。
君が元気をなくせば、周りもそうなります。「元気をだして!」よく言われたでしょ?そういうことなのだと思います。みんな笑っていたいんだよ。
君の元気のないところ、声が小さいところ、変なとこで頑固なところ、心理学科出たくせに心理まったく読もうとしないところ、言い返さないところ、強きに弱く弱きに強いところはすごく嫌いです。
ブログ書いてるうちになんか腹が立ってきました…。コノヤロー!!!
すみません!個人の感想文になってしまいました。一回お茶のみます。
落ち着きました。
何話してましたっけ?あ、そうだ。
彼の好きなところも話そうと思います。
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とてつもなく穏やかな空気を持っていること、争いや競争を嫌がる完全な平和主義です。彼はひとを悪く言ったり、大声出したことは一度もありませんでした。そこをどうあっても最後まで貫いたところはすごいことだと思います。
雪かきに対するお手伝いも毎日鶴子を回って探しました。一生懸命さも集落のひとに伝わっていました。石川君よくがんばっているなと声を何度も聞きました。
見えないところでの苦労を近いひとたちはいつも見てくれていました。
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彼には協力隊としてもひとりの社会人としても全てが初めてでした。そしてさらに言葉の違い、文化の違い、生活の違い、社会の違い。
大きな変化の中で大きな期待も寄せられ求められ、比較され活動する。
大変だったと思います。自分も経験しているので身に沁みてわかります。
石川君は僕以上に相当大変な一年を過ごしたと思います。
だからこそ尾花沢の本当の意味でのやさしさを一身に受けたひとであるとも思います。
そういう意味ではこの先も彼を抜く人はいないのかもしれません。
良くも悪くも石川君の人柄が成した業です。
彼を通さなければ見えなかったやさしさ厳しさも彼が見せてくれました。
彼に支えられたこと、彼がいたからできたことも山ほどあります。
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感謝も込めて伝えたいことがあります。
これから僕は石川君の私生活のお世話はできません。
そういう力にはこれからはなりたくないです。
それと石川君がみなさんからいただいた優しさをひとに伝えるためには「怒れるひと」にならなくちゃダメです。それだけです。
一年間さんざん言いましたが、石川君に対して僕がもっとしっかりしていれば、何か出来たのではないかと、不出来な先輩で申し訳なく思っています。
ごめんなさい
ブログで語ることでもなく公開お叱り会みたいになりましたが、石川くんのことや身近なひとがどう接していたか、皆さんにもう一度よく知っていただけたらと思います。そしてまた帰って来た石川君を迎えていただけたらと思います。これからも協力隊をよろしくおねがいします!
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一年間おつかれさま!どっかどしたけど、やっぱさみしいね。おれもがんばります。またね!
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最後に一枚。
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おととい東京での報告会で石川君が切ったぺそら漬け(試食用)。
一年間さんざん食べといて、これか!と山口さんにごしゃがれました。(正しくは写真右にあるように縦切りです。)
ただでは終わらない石川君のすごいところです。
そして次の日、山形新幹線で帰る山口さんや僕たちを見送るはずが道に迷って来れませんでした。
予測できていた自分がかなしい。
読まれるオチはすべったというんですよ石川君!
画像 (小 中 大)
2012.03.15:obanenouta
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