最上義春(もがみよしはる)

 生年不明~文明六年(1474)

 最上家5代当主。最上満家の二男。嘉吉三年(1443)父の死去に伴い家督を相続、山形城主となる。このとき兄の最上頼宗は既に亡くなっていたとされる。はじめ政家と名乗ったが、将軍足利義政から「義」の字を賜り義春と改めた。義政の命により古河公方足利成氏攻めに参加している。旱魃に苦しむ領民のため、雨の神である諏訪明神(山形市諏訪町)を勧請したという。菩提寺は龍門寺(山形市北山形)である。

2016.03.16:mogapro:[ ◎最上家歴代当主 ]