最上頼宗(もがみよりむね)

 生年不明~嘉吉元年(1441)

 最上満家の嫡男であるが、最上家の歴代当主には数えられていない。応永三十一年(1424)に家督を相続したとの説もある。父・満家が長瀞城に隠棲している間、山形城主を務めた可能性もある。光姫という美しい娘がおり、自分のために男が処刑されたのを悲しみ観音巡礼の旅に出たという。これが最上三十三観音の始まりになったという伝説がある。光姫の子が最上義春で若松観音にちなんで若松君と呼ばれたという話も伝わる。

2016.03.13:mogapro:[ ◎最上家歴代当主 ]