新関久正(にいぜきひさまさ)

 生年不明~没年不明

 因幡守を称す。藤島城(鶴岡市藤島)の城主6千5百石。一時期は鶴ケ岡城代も務めていた。一栗兵部高春が反乱を起こした際には、これを追討し功があった。赤川右岸にて堰の開削工事を進めていたが、最上家改易により中断となった。この堰は約100年後に完成、現在も庄内平野を潤しており、因幡堰と呼ばれている。

2016.06.15:mogapro:[ ◇最上家家臣団(な行)]