坂光秀(さかあきひで)

 生年不明~元和二年(1616)

 紀伊守を称す。慶長出羽合戦に長谷堂城への援軍として参陣し、戦後、酒田東禅寺城主となった志村光安に代わって長谷堂城主となった。光秀の妻は光安の娘であるといわれている。最上義光の側近として、徳川家や公家などへの使者をたびたび務めた。光秀の菩提寺である長谷堂の清源寺には、彼の肖像画が伝わっている。

2017.05.18:mogapro:[ ◇最上家家臣団(さ行)]