駒姫(こまひめ)

 天正七年(1581)~文禄四年(1595)

 最上義光の二女。東国一の美少女との評判が高く、時の関白・豊臣秀次が側室に望んだため、京に上ることとなった。京に到着してまもなく、秀次が謀反の疑いにより高野山で自害させられた。秀次の身内一族や近臣も捕らえられ、まだ実質的に側室となる前であった駒姫も処刑された。父・義光の憤りと悲しみは深く、のちに関ヶ原の戦いで徳川家康に味方する一因になったといわれている。

2016.02.04:mogapro:[ ○息子・娘 ]