最上家親(もがみいえちか)

 天正十年(1582)~元和三年(1617)

 最上家12代当主。最上義光の二男。父の命により徳川家康に近侍し、家康の「家」の字を賜り家親と名乗った。関ヶ原の戦いでは、徳川秀忠に従って上田城攻めに参加した。慶長十九年(1614)に父・義光が病死するとその跡を継ぐ。大坂の役の直前、大坂方に内通の疑いがあったという弟の清水光氏を攻めて自刃させ、大坂の役では、江戸城の留守居役を務めた。元和三年(1617)に36歳の若さで急病死した。

2016.01.07:mogapro:[ ○息子・娘 ]