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最上満直(もがみみつなお)

 生年不明~応永二十年(1413)? 最上家3代当主。最上直家の嫡男。応永七年(1400)父から家督を譲られ山形城主となる。正室は蘆名詮盛の娘。二男・満基は中野(山形市大郷)、三男・満頼は大久保(村山市大久保)、四男・満国は楯岡(村山市楯岡)にそれぞれ城を構えた。菩提寺は法祥寺(山形市七日町)である。没年については応永二十三年(1416)と応永三十一年(1424)説もある。
2017.01.04:mogapro:[ ◎最上家歴代当主 ]

最上直家(もがみなおいえ)

 生年不明~応永十七年(1410) 最上家2代当主。斯波兼頼の嫡男。永和元年(1375)父から家督を譲られ山形城主となる。正室は伊達宗遠の娘。屋形号(最上屋形)を称することを許され「十六葉八重菊紋」と「五七桐紋」を賜った。息子が6人おり二男・頼直に天童家を継がせるなど、各地に配置して最上家の支配体制を固めた。菩提寺は金勝寺(山形市山家本町)である。
2017.01.03:mogapro:[ ◎最上家歴代当主 ]

斯波兼頼(しばかねより)

 正和五年(1316)~康暦元年(天授五年/1379) 奥州管領・斯波家兼の二男。羽州探題最上家の初代当主。延文元年(1356)41歳のときに山形に入部し、翌年に山形城を築いた。従四位下出羽守に任ぜられ、出羽管領・国司・按察使将軍に補されたという。兄の斯波直持は奥州管領を継ぎ、奥州探題大崎家の初代となった。山寺立石寺、宝憧寺、千手堂吉祥院、六椹八幡神社など多くの寺社の再建に努め、民心の安定を図った。晩年は他阿元愚(たあがんぐ)大和尚に帰依して時宗の僧となり、其阿(ごあ)の法名を名乗った。嫡男の直家に家督を譲ると、山形城内に草庵を結んで信仰生活を送り、この草庵がのちに光明寺となった。
2017.01.02:mogapro:[ ◎最上家歴代当主 ]