映画「野火」再考~市川版から塚本版へ

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 集団的自衛権の行使を可能とした「安全保障」関連法の制定などによって、私たちはいま、原理的には戦後で一番「戦争」に近い立ち位置にあると言っても過言ではない。先の総選挙では憲法9条に自衛隊を明記し、戦争への道を加速させようとする安倍一強を含む「改憲」勢力が圧勝した。「NO・MORE・WAR」(戦争反対)という声が次第にか細くなってきているような気がしてならない。戦争の記憶が遠のいたということだけで済まされるのか。一方では大量の遺体切断事件(「座間」事件)に見られるような凄惨な出来事に直面させられるという現実もある。ひょっとすると、「狂気」という名の不条理は戦時と平時をまたいで跋扈(ばっこ)し始めているのかもしれない。

 

 作家、大岡昇平の代表作『野火』(1954年)は市川崑と塚本晋也という二人の監督によって、映画化されている(11月4日付当ブログ「たとえば、戦争を記憶するということ」参照)。いずれも太平洋戦争末期のフィリピン・レイテ島で起きた飢餓地獄を描いているが、同じ原作を扱ったこの二つの作品(市川版・1959年、塚本版・2015年)には「戦争」に対する微妙な距離感がある。たとえば、カニバリズム(人肉食)の描写の仕方―。原作の記述は次のようになっている。田村一等兵がサルの肉を食わされた際の文章である。

 

 「その時の記憶は、干(ほ)いたボ-ル紙の味しか、残していない。しかしそれから幾度も同じものを食べて、私はそれが肉であったのを知っている。干いて固かったが、部隊を出て以来何カ月も口にしたことのない、あの口腔(こうこう)に染(し)みる脂肪の味であった。…肉はうまかった。その固さを、自分ながら弱くなったのに驚く歯でしがみながら、何かが私に加わり、同時に別の何かが失われて行くようであった」(本文より)―。市川版の画面では田村は「歯ぐきがガタガタだ」と言って、肉を一気に吐き出してしまう。その描写について「観客に『食べなくてよかった』と感じさせるための変更である」と製作者側は語っている。公開されたのは1959年。まだ、戦争のトラウマが色濃く残っていた時期だったということだろうか。

 

 同じ場面が塚本版では一変する。ムシャムシャと噛(か)みながら、その動きには一段と力がこもる。やがて、目からは涙が…。近くの草原に切り取られた足首が転がっている。「お前、俺を猿と間違えたんじゃないか」と田村が不安げな表情でつぶやく。サルの肉が人肉だとウスウス気が付いていたことを暗示するセリフである。「正気」と「狂気」のはざまを行き来する田村がある決断を迫られる瞬間がやってくる。原作の後半部分にこんな下りがある。「後ろで炸裂音(さくれつおん)が起こった。破片が遅れた私の肩から、一片の肉をもぎ取った。私は地に落ちたその肉の泥(どろ)を払い、すぐに口に入れた。私の肉を食べるのは、明らかに私の自由であった」―。仲間から手りゅう弾を投げつけられ、大けがをした時の文章である。

 

 この場面は市川版には一切、出てこない。一方の塚本版ではまるで喉(のど)を鳴らすがごときの食ベっぷりである。「肩から血を流し、自分の肉を咀嚼(そしゃく)しながら、(サルの肉を分けてくれた戦友の)永松を見つめる田村」と脚本にある。この余りにも生々しい光景を見ながら、私は反射的に思った。「田村はカニバリズムからの決別をこの行為、つまり他人ではなく自分自身を食うという振る舞いにかけたのではなかったのか」―。塚本監督は映写会の際のト-クショ-でこう語った。「あの戦争だけでなく、つい最近の東日本大震災も記憶の彼方に置き忘れつつある。だからこそ、よりリアリステックな演出を目指した」。市川版と塚本版との間には60年もの時の隔たりがある。戦争の記憶が遠のけば遠のくほど、逆に戦争に近づきたくなる―というパラドックス(不条理)におののいてしまう。

 

 新聞やテレビで「座間」事件が報じられない日はない。刹那(せつな)、この所業こそがカニバリズムの一歩手前ではないかと思ってしまう。「飽食」という平時の“狂気”ほど不気味なものはない。「狂気そのものをモチ-フにした正気の映画」(塚本版)…私たちはいまこそ、あの戦争の記憶を手元に引き寄せなければならない。

 

(写真は市川版の一場面。この先にカニバリズムの恐怖が…。左端が船越英二が演じた田村一等兵=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

2017.11.15:masuko:[身辺報告]

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