新興跡地が競売へ―活用計画がとん挫

  • 新興跡地が競売へ―活用計画がとん挫

 「新興跡地」問題が浮上してから、早や3年。その昔、この一帯にはまちの歴史を刻んできた花巻城址があった。中心市街地の一角を占めるその場所にはいま、建物解体に伴う廃棄物がうず高く積まれたまま、放置されている。快晴に恵まれた花巻まつりには8日からの3日間、ふるさとに戻ってきた人並みがあふれた。多くの人はまちのシンボルでもあった城跡にまで足を運び、その無残な姿に顔を曇らせた。「まちの活性化にぜひ、役立てて…」という期待を裏切るように、由緒あるこの跡地が競売に付されたことを市民のほとんどには知らされていない。

 盛岡地方裁判所花巻支部は8月18日付で「期間入札」の公告をした。入札期間は9月6日から同13日まで。開札期日は9月19日、売却決定期日は同26日となっており、評価額は115,740,000円。この跡地問題をめぐっては平成26年12月、所有者の新興製作所から市側に「公有地の拡大の推進に関する法律」(公拡法)に基づいた売買の届け出がなされた。公共用地の拡大を優先させる法律で、実際の譲渡価格は100万円だった。これに対し、上田東一市長は「建物の解体費用に6億円以上が見込まれる」として、かつて「東公園」として市民に開放されていた上部平坦地の部分譲渡を申し入れたが、相手側がこれを拒否、話し合いは決裂した。この間、市民有志は「新興跡地を市民の手に!!あきらめるのはまだ早い」市民総決起大会を開催したが、市側の考えを翻意されるまでには至らなかった。

 その後、仙台市内の不動産業者が一括購入し、解体業者に工事を依頼した。ところが、平成28年10月、工事代金の支払いをめぐって双方が対立し、建物の解体が終わった段階で工事は中止された。裁判でも決着は付かないまま、今回の競売という最悪の事態に持ち込まれた。この取引については、市側も当初「不動産業者の思惑に不透明な点がある」と懸念を示していた。一方の不動産業者は「一帯が更地になった段階で、パチンコ店とホ-ムセンタ-を立地する」と発表。議会内部でも「野ざらしにしておくよりもパチンコ店でも何でも活性化を模索すべきだ」という意見が大勢を占め、市側も「アスベストを含む建物が解体されるのはむしろ喜ばしい」(上田市長)と方向を転換した。

 「市側に応札する考えはない。仮に買い戻すことにしたとしても上部平坦地の取り崩しや埋蔵文化財の調査などに10億もの費用が見込まれる。該当地の将来計画には全くメドが立っていない。しかし、右往左往はしない。市民の税金を無駄に使うわけにはいかない」―。上田市長は開会中の9月定例会でこう答弁し、続けた。「この二の舞を繰り返してはならない。中心商店街(上町)の不良物件(空き家)を撤去し、いま災害公営住宅の建設を計画している。これこそが街なかの活性化に直結する施策だ。だから、政治決断をした」

 「政治決断」!?―この言葉に思わず、腰を浮かしてしまった。競売が不調に終わってしまった場合、国道4号線沿いに広がる残骸の山は否応なく多くの人々の目にさらされることになり、現時点ではその可能性が高いと思われる。粉じん飛散による健康被害の心配はないのか。景観保全は欠かせない行政の重要課題ではないのか―。平成27年3月定例会に議員有志(6人)が提出した「花巻城址周辺景観保全条例」は反対多数で否決されるという憂き目にあった。いかなる困難な状況下でも、いや、そんな状況にあるときこそ、行政トップが責任を持って決断すること―。私は「政治決断」をこれまでそのように理解してきた。

 ふと、「牽強付会」(けんきょうふかい)という言葉が口元に浮かんだ。「自分の都合のいいように、強引に理屈をこじつけること」という意味である。市民総決起大会の決議文にはこう記されていた。「あきらめるのはまだ早い。駄目か、駄目じゃないか。やって見なければ判らない。花巻百年の大計のために、我われの祖先のためにもう一度やろうじゃないか」―。昭和60年、全国で初めて全額地元負担で開業にこぎつけた「請願駅」(東北新幹線新花巻駅)。現代版「百姓一揆」と呼ばれた、その運動の先頭に立ち続けた小原甚之助(故人)の“檄”(げき)である。この一大事業に政治決断を下したのが、当時の町長、藤田万之助(故人)だった。遠方からの旅行客のほとんどはいま、この駅に降り立つ。


(写真は”塩漬け”状態のまま、放置されることが懸念される新興跡地。コンクリ—トガラが山積みとなり、雑草が背丈を伸ばしている=花巻市御田屋町で)


2017.09.10:masuko:[身辺報告]

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