ハクソ―・リッジ

  • ハクソ―・リッジ

 「ハクソ-・リッジ」という英語を和訳すると、「ノコギリの刃のように切り立った崖」という意味になる。こんな断崖絶壁で繰り広げられた日米両軍の死闘を描いた同名のこの映画(メル・ギブソン監督 2016年、アメリカ・オ-ストラリア合作)では表立って、その場所がどこなのかを教えてはいない。しかし、手りゅう弾や手刀を手に立ち向かう敗残の様相を見ていると、ここが先の大戦で唯一の地上戦の舞台となった沖縄であることがわかる。「前田高地」と日本軍が呼んだこの場所は司令部があった首里(現那覇市)から北に約3キロ、150㍍もの断崖が米軍を迎え撃つ天然の要塞だった。米軍史上、最大の苦戦を強いられたと言われたこの高地で一体、何が起こったのか―。

 「汝(なんじ)、殺すなかれ」―。キリスト教の戒律をかたくなに守った「良心的兵役拒否者」が武器を持つことを拒否する衛生兵として、負傷兵の救出に当たった物語である。マ-ティン・スコセッシ監督の「沈黙―サイレンス」で演技派俳優として注目されたアンドリュ-・ガ-フィ-ルドが演じる主人公の名前は「デズモンド・ドス」。11年前、87歳で亡くなった実在の元米兵である。手足がちぎれ、バラバラになった肉片が宙に飛び散る。火炎放射器で火だるまになりながら、なお突撃する日本兵…。米軍側が「ありったけの地獄をひとつにまとめた」と形容したハクソ-・リッジの攻防は19454月19日から日本軍が降伏する5月9日まで続いた。この間、ドスは決死の覚悟で75人の命を救い、のちにトル-マン大統領から名誉勲章を授与された。

 いわゆる「沖縄戦」全体の犠牲者は公の資料では米軍が12,520人、日本軍が94,136人。このほかに県民(一般住民)の4人に1人が戦火に消えたと言われる。かつての前田高地は現在の浦添市に位置しているが、当時の人口の4割以上の4,112人が犠牲になり、一家全滅した割合も2割以上にのぼった。当然のことながら、目を覆(おお)いたくなるような戦闘シ-ンの背後には膨大な数の住民の姿があったはずだが、この映画には全く登場しない。タイトルの英語名が示すように“沖縄隠し”の側面を指摘する声もあるが、ギブソン監督のねらいはどこにあったのか。単なる美談仕立ての英雄物語として済ますことができるのかどうか。

 「映画だと分かっていても、艦砲射撃の場面には胸がざわついた。着弾地には数多くの住民がいたのだ。映画では日米両軍の兵士しか出てこないが、住民が混在していて犠牲になったのが沖縄戦の特徴だ。監督にはそこまでの視野はない」―。沖縄戦をテ-マにした小説を数多く書き、連日、「辺野古」新基地建設の現場で抗議行動を続けている沖縄在住の芥川賞作家、目取真俊さんはこう留保したうえで続ける。「嘉数高台から前田高地、シュガ-ロ-フ(安里52高地)にいたる間が沖縄戦でも激しい戦闘が行われた場所である。沖縄戦に関心を持ち、学んでいくきっかけにもなる。まずは多くの人に見てほしい。高江のヘリパッド建設問題も辺野古の新基地建設問題も元をたどれば沖縄戦に行きつく」(ブログ「海鳴りの島から」)

 戦後72年―。沖縄戦を含め、戦争の記憶の風化が加速するいま、勝者と敗者を峻別する立場を超えた視点、たとえば「戦争」そのものの総体を考える時期に来ているのかもしれない。作家の宮内勝典さんが最新作『永遠の道は曲りくねる』(13日付当ブログ「米軍基地と秘められし祝祭」参照)の中で、あえてその物語の舞台を特定しなかったように、そして、ギブソン監督が兵士以外の住民を登場させなかった背景に、私は「隠された事実」への想像力を喚起したいという製作者の強い意志みたいなものを感じる。映画の公開を機に浦添市は「ハクソ-・リッジの向こう側~沖縄戦の記憶」と題するホ-ムペ-ジを立ち上げ、当時の映像証言などを紹介している。

 6月14日に亡くなった大田昌秀・元沖縄県知事は1995年、国籍や軍人、民間人を問わずに沖縄戦などの全戦没者の名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」(糸満市摩文仁)を建立した。最新の刻銘数は24万1,468人。この中にはもちろん、米軍犠牲者の名前も含まれている。映画パンフの中でギブソン監督はこう語っている。「戦争に身を投じたという情熱の強さでは、彼(デズモンド・ドス)はまさしく戦争協力者だった。ところが、ドスは命を奪うために戦うのではなく、命を救うために戦う者として従軍したいと考えた」―。

 「沖縄戦没者遺骨/DNA鑑定申請」―。こんな小さな見出しの記事が7月13日付の岩手日報などの地元紙に載った。戦没者遺骨のDNA鑑定は2003年度から始まり、これまでに1,084柱の身元が判明した。住民が身を隠したガマ(洞窟)にはまだ、無数の遺骨が散らばっている。沖縄戦はまだ終わっていないのであり、この未決の戦争の上に広大な米軍基地が広がっている。「戦争は命を奪うが、僕は命を救う」―生死をさ迷う日本兵の治療もいとわない姿を見ていると、ドスが兵役を拒否しながら、衛生兵を志願したことの意味が少し分かったように思った。私たちはハクソ-・リッジの背後に広がる光景に目を凝らさなければならない。


(写真は映画のひとこま。銃弾が雨あらしのように飛び交う中、負傷兵の救出に命をかけるドス=インタ-ネット上に公開の写真から)




2017.07.17:masuko:[身辺報告]

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