米軍基地を引き取るということ(上)

  • 米軍基地を引き取るということ(上)

 「女性暴行などの米兵による犯罪と騒音被害は想像を絶しており、花巻市民がそれを受け入れなければならない理由などない」―。私が平成22年の12月定例会で米軍普天間飛行場の移設問題に関連し、「(沖縄の痛みを自分のものとして受け止め)訓練の一部を引き受けるつもりはないか」と当局側をただしたのに対し、共産党所属議員が異常とも思える拒否反応を示したことについては当ブログでたびたび触れてきた。この発言が思想の根幹にかかわる重要な問題であり、それ故にきちんと記憶に止めておかなければならないというのが私の基本的な軸足である。

 ところで、この拒否反応に見られるように「米軍基地」問題はそれを一方的に押し付けられてきた現地を除き、本土のほとんどでは議論そのものが遠ざけられてきた。なぜ、そうなったのか。単なる「無関心」だけではなく、議論の行き着く先が否応なく憲法解釈を避けては通れないという事情が、とくに「護憲派」と呼ばれる人たちの沈黙を生んできたのではないか。このタブ-に向き合った記事が最近、掲載された。本土に住む私たちの「当事者意識」を呼び起こすための処方箋のひとつとして、以下に全文を転載する(2月14日付「朝日新聞」)。閉ざされた「言論空間」に新しい風を…

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 路上で声をあげても、選挙で民意を示しても、願いは届かない。基地問題に揺れる沖縄と本土の関係に疑問を感じる人たちの声を聞くと、日本社会全体に根深く宿り、消えることのない問題がみえてくる。沖縄を考えることは、日本社会そのものを見つめ直すことでもある。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画で、政府は今月、海上での工事を始めた。その後、渡米した安倍晋三首相は10日(日本時間11日)に、ワシントンでトランプ米大統領と会談。両氏は、辺野古への移設計画について「普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策」と確認した。

 そんな中で、「沖縄の米軍基地は、本土に引き取るべきだ」と主張する人たちがいる。戦後、在日米軍の基地は日本各地に設けられた。1950年代、米軍の基地などの施設の約9割は本土にあった。それが本土の基地は次第に減る一方、72年まで米軍占領下にあった沖縄に基地が集まり続け、現在は約7割に及ぶ。昨年末に名護市沖で起きた米軍オスプレイの大破事故など、沖縄で基地にからむ事件や事故は絶えない。

 本土への「引き取り論」を訴える1人が高橋哲哉・東大教授(哲学)。その主張の基盤は、「日米安保を支持する人たちが基地のリスクも負うべきだ」という論理である。朝日新聞の全国世論調査によると、米国が日本の防衛義務を負う日米安保条約の維持に賛成する人の割合は、2013年は81%、14年も79%に及ぶ。全国の人口のうち沖縄県の人口の割合は約1%であり、「安保を支持している圧倒的多数は本土の人間なのに、基地を沖縄に押しつけるのは不条理であり、差別」と高橋さんは指摘する。大阪や福岡、新潟で、高橋さんと同じように、「引き取り」を呼びかける市民団体が立ち上がった。

 大阪府高槻市の福祉施設職員、松本亜季さんは、15年3月にできた「沖縄差別を解消するために沖縄の米軍基地を大阪に引き取る行動」のメンバ-。松本さんは「米軍基地はいらない」と辺野古への基地移設に反対する活動をしていたが、状況はなかなか変わらず、「自分たちの活動は、本当に適当なのか」と悩んだ。仲間と話し合い、本土の人たちの「自分の近くは嫌だけど、沖縄だったら仕方がない」という意識に向き合わないといけないと考えた。自分たちの問題だと気づいてもらうため、八尾空港(大阪府八尾市)など具体的な候補地をあげて、街頭などで「引き取り」を呼びかけている。

 これまでも本土への基地引き取りは、たびたび議論された。「最低でも県外」を公約に09年に政権をとった民主党(当時)の鳩山由紀夫・元首相は、米軍普天間飛行場の移設先として鹿児島県の徳之島案などを検討した。橋下徹・前大阪市長や松井一郎・大阪府知事は、普天間飛行場の関西空港への移転を検討するような姿勢を示したり、オスプレイの訓練を八尾空港で引き受けようとしたりした。いずれも、地元の反発が強く、失敗した。

 高橋さんは「これまで、名前があがると全部反対でつぶれた。どこに引き取るかの前に、なぜ本土で基地を引き取るのかという論理を多くの人で共有することが重要」と話す。「基地のある暮らし」をひとごととして考えず、当事者としてその是非を議論する。高橋さんは「引き取り論以上に当事者意識を呼び起こせる議論は見当たらない」と言う。日米の首脳が同盟強化を確認し、辺野古への移設工事が進んでいるが、「今からでも、引き取りの声をあげれば『辺野古が唯一』という国の論理を崩すことになる」。

 しかし、厳しい見方もある。「自分の近くは嫌だけど、沖縄だったら仕方がない」という、沖縄の米軍基地に対する本土側の「無関心」について、前泊(まえどまり)博盛・沖縄国際大教授(安全保障論)は、「戦後レジ-ムで形成され、潜在意識にしみこんでしまった禁忌(きんき)」だと指摘する。基地が沖縄にあることで本土が不利益を被るようなこともなく、本土の側は「禁忌」には触れずに、解決できない問題は先送りにして過ごしてきた。前泊さんは「引き取り論は現実的には厳しい。禁忌を破るには、鎖国を破ったような外圧を使うしかないのではないか」という。「禁忌」に触れた首相(注:鳩山元首相)は自らの座を失った。「戦後レジ-ム」からの脱却を掲げた首相は、「沖縄の皆さんの気持ちに真に寄り添う」と言いながら、「禁忌」に触れようとはしていない。

■沖縄の米軍基地をめぐる主な動き
<1996年>日米が米軍普天間飛行場の返還に合意。移設先に辺野古が浮上
<2009年>同飛行場の県外移設を明言した民主党(当時)の鳩山由紀夫氏が首相に
<同年>橋下徹大阪府知事(当時)が同飛行場移設で「関西全体で沖縄の基地負担の軽減につながる議論には参加したい」と発言
<10年>鳩山首相が「県外移設」を断念し辞任
<13年>橋下徹大阪市長(当時)と松井一郎大阪府知事がオスプレイ訓練を八尾空港(大阪府八尾市)で受け入れる考えを示す
<14年>安倍政権が米軍のオスプレイの佐賀空港(佐賀市)移転を打ち出す。後に取り下げ


(写真は普天間飛行場に隣接する沖縄国際大学構内に墜落した米軍ヘリ=2004年8月13日、沖縄県宜野湾市の同大学で。インタ-ネット上に公開の写真から)


≪追記≫~朝日新聞は2月19日付朝刊で、「沖縄『基地』禍/目背ける本土」(戦後の原点―忘れられた島)という特集記事を掲載した、ぜひ、合わせてお読みいただきたい。その中から、沖縄大学名誉教授、新崎盛輝さんの見方を以下に転載する。

 「日本にとって沖縄とは何なのか――。在日米軍専用施設の7割が集中する沖縄の現状を見ると、この問いに向き合わざるを得ない。戦後、日本は平和憲法の理念を大切にする一方、米軍による沖縄支配や基地建設に目をつぶった。日米両政府は日米関係を安定させるため、日本人の対米感情を悪化させないよう基地を本土から移転させた。沖縄が日本から切り離された1952年におよそ1対9だった沖縄と本土の米軍基地の面積比率は、60年代に1対1になり、本土復帰後の70年代半ばには3対1に逆転した」

 「その結果、米軍と同居することで日米安保が成り立っているという当たり前の現実が、本土では見えにくくなった。本土では沖縄への基地の一極集中が消極的に支持されるようになった。それどころか、『沖縄は基地で潤っている』といった、事実に反する言説まで広まっている。普天間飛行場の移設を理由とした辺野古への新基地建設に沖縄が反対する根底には、米軍の占領政策によってつくられた日米関係の枠組みを、日本政府がいまなお積極的に利用していることがある」

 

2017.02.18:masuko:[身辺報告]

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