「あきらめるのはまだ、早い」―新花巻駅誘致とマルカン食堂

  • 「あきらめるのはまだ、早い」―新花巻駅誘致とマルカン食堂

 「あきらめるのはまだ、早い。駄目か、駄目でないか、やって見なければ判らない。花巻100年の大計のために、我われの子孫のためにもう1度やろうじゃないか」―。約半世紀前の1971年秋、花巻市内の体育館には2千5百人以上の市民が詰めかけていた。「(新幹線の)停車駅ならず」という報に接した市民たちの落胆と怒りの声が会場にうずまいた。その場で「東北新幹線問題対策市民会議」が結成され、約15年間に及ぶ市民総ぐるみの誘致運動の末、「新花巻駅」は1985(昭和60)年3月に開業にこぎつけた。総工費41億8千万円のうち、11億8千5百万円余りは市民などから寄せられた浄財だった。


 「新花巻駅設置物がたり」と刻まれた石碑が駅前広場に立っている。新駅開業5周年を記念して建立され、屏風型の碑面を埋め尽くした一字一字が全国で初めて全額地元負担で開業された「おらが駅舎」(請願駅)の苦闘の足跡を今に伝えている。当時、開業医だった渡辺勤さんは現代版「百姓一揆」と呼ばれた、この間の経緯を『新花巻駅物語り―甚之助と万之助』(昭和60年)という冊子にまとめている。甚之助とは「一揆の頭領」(市民会議議長)…小原甚之助、万之助とは「住民の総代」…開業時の市長、藤田万之助(いずれも故人)のことである。

 甚之助の下にはせ参じた若者たちがいた。調査委員長の川村尚武と広報委員長の宮川多久保(故人)である。いずれもまだ30歳代の若さで、ともに小中学校で席を並べた幼友達である。当時、ふるさとを遠く離れていた私は郷土愛に燃える2人の情熱に胸を熱くしたのを覚えている。「ここに、市民が力を合わせて、この大事業を成し遂げたことを末永く後世に伝え、ますますの弥栄(いやさか)を願って新駅開業5周年を記念しこの碑を建立する」―。石碑の最後はこう結ばれ、当時副議長だった「佐々木四郎」と「梅津健一郎」の名前も刻まれている。

 「頭の誠山房、勘(かん)のマルカン」―。こんな言葉が当時、市民の間でささやかれた。中心市街地(上町)の屋台骨の築いた2人の創業者―佐々木(「マルカン」)と梅津(書店&文房具「誠山房」=現在廃業)の偉業をたたえる言葉である。そしていま、「マルカン百貨店」の閉店通告を受け、昭和ロマンの面影を残す「展望大食堂」の存続を訴える高校生たちが立ち上がった。「この空間はみんなの共有財産」―。かつて、大人たちの背中を見ながら、新駅誘致運動の先頭を走った幼友達の姿がこの若いエネルギ-と二重写しになってよみがえってくる。「1%の可能性」にかけた誘致運動を率いた甚之助は獅子吼(ししく)のような言葉を残している(『新花巻駅物語り』より)


●現代の政治と云うものは、一人の英雄に頼るものではございません。点と線の政治から、面の政治、大衆動員の政治となっているのであります
●市の、市の首脳部の恥ずかしめは、即ちわが花巻市民の恥でありますぞ!そうじゃありませんか!
●なぜ民主主義の今日、6万4千市民が火の玉となってその改正に迫るならば、出来ない訳がないじゃございませんか、それが民主主義というものです
●昔から花巻は後手後手と廻る所だ。和賀と較べて政治性に乏しい。商売は熱心だが、地域の事に関して誠に消極的だ。横黒線も北上に取られるし花巻中学校も後手をとった。今又、新幹線の誘致に失敗して、一体我々は子孫に対し、何と申しひらきをするのか


(写真は「新花巻駅設置物がたり」の石碑=花巻市矢沢の東北新幹線新花巻駅前で)



2016.03.17:masuko:[身辺報告]

新花巻とマルカン

まず、増子議員のファンであることを表明します。また、今、うちに、議員と花高で同級であった叔父が、ただ今、法事で来ております。
さて、私は新花巻駅は愚挙であったと考えております。経緯を聞くに至っても、JRの花巻に関する配慮(新村崎野駅建設)を蹴る、これは、愚挙、暴挙です。
村崎野東側を中心とした交通網を策定すれば、今の北上:工業団地、花巻:流通団地(吉田市長の功績)とはなりにくかったでしょう。
ひとつ言えば、民間の請願駅ができるということをしめし、他が追随したという功績は良悪なく歴史に残るでしょう。
新花巻、花巻南IC、中部病院・・・マルカンは民間ですが、私のもとにも昨年、***万で売却募集が出ていると伝わっていました。
それで、新花巻駅とマルカンを同列に並べ記すことに大きな違和感を感じるものです。
2016.03.18:高橋幸浩:[編集/削除]

貴重なご意見、ありがとうございました

 貴重なご意見、ありがとうございました。新村崎野駅建設の経緯については残念ながら無知でした。また「請願駅」という手法は一面、悪しき慣習{旧国鉄の責任逃れ}を後世に残したというご指摘にも納得できます。さて、このコラムで言いたかったことは、かつて新花巻駅誘致運動に結集した貴重な経験に今こそ、学ぶべきではないかということでした。「マルカン」問題に対する私の基本的な認識は以下のようなものです。「とくに展望大食堂はもはや一私企業の手を離れ、花巻市民だけではなく、国内外のマルカンファンの共有財産(公的財産)になっているのではないか。そういう視点に立てば、この存廃問題に行政や議員が無関心を装うことは許されないのではないか」―。まず、高校生たちが存続の署名運動に立ち上がり、今日(19日)の地元紙の報道によれば、まちづくりに真剣勝負で取り組んでいる若者グル-プ「花巻家守舎」がその運営引き継ぎを検討するという嬉しいニュ-スが飛び込みました。ひょっとすると「マルカン」問題は将来のまちづくりの行く末を左右する試金石になるのではないかと思っています。老残の身にむち打ち、「市民総ぐるみ」の存続運動の一翼を担いたいと覚悟を決めています。「旧新興製作所」跡地問題の二の舞だけは避けたいという思いです。今後ともご教授のほどよろしくお願いいたします。
2016.03.19:増子 義久:[編集/削除]

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