平成のデクノボ-

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 宮沢賢治が「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」(「雨ニモマケズ」)と希(こいねが)った“デクノボ-”の境地に達するためには「ホメラレモセズ/クニモサレズ」という目もくらむようなハ-ドルを越えなければならない。賢治生誕120年の今年、そんな高潔者がどこかにいないものかとキョロキョロしていてハタと心づいた。「ヒドリノトキハナミダヲナガシ」―ながら、飢餓の大地に緑を復活してきた、「井戸掘る」医師として知られるNGO「ペシャワ-ル会」の現地代表の中村哲さん(69)こそが「平成のデクノボ-」ではないかと―。

 飢餓と戦乱に明け暮れるアフガニスタンとパキスタンに身を投じて30年以上。この間、中村さんはハンセン病の治療に当たるかたわら、不毛の大地に「いのちの水」(井戸)を掘り続けてきた。その「思想」は意外にも「無思想」である。中村さんはかつてこう書いた。「どだい人間の思想などタカが知れているという、我われの現地体験から生まれた諦観(ていかん)に基づいている。…自分だけもりあがる慈悲心や、万事を自分のものさしで裁断する論理は我われの苦手とするところである」(『アフガニスタンの診療所から』)

 中村さんは第14回「宮沢賢治イ-ハト-ブ賞」(2004年)を受賞。アフガンの地からメッセ-ジを寄せた。「賢治の描くゴ-シュ(『セロ弾きのゴ-シュ』の主人公)は欠点や美点、醜さや気高さをあわせ持つ普通の人がいかに与えられた時間を生き抜くか―示唆に富んでいます。遭遇するすべての状況が天から人への問いかけである。それに対する応答の連続が、すなわち私たちの人生そのものである。その中でこれだけは人として最低限守るべきものは何か、(ゴ-シュが)伝えてくれるような気がします。それゆえゴーシュの姿が自分と重なって仕方ありません」。そんな中村さんの目に現代ニッポンはどうな風に見えるのだろうか―。

 「アフガンで日露戦争とヒロシマ・ナガサキを知らない人はいません。3度も大英帝国の侵攻をはねのけ、ソ連にも屈しなかったアフガンだから、明治時代にアジアの小国だった日本が大国ロシアに勝った歴史に共鳴し、尊敬してくれる。戦後は、原爆を落とされた廃虚から驚異的な速度で経済大国になりながら、一度も他国に軍事介入したことがない姿を称賛する。言ってみれば、憲法9条を具現化してきた国のあり方が(アフガンの人々の)信頼の源になっているのです」(1月30日付朝日新聞)

 「アフガン国民は日本の首相の名前も、安保に関する論議も知りません。知っているのは、空爆などでアフガン国民を苦しめ続ける米国に、日本が追随していることだけです。…愛するニッポンよ。お前も我々を苦しめる側に回るのか、と。…政治的野心を持たず、見返りを求めず、強大な軍事力に頼らない民生支援に徹する。これが最良の結果を生むと、30年の経験から断言します」(同上)

 「アフガンいのちの基金」を設立し、「緑の大地計画」を展開する中村さんのこの言葉こそが「無思想」という名の「思想」そのものではないか。「雨ニモマケズ」の中の「アラユルコトヲ/ジブンヲカンジョウニ入レズニ/ヨクミキキシワカリ/ソシテワスレズ」…「ミンナニデクノボ-トヨバレ/ホメラレモセズ/クニモサレズ」という部分と「行ッテ」と繰り返し訴えかける文意―。賢治が中村さんのために捧げた詩ではないかとさえ思えてくる。


(写真はアフガンの大地にいのちを吹き込む中村医師=インタ-ネット上に公開の写真より)
2016.02.13:masuko:[身辺報告]

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