「図書館問題が10年以上にわたって、迷走を重ねた背景にはそもそも『図書館とは何ぞや』という理念がなかったからではなかったか」―。新図書館の設計状況の見直しに関する最終回の市民説明会で、私は総括的な問いかけをした。さて、プレイボール後の第1球目は「宮沢賢治はどこへ行った」。私自身がその実現に夢を持ち続けてきた執念の“一球入魂”である。
「特に宮沢賢治に関する資料については、今後出版される資料はもちろん、未所蔵で購入可能な資料は古本も含め積極的に収集。宮沢賢治専用のスペースを設けることを検討します」―。「新花巻図書館整備基本計画」(令和7年5月19日)にはこう明記されている。ところが、今回の設計見直しの資料にはそのスペースが見当たらないではないか。「賢治の世界観が分かるような具体的なイメージを示してほしい」と求めると、市川清志・元生涯学習部長はこんな風に答えた。
「2階のティーンズエリアに若い世代が『賢治』を感じるような、例えば『銀河鉄道の夜』をイメージできる空間を設けたり、随所に“賢治色”を散りばめたい」。食い足りないと思った私はさらに問うた。「賢治に特化した図書館をつくることができるのは花巻だけ。アフガンでテロの凶弾に倒れた医師の故中村哲さん(享年73歳)の愛読書は『セロ弾きのゴーシュ』で、遺作のタイトルはズバリ『わたしは「セロ弾きのゴーシュ』。賢治の影響を受けて、人生の岐路を決めた著名人はキラ星のごとくにいる。このように、賢治という巨木から枝分かれしていった“賢治人脈図”のようなものを展示してはどうか」―。二人の問答はさらに、以下のように迷走した。
「その種の企画展示は考えてみたい…」(市川元部長)、「現在、イーハトーブ館で『世界で読まれる賢治文学―翻訳からみる受容の拡がり』(2027年2月15日まで)という企画が行われている。賢治作品の翻訳数は日本一とも言われる。インバウンドを喚起するためにも一切合財を収蔵する考えはないか」(私)、「できるだけ…」(市川元部長)。少し、イラっとした私は第2球目を投じた。今回、計画見直しの中で新しく登場したコンセプト「新たな/あかり/ともす/広場」―についてである。
「大変失礼な言い方だが、このコンセプトにはまったく、心が響かなかった。その没個性に驚いた。これはどのような経緯で作られたのか」(私)、「基本・実施設計を委託する際、その選定副委員長だった吉成信夫さん(みんなの森 ぎふメディアコスモス・元総合プロデユーサー)から助言をいただき、我々図書館問題にかかわる職員で考えた」(市川元部長)、「当市の図書館事始めは14年前、市民有志が結集した『花巻図書館整備市民懇話会』が発した『知の泉/豊かな時間(とき)/出会いの広場』という言葉に凝縮されているのではないか。こっちに変えるつもりはないか。ぜひ、そうしてほしい」(私)、「あれはキャッチフレーズで、コンセプトとは言えない。ご意見として承るが、変えるつもりはない」(市川元部長)…
「又三郎シャフト」―。吉成さんら選定委員会(6人)によって、設計業務の受託業者に選ばれたのが今回、設計の見直しをした「昭和設計・tデ・山田紗子建築設計事務所共同企業体」だった。公開プロポーザルの際、新図書館の空調ダクトに賢治を冠して、こう命名していたのをふと、思い出した。先が思いやられるとその時は正直、そう思った。同共同企業体がいま、目指しているのが図書館と利用者を結ぶ「市民ライブラリアン」構想。こっちは必ず、実現するとのことだったので、少し肩の荷が下りた。
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「日ハ君臨シ/カガヤキハ/白金ノアメ/ソソギタリ/ワレラハ黒キ/ツチニ俯シ/マコトノクサノ/タネマケリ」(「花巻農学校精神歌」)―。いまから104年前、当時稗貫農学校(現花巻農業高校)の教師だった賢治は校歌を持たなかった生徒たちにこの歌を贈った。降り注ぐ陽光の下、大地に這いつくばるようにして「マコトノクサノタネ」の一粒一粒を蒔(ま)く産土(うぶすな)の光景が目に浮かぶ。「どっどど/どどうど/どどうど/どどう/青いくるみも吹きとばせ…」。風の又三郎(賢治作品)が歌うあの呪文のような旋律が頭上をす~っと、通り過ぎたみたいだ。「図書館はやっぱり、精神歌が産声をあげたここ(現花巻病院跡地)しかない。風の神たちを駅前のハコモノ図書館の空気の通り道に利用するなんて。それだげは止めでけれじゃ…。こんな声が銀河の彼方から降ってきた」
ちなみに、アイヌ語では「風」のことを「reraーkamuy」(風の神)と呼び、夕方に突然風が吹き止む「夕凪」(ゆうなぎ)ことを、「rera(風が)onuman(夕方に)ipe(食事する)」と表現する。「風だって、吹きまくっていたのでは腹も減るべじゃ」ー。アイヌ古老のこの言葉が頭にこびりついている。そう、アイヌにとっても賢治にとっても「風」は「神さま」そのものなのである。恵みを与えてくれたと思ったら、台風を引き連れてくるー「おっかない」存在としての…
(写真は市議4人を含め、総勢15人が参加した石鳥谷会場=10月20日午後、石鳥谷町八幡の市石鳥谷総合支所で)
《追記ー1》~開示請求文書は不存在!
10月5日に開催された新花巻図書館の「設計状況」にかかる議員説明会について、その録音記録の開示を16日付で請求していたが、21日に「不存在」の連絡があった。「当該録音記録については、担当者の会議録作成時における確認用資料として録音していたものであり、会議録の作成及び10/16市HPへの公開が完了したことから削除しております」という理由が書かれていた。
説明会を傍聴した私は以下の理由から、その証拠となる録音記録(電子媒体)の開示請求をしていたが、その経緯を次に再掲する。「懸案の『喫茶・飲食』スペースについて、私はその際の蛭田健次・建設部長の発言メモを元に『今回、見直しされた基本計画(図)の中にその存在を明示する記述がないこと』―を問題視した(13日付当ブログ参照)。ところが、この日(16日)公表された会議録には建設部局トップの「蛭田」発言そのものがそっくり、削除されていた」―。当今、霞が関界隈でも「予算カット」問題をめぐって、証拠メモの存否が話題になっているが、おそらくどちらもウソであろう。
《追記ー2》~片や、“見切り発車”のオンパレード!!
このほど開催された新花巻図書館の「設計状況」にかかる市民説明会が紛糾を見せる中、受託業者の「昭和設計・tデ・山田紗子建築設計事務所共同企業体」が10月22日に開催される第28回図書館総合展(運営委員会主催、パシフィコ横浜)で事例発表することが分かった。同共同企業体はすでに建築・デザイン雑誌「GAJAPAN」が主催する「設計プロセス展」(9月26日~12月20日)にも出品している。“外堀”が着々と埋め尽くされつつある。
《追記―3》~素朴な疑問
「誤政道」を名乗る方から、以下のようなコメントが届いた。「滅茶苦茶(めちゃくちゃ)でごじゃりまするがな」―。大正・昭和期の漫才師で喜劇俳優、花菱アチャコのギャグが口から飛び出した。それにしても、こっちもいい歳(とし)だなぁ…
「録音記録は『削除』したから結果として『不存在』になったわけだけど、紙媒体文書のように保存期限は定まっていないものなのかなあ?あと、基本設計業者はどの程度の完成品かわからないけど、議員や市民に成果を説明する前に展覧会に出展していたんですね。市民の意見を聞いて作ったとされている新花巻図書館基本計画からスペックは下がり、事業費は15億円増えている内容がどんな風に展示されたのか興味あるけど、花巻じゃなくて東京では行って見るのもできないしね。もしかしてそれが(以下、自粛)?」
《追記―4》~エビデンス(証拠)に欠ける数値の羅列~行政への信頼性は一体、どこに!?
今回の新花巻図書館の設計見直しの中で、蔵書数が当初の70万冊から40万冊に削減された根拠について、市側は「花巻地域の令和12年の目標人口62,029人をもとに再考した」としていた。ところが、市側の統計資料(人口ビジョン)によると、同年の数値は60,289人となっており、「1,740人」の誤差が生じている。一方、新図書館が1市3町の「中央館」に位置づけられているにも関わらず、なぜ全市の人口を対象にしなかったのか。「分館がある旧3町は最初から、“蚊帳の外”だったのでは…」―。周辺地区からはこんな“恨み節”も聞こえてくる。今回の市民説明会のへの旧3町の参加者が極端に少なかったことがそれを裏付けているのかもしれない。
議員説明会における会議録の「不存在」に次ぐ、今回の行政サイドの不手際に思わず、ため息がもれた。図書館の心臓部を形成する蔵書数…それを算定する際の基礎データが間違っていたというから驚きを通り越して、不信感が募った。行政への信頼性を失わせる深刻な事態である。「駅前立地」に対して、多くの市民が抱く疑念の数々もこうした花巻市政の”ぬるま湯”体質に向けられているのかも知れない。





