「イーハトーブフォーラム」ならぬ…イーハトーブ狂騒曲~あぁ「悲愴」~そういえば、賢治もベートーベン“オタク”だった!!??

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 「わずか数百字の中に『愛』が7回、『誇り』が3回、『子供』が3回。これほど中身のない『お題目』を目の当たりにして、私はただ苦笑いするしかありません」―。知人のFB上にこんな記事を見つけた。どれどれと覗(のぞ)いてみたら、本当に卒倒しそうになった。

 

 花巻市内を流れる北上川河川敷で8日に行われた「光と音のページェント花火ファンタジー」と銘打ったイベントで、主催は花巻商工会議所などでつくる「イーハトーブフォーラム実行委員会」。その際のテーマとして、HP上に掲載されたのが「私達にとっての宮沢賢治」と題する以下の文章である。いゃ~、まいった。賢治をほめ殺しにする、これほどまでの“悪文”を齢(よわい)86歳の老残は見たことがない。そして同時に、背筋に悪寒(おかん)が走った。ゾッとした。「何とも安直な”郷土愛”ではないか。奈落の果てまでとはこのことだな」と…

 

 当市は将来都市像として「イーハトーブはなまき」の実現を掲げ、全国で初となる固有名詞を冠した「賢治まちづくり課」も擁している。当ブログでも度々指摘してきたが、その「賢治」の利権化は目を覆(おお)うばかりである。共通するのは賢治を自分の都合の良いように“パクる”、いわゆる「神格化」現象である。直近では3日付の当ブログで言及した「(株)雨風太陽」(本社・花巻市、高橋博之社長)の例がある。高橋社長は持論の「関係人口」論を展開する中で、賢治を引用しながら、こう述べている(同社のHPから)

 

 「花巻が生んだ偉人、宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』の中に、『都人(みやこびと)よ来(きた)ってわれらに交(まじ)れ』という一節があります。都市と地方の分断を解消し、共に手を取り合って生きることの大切さを伝えています。(その拠点の)『HANAMAKI BASE』は、まさにこのことを具現化していくための拠点になります」―。さらに、同じ文中で賢治作詞の「(花巻農学校)精神歌」について、「作曲も賢治」と誤記。当方の訂正の求めに対しても8日現在、スルーしたままである。賢治の読解に関しては「読み手の想像力に任せるべきだ」というのは当然である。ただ、「誤記」にソッポを向くのとは訳が違う。

 

 ふるさと納税の返礼品の中で「賢治」の利権化が目立つようになったのは、上田東一・前市長の時代からである。例えば前述したように、令和5年度の寄付金総額は約90億6千万円で、全国13位(県内ではトップ)の座を射止めている。その多くはいわゆる“賢治もの”である。一方で、新花巻図書館の立地場所として、多くの“民意”が「精神歌」誕生の地である旧花巻病院跡地(旧稗貫農学校)を望んだにもかかわらず、こっちの「所縁」(ゆかり)は無視され、後継の小原勝市長も“駅前図書館”へ強行突破の構えである。

 

 賢治は生涯をかけて「本当の幸せ」を求め続けたと言われる。そのレガシー(遺産)を受け継ぐ私たちは、いまから「本当の賢治」を求める道行きを一歩一歩、歩み続けなければならない。

 

 なお、この日は大雨など不安定な天候が続き、一時花火の打ち上げが中止された後に再開された午後7時40分ごろの時点で、河川敷に設置された「朝日橋観測所」(高木地内)で「氾濫危険水位」(警戒レベル4相当)が観測された。しかし、HP上における告知はなく、打ち上げは続行された。こんなところにも「危機管理」のなさが現れている。

 

 

 

 

私達のこの街から宮沢賢治が生まれました
宮沢賢治の精神の中に、私達のこの街の風土が色濃く映し出されています
そして、宮沢賢治はこの街を愛していました
私達も、生まれ育ったこの街を愛し、誇りに思いたい
だから、宮沢賢治を通してこの街の素晴らしさを、あらためて認識し、
街を愛する心と誇りを持ち、そして愛する心と誇りを、子供達に伝えたい
私達の愛する街を、子供達のためにもよりよい街にするため、街づくりの活性化を行いたい、
それはとりもなおさず、郷土を愛する心からスタートするのではないでしょうか
宮沢賢治を通してこの街を愛し、愛しているこの街を活性化していきたい…
子供達がこの街で生まれ育った事を誇りに思えるように!

 

 

 

 

 

 

(写真は「イーハトーブフォーラム」のチラシ)
 


 

 

 

前途多難な船出…新体制下の初議会、さっそく「二元代表制」に逆行~”高校生”議会を見習え!!??

  • 前途多難な船出…新体制下の初議会、さっそく「二元代表制」に逆行~”高校生”議会を見習え!!??

 

 「あの”ドアマン”事件から何も進化していないのではないか」―。新体制下での初めての花巻市議会臨時会が7日開会した。議案審議の様子を中継画面で見ながら、私は初当選した当時の光景を複雑な気持ちで思い出していた。2010(平成22)年9月定例会…70歳で新人議員となった私は緊張した面持ちで議場へ向かった。次の瞬間、目の前の異様なたたずまいに思わず、足が止まった。出入り口に陣取った議会事務局員がホテルのドアマンよろしく開閉にいそしみ、胸を張った議員や市幹部が次々に議場に入っていった。

 

 「私は五体が満足だから、自分で空けますよ…」―。この“ドアマン”事件との遭遇が私の議員生活のその後を決めたと言っても良い。市側と議会側とは互いに監視し合うという「二元代表制」の大切さを学んだ私は、その理念が次々に打ち破られていく現実に打ちのめされた。世間の常識が通用しない「異次元空間」が目の前に広がっていった。そして、その光景はその後さらに顕著になりつつあった。

 

 この日の議案審議の中で、任期が終わった議員選出の「監査委員」人事が行われた。地方自治法の規定により、当市では識見を有する委員と議員の中から選ばれる委員の二人体制になっている。新たに選任されたのは市職員(旧東和町を含む)をへて、市議会議員に転じた当選4回のベテラン議員。この人事案件が討論を省略し、全会一致で可決される様子を目の当たりにしながら、私は議会制民主主義の生命線である「二元代表制」が音を立てて崩れ落ちるのを感じた。

 

 「予算などを承認した議員が今度はその執行を監視する」―。そもそも、一人二役のこの“利害相反”関係こそが二元代表制とは相容れないのではないか。こんな批判が高まったため、上位法である地方自治法は2017(平成29)年、議員の選任義務を「選択制」にする法改正を行い、滋賀県の大津市や長浜市、茨城県牛久市などではすでに、議員選出の監査委員は廃止している。その一方で、当市ではこの日の初議会で逆に「一人三役」(元職員×現職市議×監査委員)という時代逆行を強行した。大津市など先進自治体の関係者は以下のように忠告する。

 

 「行政OBとしての“身内バイアス”によって、監査の客観性や独立性が損なわれやすくなる」、「元職員としての知見は議会の場で、執行部への鋭い質問や政策提言として発揮されるべきだ」……。昨年開かれた”高校生”議会では市内7校の20人が「花巻の将来」を共通テーマに活発な議論を繰り広げた。“タコツボ”議員や”ソンタク”議員の道に迷い込まないためにも、まずは若き後輩議員たちの意見に謙虚に耳を語るべきであろう。

 

 「二元代表制こそが、議会のいのち」―。この日、新議長に就任した佐藤峰樹議員(明和会)こう、胸を張った。「事実は小説よりも奇なり」ー。“舌先三寸”とはこのことではないのか。虚しさだけが残った。一方の小原勝市長はと言えば…。新図書館問題の説明回避や補助金の対象相手とのズブズブの関係、そして本来なら絶対に避けなければならないはずの元職員で現職議員の「監査委員」への登用などなど、イーハトブはなまきの「二元代表制」はすでにして、”メルトダウン”(炉心溶融)に陥っているとしか言いようがない。

 

 

 

 

 

(写真は現職議員と記念撮影に収まる高校生たち=令和7年10月28日、花巻市議会議場で=インターネット上に公開の写真から)

市の補助対象企業が“虚偽”宣伝…単なる「誤記」では済まされまい~目に余る賢治の“つまみ食い”~「イーハトーブ」が泣いている!!??

  • 市の補助対象企業が“虚偽”宣伝…単なる「誤記」では済まされまい~目に余る賢治の“つまみ食い”~「イーハトーブ」が泣いている!!??

 

 花巻市の看板政策のひとつ「関係人口」創出の補助金を受けている民間企業が誇大広告ならぬ、宮沢賢治の作品の誤記を指摘されながら、修正を怠ったままであることが明らかになった。当該企業は生産者と消費者をつなぐ「ポケットマルシェ」(ポケマル)を運営する「(株)雨風太陽」(本社・花巻市、高橋博之社長)で、今年2月に拠点となる「HANAMAKI BASE」を市内中心部にオープンさせた。ミーティングルームや作業スペース、キッチン、宿泊施設などが完備している。

 

 「花巻が生んだ偉人、宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』の中に、『都人(みやこびと)よ来(きた)ってわれらに交(まじ)れ』という一節があります。都市と地方の分断を解消し、共に手を取り合って生きることの大切さを伝えています。『HANAMAKI BASE』は、まさにこのことを具現化していくための拠点になります」―

 

 高橋社長は会社案内(HP)にこう書き、以下のように続けている。「朝7時、『HANAMAKI BASE』から徒歩3分のところにある花巻市役所から、時刻を知らせるチャイムの代わりに、宮沢賢治が作詞作曲した『精神歌』、そして夜7時には『星めぐりの歌』のメロディーが流れます。客室の名前(筆者注=ジョバンニ、カムパネルラ、クランボン、ゴーシュ)は、宮沢賢治の作品『銀河鉄道の夜』、『セロ弾きのゴーシュ』、『やまなし』の登場人物名になっています」

 

 文中の「精神歌」は正式には「花巻農学校精神歌」。賢治が当時、“桑っこ大学”と呼ばれていた「稗貫農学校」(現、県立花巻農業高校)の教師時代の大正11(1922)年2月、校歌を持たなかった生徒たちのために作詞した。先の文中では作曲も賢治とされているが、実際には同僚教師から紹介された盛岡高等農林学校(現、岩手大学)の学生、「川村悟郎」が曲をつけたという説が宮沢賢治学会など研究者の間の定説となっている。二人は宿直室でベビーオルガンを弾きながら、「詞曲」のハーモニー合わせに没頭したというエピソードが伝えられている。

 

 「日ハ君臨シ カガヤキハ/白金ノアメ ソソギタリ/ワレラハ黒キ ツチニ俯シ/マコトノクサノ タネマケリ…」―。詩と旋律とが見事なまでに融合したこの歌はいまでは、“市民歌”としても歌い継がれている。「賢治ゆかりのこの地こそが、賢治精神を詰め込んだ図書館に最もふさわしいのではないか」。一方では精神歌が誕生したこの旧稗貫農学校跡地(元総合花巻病院)が新図書館の有力な立地候補地として浮上したが、市側は市民が渇望(かつぼう)する“民意”を無視する形で、駅前立地を強行しつつある。

 

 「二地域居住や関係人口の創出を図るため、イベント等を開催するほか、市内民間施設を活用した『(仮称)花巻市関係人口おためし居住』」―という謳い文句で、市議会6月定例会は「移住定住促進等対策事業費」として、5,463千円を予算を議決した。これを受けて市側は今月8日にワークショップ「二地域居住・お試し居住を考える」を開催。高橋社長も「二地域居住って、なあに」と題するミニトークに参加する予定になっている。

 

 ところで、先の市議会議員選挙(7月26日投開票)で初当選した葛巻徹議員(会派「緑の風」)自らが社長を務める「(株)Pサポ東北」の事務所所も「HANAMAKI BASE」内に置かれている。「精神歌は人口に膾炙(かいしゃ)し、今では世界中で歌われている」という趣旨を込め、私は葛巻議員に対し「単なる誤記では済まされない。すみやかな訂正と賢治精神の学び直し」―を求めるメールを当選直後に送った。「(高橋社長に)伝えます」という返信があったものの8月5日現在、まだ「作詞作曲」のまま放置されている。ちなみに、葛巻議員は今年1月の市長選にも挑戦したが、その際の公約には賢治とのゆかりも薄い“駅前図書館”の実現を掲げていた。

 

 「星めぐりコイン」や「黒ぶだう牛」、「雨ニモマケズ」体験セットなどなど、ふるさと納税(イーハトーブ花巻応援寄付金)の返礼品の中には賢治関連が圧倒的に多い。高橋社長が手がける「ポケマル」ふるさと納税もそのひとつである。令和5年度の寄付金総額は約90億6千万円で、全国13位(県内ではトップ)の座を射止めた。こうしたふるさと納税にあり方については、賢治ファンなどから「賢治」を利権として利用したある種の“官製”詐欺ではないかという厳しい声も聞かれる。

 

 世界に誇るイーハトーブ(賢治命名の理想郷)の「レガシー」(遺産)を弄(もてあそ)ぶような愚(ぐ)だけは厳に慎まなければならない。

 

 

 

 

 

(写真は「関係人口」創出の拠点「HANAMAKI BASE」=花巻市仲町で)

 

望郷記(その1)…“帰郷宣言”~霊峰・早池峰山に誘われながら!!??

  • 望郷記(その1)…“帰郷宣言”~霊峰・早池峰山に誘われながら!!??

 

 ふるさとに戻って、早や四半世紀が過ぎた。後先も見ないまま、がむしゃらに突き進んできた我が“図書館”戦争もハタと気がつけば、敵の包囲網の真っ只中。「そろそろ、店じまいということか」とそんなことをツラツラと考えていたある日、本棚の奥から「望郷記」と題したメモ書きが出てきた。茶褐色に変色した字面の背後から、言葉たちがまるで息を吹き返したかのように飛び出してきた。「そうだったのか。ここに初発の源(みなもと)があったのか」と妙に得心した。先が見えてきた老残(86歳)の“覚書”として、ここに書きとどめておこうと思う。

 

 

 

 

 ご無沙汰しておりますが、お元気のことと思います。さて、私は(2000年)3月31日をもって朝日新聞社を定年退職し、これを機にふるさとに居を移しました。35年間の記者生活の三分の二近くが九州と北海道の勤務でした。筑豊や三池、水俣、沖縄、そしてアイヌコタンや国境のまち・根室、夕張の閉山地帯…。南と北の光景が今もはっきりとまなうらに刻まれています。いずれも近代日本の繁栄に打ち捨てられた光景です。

 

 南北両眼に映る東京(中央)のたたずまいが何とも、グロテスクで不気味なものに見えるようになったのはいつ頃からだったでしょうか。身の置き所がないというか、居心地が悪いという気持ちが近年、ますます強くなっていました。バーチャルランド(仮想国)と化した中央の光景に焦点が合わなくなってきていたのかも知れません。そろそろ潮時だと思っていた時期がちょうど、定年に重なりました。迷うことなく、ふるさとに帰る決心をしました。

 

 ふるさとで久しぶりに腰の曲がったお年寄りたちと出会いました。地面と平行なほどに腰の折れ曲がったおじいさんやおばあさんは言葉少なにこう語るのでした。「貧乏人の子だくさんだったからねぇ。田んぼや畑とにらめっこの人生だったよ」。働く(労働)ということの真の意味を思い知らされる言葉でした。その辛苦を思えば甘い感傷など許されるはずはないと知りつつも、なぜかホッとさせられるのでした。

 

 「背伸びをしながら、落ち着かない表情であたりをキョロキョロと眺めまわして暮らす人間と比べると、一木一草のいのちをじっと、見つめ続けてきたこの人たちの人生の方がはるかに気高いのではないか」と―

 

 これから先は南の眼と北の眼を大きく見開きながら、「化外(けがい)の民」と言われ続けてきた、この地の人々の記憶の古層(例えば、それは蝦夷とか東北アイヌと呼ばれた人々の記憶)をたどる旅を続けたいと思っています。この国の成り立ちを考え直すためにも、そのことがとても大切だという思いを募らせています。

 

 町はずれに掘っ建て小屋を建てました。お年寄りたちが労働の疲れをいやす湯治宿も近くにあります。ぜひ一度、足を運んでください。在職中は本当にお世話になりました。また、これまでの非礼を重ねてお詫びいたします。健康にはくれぐれもお気をつけてください。ますますのご発展をお祈りしております。

 

(2000年=平成12年春、定年と帰郷の挨拶状から)

 

 

 

 

(写真はわが家から遠望する霊峰・早池峰山。この山が望める場所を居所に定めた=花巻市桜町4丁目の自宅から)

 

図書館“論議”、原点に立ち返れ…当選議員の半数以上が「駅前立地」への審議に不関与~小原市長は改めて、丁寧な説明責任を~いまこそ、「二元代表制」の真価を!!??

  • 図書館“論議”、原点に立ち返れ…当選議員の半数以上が「駅前立地」への審議に不関与~小原市長は改めて、丁寧な説明責任を~いまこそ、「二元代表制」の真価を!!??

 

 (7月)26日に投開票された花巻市議会議員選挙の結果、31人の立候補者の中から、26人が新しい議員に選ばれた。内訳は現職が16人、元職が2人でこの2人を除いた8人(新人)が初当選した。新花巻図書館問題が「駅前か病院跡地か」という民意を二分した“立地”論争に発展したきっかけは、2020(令和2)年1月29日、上田東一・前市長が議会や市民の頭越しに突然、公表した住宅付き図書館の「駅前立地」構想だった。一方、この図書館“迷走劇”の当時に在籍していた議員で、今回再選されたのはわずか10人に過ぎない。つまり、全議員26人のうち、実に半数以上の16人が当初からの継続的な図書館”論議”には参加してこなかったことになる。

 

 小原市政は前上田市政の路線を継承し、現在「基本・実施設計」の委託業務が進められている。“駅前図書館”は予定通りに進めば、2030(令和12)年のオープンとなっている。その期間は今回の当選者の任期とすっぽり重なる。この間、令和9年度以降は図書館本体の着工に向けた巨額な予算審議など重要案件が山積している。一方、新図書館の「駅前立地」については、当初の立地候補地の「病院跡地」から現在地に変更になった理由が市側から一切説明されないまま、現在に至っている。さらに、病院跡地への立地を望む6,181筆に及ぶ署名や住民投票の実施要望に対しても小原市政は無視・黙殺の強行姿勢を崩していない。

 

 こうした大プロジェクトを審議する花巻市議会9月定例会は9月9日に開会される(会期は10月5日までの27日間)。とくに、新人議員がイーハトーブ花巻の未来を占う新花巻図書館のあり方について、どんな論戦を挑むかが注目される。他方の小原勝市長は新体制下の初議会において、「駅前立地」に至る経緯について、前市長の”コピペ”発言を繰り返すのではなく、今度こそ自分自身の信念の言葉で説明責任を果たしてほしい。当局側と議会側とが互いに監視し合うという「二元代表制」の真価が問われる時が近づいている。

 

 

 

 

 

(写真は6月定例会で答弁に立つ小原市長=花巻市議会議場で=インターネット中継の画像から)

 

 

 

 

 

 以下に気まぐれに任せて作成した新図書館略年表(戯曲名「新花巻図書館“迷走”交響曲―「駅前立地」というミステリー=作詞・作曲 宮沢賢治)を紹介する。

 

 

●序章(2013年)―「イーハトーブ」(夢の国)の夜明け

 

 花巻図書館整備市民懇話会が発した「知の泉/豊かな時間(とき)/出会いの広場」―をキャッチフレーズに掲げた「花巻中央図書館基本計画」策定(5月)。旧花巻厚生病院跡地(現総合花巻病院)に「こどもの城」を併設する複合施設の立地を決定。大石満男市政下の議会側も了承

 

●第1楽章(2014年)―市長交代、政策転換へ

 

 上田東一・新市長の就任に伴い、「旧厚生病院」跡地案を撤回。新たに策定された「花巻市立地適正化計画」(2016年6月1日)の中で、「まなび学園周辺への図書館の移転・整備事業」と「総合花巻病院の(旧厚生病院跡地へ)の移転・新築」を明記。一躍、旧総合花巻病院跡地が図書館立地の有力候補地に

 

●第2楽章(2015年~16年)―総合花巻病院移転問題が急浮上

 

 「移転整備基本構想」(案)が公表(2015年11月9日)。総事業費99億のうち、市補助金が約30億円。翌年の16年12月2日公表の「移転新築整備・基本構想」(概要)で、総事業費を86・9億円に圧縮、市補助金は19,7500万円(うち、単独補助12億円)

 

●第3楽章(2017年)―“密室”行政の存在が明るみに

 

 公文書の開示請求をした結果、JR東日本と市側との間で非公開の「花巻市まちづくり勉強会」(6月7日)と「花巻駅周辺整備調査定例会」(12月15日)という組織の存在が判明。花巻駅橋上化(東西自由通路)と新図書館とを「ワンセット」(一体化)にする案などを検討。その一方で、市側は立地候補地を複数個所に拡大する「新花巻図書館整備基本構想」(8月15日)を策定

 

●第4楽章(2020年)―あっと、驚く「サプライズ」図書館

 

 正月気分も抜けない1月末、「住宅付き」図書館の駅前立地という構想が議会や市民の頭越しに突然、公表。花巻駅前のJR所有地に50年間の定期借地権を設定し、賃貸住宅を併設するという内容。大方が反対し、同年11月に住宅併設と借地権設定については白紙撤回するも「駅前立地」の旗は降ろさず。新築移転の総合花巻病院がオープン(3月1日)

 

●第5楽章(2021年)―「試案検討会議」という名の世論誘導?

 

 図書館協議会や社会教育委員会議など市側が委嘱する各種団体を主体とする「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」なる組織が誕生。駅前立地へ向けた“地ならし”の先導役に

 

●第6楽章(2022年)―「駅前立地」への動きが急加速

 

 「試案検討会議」の結論を受け、上田市長が9月定例会で「駅前立地」を正式表明。駅前と病院跡地の二つの「事業費比較」調査の実施へ。立地場所の変更には言及せず

 

●第7楽章(2023年)―「病院跡地」への立地を求め、署名運動

 

 「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」(瀧 成子代表、3団体で構成)が4,730筆の署名を添えて、上田市長に請願書を提出。最終的な署名数は花巻市内在住者だけで、6、181筆に

 

●第8楽章(2024年)―対話型「市民会議」が発足へ

 

  「事業費比較」調査を受け、立地場所の意見集約を行うための対話型「市民会議」が発足。無作為抽出した3,500人の中から、参加を希望した75人で構成。4回の会議すべてに出席した人はわずか42人で、6人は一度も出席しなかったことが明るみに。集約の結果、「駅前立地」に最終決定。旧花巻病院跡地の譲渡交渉が妥結、価格は約3億2千万円

 

●第9楽章(2025年)―「新花巻図書館整備基本計画」が正式策定へ

 

 パブリックコメント(意見公募)や市民説明会を経て、市教育委員会議で「基本計画」が原案通りに可決。議会側も「駅前立地」へゴーサイン。公募プロポーザルに応募した61企業体の中から「昭和設計・tデ・山田紗子建設設計事務所共同企業体」が設計業務を受託。上田市長が4選出馬の断念を表明

 

●第10楽章(2026年)―新市長が「上田」路線の継承を表明

 

 「市民一丸」を掲げた小原勝・新市長が誕生(2月5日)。新図書館の立地については「上田」路線の継承を明言。「市長との対話」(4月16日)、「市長へのメール」(4月20日)、「市政懇談会」(5月22日)の場でも強硬姿勢は崩さず。「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」が6月4日付で求めた市長権限に基づく「住民投票」の実施に対しても拒否回答。「口先だけの公約ではなかったのか」という批判も

 

●終章(2026年~30年)―銀河の郷 輝く未来へ!

 

 小原市政が強硬路線に転じる中、市民の関心事は7月19日告示、同26日投開票の「夏の陣」(市議会議員選挙)へ。開票の結果、31人の立候補者の中から26人が当選を果たし、令和12年のオープンを目指して新体制がスタート

 

 

 

《追記》~市議選「考現学」~図書館問題の行方は!!??

 

 

 一市3町が合併した「新市誕生」(2006年)以降、今回まで6回の市議選が施行されたが、投票率は下降の一途をたどり、今回(7月26日)の集計では50・37%と過去最低を記録した。前回(2022年)比で4・84%減となり、有効得票数も5,647票と大幅に減った。26人の当選者の中で、前回より票数を伸ばしたのはわずか2人だけで、残りの現職は軒並み減票を余儀なくされた。では、民意を二分した新図書館問題に対する有権者の反応はどうだったのか―数字の群れをかき分けながら、その行方を探ってみた。

 

 市民運動にまで発展したこの案件に積極的に関与した市議会会派に「緑の風」と「はなまき市民クラブ」がある。「緑の風」は2023年11月、「はなまき市民クラブ」から離脱して立ち上げられた。当初は新図書館の病院跡地への立地に主導的なかかわりを持ったが、最終段階では「駅前立地」に舵を切った。最後まで“駅前図書館”に対し、反対を貫いたのは「はなまき市民クラブ」と共産党会派だけだった。

 

 今回の市議選で「はなまき市民クラブ」(3人)は前回に比べて、729票を失ったのに対し、「緑の風」(3人)は倍以上の1,628票の減票を強いられた。病院跡地への立地署名活動を続けてきた市民の一人は「土壇場でハシゴを外された感じだった」と話した。「何かを変えてくれる」と期待したというこの市民の気持ちは、高市“旋風”が巻き起こしたあの高支持率の凋落ぶりとどこか、似ている気がしないでもない。「騙(だま)された」と…