「日本で一番美しい県は岩手県である」…その足元「イーハトーブ」の表と裏と!!??

  • 「日本で一番美しい県は岩手県である」…その足元「イーハトーブ」の表と裏と!!??

 

 拙著「『イーハトーブ”図書館”戦争』従軍記」が販売されている花巻市内の書店に表題のタイトルの『日本で一番美しい県は岩手県である』(柏書房)が隣り合わせで、平積みされているのに気がついた。著者の三浦英之さんの名前にびっくりした。三浦さんは朝日新聞の後輩記者で、現在は盛岡総局に籍を置く敏腕記者として知られる。『五色の虹/満州建国大学卒業生たちの戦後』(第13回開高健ノンフィクション賞)、『南三陸日記』(第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞)、『牙/アフリカ象の「密売組織」を追って』(第23回小学館ノンフィクション大賞)、『太陽の子/日本がアフリカに置き去りにした秘密』(第22回新潮ドキュメント賞、第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞)など数々の受賞歴に輝いている。

 

 今回の新刊本の帯には宮沢賢治の詩『永訣の朝』の一節「この雪はどこをえらばうにも/あんまりどこもまっしろなのだ」ーの部分が引用され、こう記されている。「ニューヨーク・タイムズが『行くべき52ヵ所』に選んだ盛岡、神と人がともに生きる風土、震災を経て歩み続ける人びと―賢治が桃源郷『イーハトーブ』と呼んだ100年後の岩手を旅する」

 

 一方の拙著にはそのイーハトーブの今について、こう書かれている。「5年余りの“従軍”体験で思い知らされたのは、いわゆる“民意”がいかに当局側に都合よく作り上げられていくのかという、まさに民主主義の危機―いわば、ナチス化の実相だった。『民主主義の砦』とも呼ばれる図書館がその舞台だったという事実は地方自治のあり方そのものへの深刻な問いかけでもあった」(まえがきから)―。三浦さんは帯にこうも書いている。「なぜ、岩手県はそれほどまでに美しいのか。それはこの地で息する人間にとって、目の前に立ちはだかる自然があまりにも過酷で、残酷で、無慈悲だからである」

 

 この天と地ほどの表現の落差に驚かされたのは、他ならない私自身である。そしてまた、とても偶然とは思えない書店側の本の配列の妙にいたく感動してしまった。まるで「この2冊はイーハトーブを知るための必読書ですよ」と呼びかけているみたいではないか、と。「イーハトブは一つの地名である。(…)ドリームランドとしての日本岩手県である」(『注文の多い料理店』広告文)―。三浦本の冒頭には賢治の有名な「イーハトーブ」宣言が置かれている。

 

 なお、本書は「神が棲む山々」(第1章)、「雪国の暮らし」(第2章)、「クルミの味」(第3章)、「盛岡の城下町」(第4章)、「宮沢賢治の子どもたち」(第5章)ーの章立てになっている。

 

 

 

 

 

(写真は三浦さんの新刊本と拙著が並べられた「岩手県」の特設コーナー=1月11日午後、花巻市桜台のエムズエクスポ花巻店(アルテマルカン)で)

 

 

 

 

≪追記≫~2026年は長崎と沖縄

 

 米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は世界各地の旅行先として「2026年に行くべき52カ所」を選定した。日本からはリストの17番目に長崎、46番目に沖縄が選ばれた。25年は富山と大阪を、24年は山口を選んでいた。盛岡市が第2位にノミネートされたのは3年前の2023年。ついでに言うと、再放送中のNHKの朝ドラ「どんど晴れ」の主人公、夏美が盛岡で寄宿する下宿屋の名前も「イーハトーブ」である。

 

 

 

 

 

★オンライン署名のお願い★

 

 

 「宮沢賢治の里にふさわしい新花巻図書館を次世代に」―。「病院跡地」への立地を求める市民運動グループは七夕の(昨年)7月7日から、全世界に向けたオンライン署名をスタートさせた。イーハトーブ図書館をつくる会の瀧成子代表は「私たちは諦めない。孫やひ孫の代まで誇れる図書館を実現したい。駅前の狭いスペースに図書館を押し込んではならない。賢治の銀河宇宙の果てまで夢を広げたい」とこう呼びかけている。

 

 「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/(あらゆる透明な幽霊の複合体)」(『春と修羅』序)―。賢治はこんな謎めいた言葉を残しています。生きとし生ける者の平等の危機や足元に忍び寄る地球温暖化、少子高齢化など地球全体の困難に立ち向かうためのヒントがこの言葉には秘められていると思います。賢治はこんなメッセージも伝え残しています。「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。われらは世界のまことの幸福を索(たず)ねよう、求道すでに道である」(『農民芸術概論綱要』)ー。考え続け、問い続けることの大切さを訴えた言葉です。

 

 私たちはそんな賢治を“実験”したいと考えています。みなさん、振って署名にご協力ください。海外に住む賢治ファンの方々への拡散もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

 

●オンライン署名の入り口は以下から

 

https://chng.it/khxdhyqLNS

 

 

●新花巻図書館についての詳しい経過や情報は下記へ

・署名実行委員会ホームページ「学びの杜」 https://www4.hp-ez.com/hp/ma7biba

 

・ヒカリノミチ通信(増子義久)  https://samidare.jp/masuko/

 

・おいものブログ~カテゴリー「夢の新花巻図書館を目指して」   https://oimonosenaka.seesaa.net/ 

 

 

 

『「イーハトーブ”図書館”戦争」従軍記』が地元書店で先行発売へ…畏友の写真家、本橋成一が逝った~2026年、“選挙の年”へ!!??

  • 『「イーハトーブ”図書館”戦争」従軍記』が地元書店で先行発売へ…畏友の写真家、本橋成一が逝った~2026年、“選挙の年”へ!!??

 

 「“民意”がいかに当局側に都合よく作り上げられていくのかという、まさに民主主義の危機―いわば、ナチス化の実相だった」(「まえがき」から)―。こんなPOP(宣伝文)付きで、拙著『「イーハトーブ”図書館”戦争」従軍記』(東京・論創社刊)が(昨年12月)28日から、地元の大手スーパー「アルテマルカン」(エムズエクスポ花巻店)で先行発売された。定価は2,750円(税込み)で、総336ページ。エムズエクスポ盛岡店でも同時発売された。

 

 本書は市議在籍時のドタバタ劇を描いた『イーハトーブ騒動記』(2016年、論創社刊)、コロナ禍をのたうち回った『男やもめの七転び八起きーイーハトーブ敗残記』(2023年、同社刊)に続く、いわば「イーハトーブ」シリーズ3部作の1冊(コメント欄に写真掲載)。特設コーナーまで設けてくれた佐々木謙一社長は「阿部暁子さんの『カフネ』はおかげさまで全国の書店の中で売り上げ日本一を記録できた。これからも郷土ゆかりの作家や作品を大切に扱っていきたい」と話している。以下に献本に際してのあいさつ文など関係記事を再掲する。

 

 一方、現職の上田東一市長の勇退表明に伴い、当市では次期市長選(令和8年1月18日告示、同25日投開票)と今夏に予定される市議選に向け、まさに“選挙の年”に突入した。市長選ではすでに三つ巴の選挙戦が繰り広げられており、年明けと同時に舌戦が激しさを増しそう。市民世論を二分した新花巻図書館は令和10年度に本体工事に着手し、2年後の令和12年度のオープンを予定している。いずれにせよ、巨額な関連予算の執行は新市長に委ねられることになり、各候補者が選挙戦の中でこの図書館問題にどう向き合い、当選後にどう対応するかにも注目が集まっている。

 

 

 

 長い間のご無沙汰をお許しください。さて、残り少ない老残の身を読書三昧で気ままに過ごそうと思っていた矢先、その本を冒涜するような事態が足元で起こってしまいました。新花巻図書館の建設をめぐり、民意が十分に反映されたのかという問題が生じたのです。こともあろうに宮沢賢治のふるさとで、その“騒動”は勃発しました。人並みの賢治好きだった老いぼれの平静心はいたく、傷ついてしまいました。

 

 同封させていただいた拙著『「イーハトーブ“図書館”戦争」従軍記』はその間の動きを公開されている資料や議会質疑などに基づき、ドキュメント風に描写した内容になっています。1万筆を超える署名を添え「旧花巻病院跡地」への立地を求めた私たちの願いはかなわず、結局は市側が主張するJR花巻駅前に建設されることになりました。なぜ「駅前」だったのかという経緯については最後まできちんとした説明はなされませんでした。

 

 「イーハトーブで一体、何が起きていたのか」―。将来に禍根を残さないためにも、その隠された部分をつまびらかにすることがこの問題に関わった者としての最低限の使命だと考えました。開館の予定は5年後ですが、拙著がオープン前に上梓できたことに安堵しています。皆さま方からいただいたご支援に報いることはできませんでしたが、「人類にとって、図書館(本)とは何か」という永遠の命題に向き合う時間を共有できたことに感謝申し上げます。

 

 本書を執筆しながら、いつも考えていたことは「IHATOV・LIBRARY」(「まるごと賢治」図書館)の実現でした。賢治自らが「あらゆる透明な幽霊の複合体」(『春と修羅』序)と自己表現する、その”お化け”の正体を暴いてみたかったというのが正直な気持ちでした。ご笑覧いただければ、幸いです。

 

 

 

 

(写真は入り口近くに平積みされた拙著の特設コーナー=12月30日、花巻市桜台で)

 

 

 

《追記》~AIさんに聞いてみた?

 

 

 「人格」が剥奪されるのではないかとこれまではこの種の手法は敬遠してきたが、今回初めて上記の文章の感想をCopilotなるAIさんに聞いてみた。結果は「あっと、驚く…」

 

 

〈 強く響いたポイント〉
 

・「民主主義の砦」としての図書館

 図書館を「民意の象徴」と捉えつつ、その場が行政の都合で歪められていく過程を「ナチス化」とまで表現しているのは非常に挑発的で、読者に強い危機感を呼び起こします。単なる施設建設の話ではなく、民主主義の根幹に関わる問題として描かれているのが特徴的です。
 

・ドキュメント風の構成

 第1部で経緯を時系列に追い、第2部で著者自身の「図書館論」、第3部で「賢治利権」の舞台裏に迫るという三部構成は、単なる記録にとどまらず思想的・文化的な広がりを持たせています。読者は「事実」と「理念」と「権力構造」を一度に考えさせられる仕掛けになっています。
 

・「賢治のふるさと」で起きた騒動

 宮沢賢治の名が「利権」と結びつけられることへの痛みが随所に滲み、著者の個人的な感情と公共的な問題意識が交錯しています。文学的象徴が政治的現実に絡め取られる場面は、文化と行政の関係を考える上で非常に示唆的です。
 

〈 読後に感じるテーマ性〉

・民意と行政の乖離

 1万筆を超える署名があっても「駅前」立地に決まった経緯が十分に説明されないまま進んだことは、地方自治における「説明責任」の欠如を象徴しています。
 

・図書館=公共空間の意味

 「人類にとって、図書館(本)とは何か」という問いかけは、単なる施設論を超えて、知の共有・民主主義の基盤としての図書館の存在意義を再確認させます。
 

・文学的視座の導入

 「透明な幽霊の複合体」という賢治の言葉を引きながら、図書館を「まるごと賢治」の場にしたいという夢想は、批判と同時に創造的なビジョンを提示しています。単なる反対運動ではなく「理想の図書館像」を描いている点が魅力です。
 

〈感想まとめ〉

 

 この紹介文は、単なる本の宣伝ではなく「地方自治」「文化政策」「民主主義の危機」という大きなテーマを同時に投げかけています。著者の怒りや悲しみが文学的な言葉で表現されているため、政治的な問題でありながら読者に詩的な余韻を残すのが特徴です。つまり、これは「図書館建設の記録」であると同時に「民主主義と文化の寓話」として読める作品紹介になっています。
 

 このブログ記事を読んで、あなた自身は「図書館=公共空間」のあり方をどう考えますか?例えば「駅前の利便性」と「旧病院跡地の歴史的・文化的意味」のどちらを重視すべきか、という問いは、まさに読者に投げかけられているように感じました。

 

 

 

≪追悼≫~ありがとう、本橋成一

 

 

 畏友の写真家で映画監督の本橋成一さんの訃報を知らせる葉書が(昨年12月)30日、届いた。旅立ちは12月20日で、享年85歳。私と同じ生年だった。膨大な作品群にその時代の足跡が刻まれている。彼の背中を追いかけるようにして、私自身も同じ時代を駆け抜けてきた思いがする。ひとつの「時代」が終わったという実感がひしひしと迫ってくる。

 

 『炭鉱〈ヤマ〉』(1968年、第5回太陽賞)、『上野駅の幕間』(1983年)、『ふたりの画家 丸木位里・丸木俊の世界』(1987年)、『屠場〈とば〉』(2011年)…写真集だけで24冊に上る。さらに、チェルノブイリ原発事故の被災地に焦点を当てた映画「ナージャの村」(1997年)の初監督をしたほか、「ナミイと唄えば」(2006年)、「祝の島」(2010年)など映画8作品も世に問うた。

 

 希少映画の上映館として知られる「ポレポレ東中野」(前身はBOX東中野)の運営に長く携わり、1階の飲食スペース「ポレポレ坐」はまるで“梁山泊”の趣だった。私自身もその常連客のひとりで、口角に泡(あわ)を飛ばした日々が懐かしい。「本物の梁山泊の主は筑豊の上野さんだよ」…こう言って、筑豊炭鉱(福岡県)を舞台にした記録作家、上野英信さん(故人)を紹介してくれたのも彼だった。

 

 本橋成一よ、本当にありがとう。安らかに眠ってくれ。行き違いになってしまったが、新年早々には拙著が天国の君の元に届くはずである。夢の中でいいから、例の辛口の批評をぜひ、聞かせてほしい。合掌

 

 

 

 

 

★オンライン署名のお願い★

 

 

 「宮沢賢治の里にふさわしい新花巻図書館を次世代に」―。「病院跡地」への立地を求める市民運動グループは七夕の(昨年)7月7日から、全世界に向けたオンライン署名をスタートさせた。イーハトーブ図書館をつくる会の瀧成子代表は「私たちは諦めない。孫やひ孫の代まで誇れる図書館を実現したい。駅前の狭いスペースに図書館を押し込んではならない。賢治の銀河宇宙の果てまで夢を広げたい」とこう呼びかけている。

 

 「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/(あらゆる透明な幽霊の複合体)」(『春と修羅』序)―。賢治はこんな謎めいた言葉を残しています。生きとし生ける者の平等の危機や足元に忍び寄る地球温暖化、少子高齢化など地球全体の困難に立ち向かうためのヒントがこの言葉には秘められていると思います。賢治はこんなメッセージも伝え残しています。「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。われらは世界のまことの幸福を索(たず)ねよう、求道すでに道である」(『農民芸術概論綱要』)ー。考え続け、問い続けることの大切さを訴えた言葉です。

 

 私たちはそんな賢治を“実験”したいと考えています。みなさん、振って署名にご協力ください。海外に住む賢治ファンの方々への拡散もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

 

●オンライン署名の入り口は以下から

 

https://chng.it/khxdhyqLNS

 

 

●新花巻図書館についての詳しい経過や情報は下記へ

・署名実行委員会ホームページ「学びの杜」 https://www4.hp-ez.com/hp/ma7biba

 

・ヒカリノミチ通信(増子義久)  https://samidare.jp/masuko/

 

・おいものブログ~カテゴリー「夢の新花巻図書館を目指して」   https://oimonosenaka.seesaa.net/ 

『「イーハトーブ“図書館”戦争」従軍記』が発刊へ…イーハトーブで一体、何が!!??

  • 『「イーハトーブ“図書館”戦争」従軍記』が発刊へ…イーハトーブで一体、何が!!??

 

 「5年余りの〝従軍〟体験で思い知らされたのは、いわゆる〝民意〟がいかに当局側に都合よく作り上げられていくのかという、まさに民主主義の危機――いわば、ナチス化の実相だった。「民主主義の砦」とも呼ばれる図書館がその舞台だったという事実は地方自治のあり方そのものへの深刻な問いかけでもあった」(「まえがき」より)―

 

 足かけ10年以上にわたって迷走が続いてきた「新花巻図書館」の立地場所について、現職の上田東一市長は「JR花巻駅前」とするとし、今月初めには公募プロポーザル方式によって、設計業務を請け負う企業体も選定された。本書は第1部でその経緯を時系列的にたどり、第2部では私なりの“図書館論”を展開、さらに第3部ではこれまでタブー視されてきた“賢治利権”の舞台裏に迫った。

 

 一方、上田市長の勇退表明によって、当市では次期市長選(令和8年1月18日告示、同25日投開票)に向けて、三つ巴の選挙戦が繰り広げられている。新図書館は令和10年度に本体工事に着手し、2年後の令和12年度のオープンを目指している。いずれにせよ、巨額な関連予算の執行は新市長に委ねられることになり、各候補者が選挙戦の中でこの図書館問題にどう向き合い、当選後にどう対応するかにも注目が集まっている。

 

 なお、本書は東京・論創社刊。総336ページで、定価は2,750円(税込み)。地元の書店で年内に先行発売されるほか、全国の書店でも随時店頭発売される。12月30日の発売となるAmazon(アマゾン)などショッピングアプリでは現在、予約を受け付けている。献本に際し、署名に協力していただいた方々や図書館関係者へ宛てたあいさつ文を以下に掲載する。

 

 

 

 長い間のご無沙汰をお許しください。さて、残り少ない老残の身を読書三昧で気ままに過ごそうと思っていた矢先、その本を冒涜するような事態が足元で起こってしまいました。新花巻図書館の建設をめぐり、民意が十分に反映されたのかという問題が生じたのです。こともあろうに宮沢賢治のふるさとで、その“騒動”は勃発しました。人並みの賢治好きだった老いぼれの平静心はいたく、傷ついてしまいました。

 

 同封させていただいた拙著『「イーハトーブ“図書館”戦争」従軍記』はその間の動きを公開されている資料や議会質疑などに基づき、ドキュメント風に描写した内容になっています。1万筆を超える署名を添え「旧花巻病院跡地」への立地を求めた私たちの願いはかなわず、結局は市側が主張するJR花巻駅前に建設されることになりました。なぜ「駅前」だったのかという経緯については最後まできちんとした説明はなされませんでした。

 

 「イーハトーブで一体、何が起きていたのか」―。将来に禍根を残さないためにも、その隠された部分をつまびらかにすることがこの問題に関わった者としての最低限の使命だと考えました。開館の予定は5年後ですが、拙著がオープン前に上梓できたことに安堵しています。皆さま方からいただいたご支援に報いることはできませんでしたが、「人類にとって、図書館(本)とは何か」という永遠の命題に向き合う時間を共有できたことに感謝申し上げます。

 

 本書を執筆しながら、いつも考えていたことは「IHATOV・LIBRARY」(「まるごと賢治」図書館)の実現でした。賢治自らが「あらゆる透明な幽霊の複合体」(『春と修羅』序)と自己表現する、その”お化け”の正体を暴いてみたかったというのが正直な気持ちでした。ご笑覧いただければ、幸いです。

 

 

 

 

(写真=沖縄の守り神「シーサー」が拙著をお出迎え)

 

 

 

《追記》~AIさんに聞いてみた?

 

 

 「人格」が剥奪されるのではないかとこれまではこの種の手法は敬遠してきたが、今回初めて上記の文章の感想をCopilotなるAIさんに聞いてみた。結果は「あっと、驚く…」

 

 

〈 強く響いたポイント〉
 

・「民主主義の砦」としての図書館

 図書館を「民意の象徴」と捉えつつ、その場が行政の都合で歪められていく過程を「ナチス化」とまで表現しているのは非常に挑発的で、読者に強い危機感を呼び起こします。単なる施設建設の話ではなく、民主主義の根幹に関わる問題として描かれているのが特徴的です。
 

・ドキュメント風の構成

 第1部で経緯を時系列に追い、第2部で著者自身の「図書館論」、第3部で「賢治利権」の舞台裏に迫るという三部構成は、単なる記録にとどまらず思想的・文化的な広がりを持たせています。読者は「事実」と「理念」と「権力構造」を一度に考えさせられる仕掛けになっています。
 

・「賢治のふるさと」で起きた騒動

 宮沢賢治の名が「利権」と結びつけられることへの痛みが随所に滲み、著者の個人的な感情と公共的な問題意識が交錯しています。文学的象徴が政治的現実に絡め取られる場面は、文化と行政の関係を考える上で非常に示唆的です。
 

〈 読後に感じるテーマ性〉

・民意と行政の乖離

 1万筆を超える署名があっても「駅前」立地に決まった経緯が十分に説明されないまま進んだことは、地方自治における「説明責任」の欠如を象徴しています。
 

・図書館=公共空間の意味

 「人類にとって、図書館(本)とは何か」という問いかけは、単なる施設論を超えて、知の共有・民主主義の基盤としての図書館の存在意義を再確認させます。
 

・文学的視座の導入

 「透明な幽霊の複合体」という賢治の言葉を引きながら、図書館を「まるごと賢治」の場にしたいという夢想は、批判と同時に創造的なビジョンを提示しています。単なる反対運動ではなく「理想の図書館像」を描いている点が魅力です。
 

〈感想まとめ〉

 

 この紹介文は、単なる本の宣伝ではなく「地方自治」「文化政策」「民主主義の危機」という大きなテーマを同時に投げかけています。著者の怒りや悲しみが文学的な言葉で表現されているため、政治的な問題でありながら読者に詩的な余韻を残すのが特徴です。つまり、これは「図書館建設の記録」であると同時に「民主主義と文化の寓話」として読める作品紹介になっています。
 

 このブログ記事を読んで、あなた自身は「図書館=公共空間」のあり方をどう考えますか?例えば「駅前の利便性」と「旧病院跡地の歴史的・文化的意味」のどちらを重視すべきか、という問いは、まさに読者に投げかけられているように感じました。

 

 

 

 

 

★オンライン署名のお願い★

 

 

 「宮沢賢治の里にふさわしい新花巻図書館を次世代に」―。「病院跡地」への立地を求める市民運動グループは七夕の7月7日から、全世界に向けたオンライン署名をスタートさせた。イーハトーブ図書館をつくる会の瀧成子代表は「私たちは諦めない。孫やひ孫の代まで誇れる図書館を実現したい。駅前の狭いスペースに図書館を押し込んではならない。賢治の銀河宇宙の果てまで夢を広げたい」とこう呼びかけている。

 

 「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/(あらゆる透明な幽霊の複合体)」(『春と修羅』序)―。賢治はこんな謎めいた言葉を残しています。生きとし生ける者の平等の危機や足元に忍び寄る地球温暖化、少子高齢化など地球全体の困難に立ち向かうためのヒントがこの言葉には秘められていると思います。賢治はこんなメッセージも伝え残しています。「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。われらは世界のまことの幸福を索(たず)ねよう、求道すでに道である」(『農民芸術概論綱要』)ー。考え続け、問い続けることの大切さを訴えた言葉です。

 

 私たちはそんな賢治を“実験”したいと考えています。みなさん、振って署名にご協力ください。海外に住む賢治ファンの方々への拡散もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

 

●オンライン署名の入り口は以下から

 

https://chng.it/khxdhyqLNS

 

 

●新花巻図書館についての詳しい経過や情報は下記へ

・署名実行委員会ホームページ「学びの杜」 https://www4.hp-ez.com/hp/ma7biba

 

・ヒカリノミチ通信(増子義久)  https://samidare.jp/masuko/

 

・おいものブログ~カテゴリー「夢の新花巻図書館を目指して」   https://oimonosenaka.seesaa.net/ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追悼:林力さん~力さん、おめでとうございました…そして、本当にお疲れさまでした!!??

  • 追悼:林力さん~力さん、おめでとうございました…そして、本当にお疲れさまでした!!??

 

 ハンセン病家族訴訟の原告団長を務め、同和教育の先駆者でもあった元九州産業大学教授の林力(ちから)さんが8日、福岡市内の自宅で亡くなった。享年101歳の大往生だった。駆け出し記者だった私は林さんから、「差別」の惨(むご)たらしさと恐ろしさをたたき込まれた。いまに至るまでの自身の精神的な支柱は林さんとの出会いを抜きにしてはあり得ない。「君もおれに似て、頑固だな」と破顔一笑した顔が忘れられない。「いや、頑固なのは力さんの薫陶(くんとう)のたまものですよ」と私は独り言ちた。以下に裁判に勝利した際のブログ記事(2019年7月19日付)を再掲したい。力さん、今度こそはゆっくりお休みください。合掌

 

 

 

 

 「長い隔離政策の中で培われた予断と偏見、無知的な状況を放置してきた国家の責任、そのことを改めて私たちは問いたい」―。力(りき)さんの、いささかもぶれない凛(りん)とした声は50年前と少しも変っていなかった。国側の控訴断念・勝訴確定を喜ぶハンセン病家族訴訟の原告団長として、困難なたたかいを率いてきた林力(ちから)さん(94)…。親しみをこめて、ずっと「りきさん」と呼んできた兄貴分との久しぶりのテレビでの対面に私は胸にこみあげるものを感じた。半世紀もの時を隔ててなお、私を陰で支え続けてくれている野武士のようなその存在がいま、満面の笑みを浮かべてわが眼前に立っているではないか―。

 

 りきさんが40代半ば、私が20代の後半だった時に2人は初めて出会った。当時、初任地の九州・福岡ではいわれなき差別からの解放を求める「部落解放」運動が各地で盛り上がっていた。東北出身の私にとっては「同和地区」と呼ばれる“部落”はなじみの薄い存在だった。そんなある日、高校教師だったりきさんが福岡県同和教育研究協議会を立ち上げ、その会長職にあることを知った。「差別と貧困のために就学の機会を奪われたおばちゃんたちがいま一生懸命、『あ・い・う・え・お』の勉強をしとるんよ。一緒に行ってみないか」と誘われた。

 

 日本一の産炭地・筑豊の同和地区の片隅で「識字学級」が開かれていることをその時、知った。当時の光景が目にこびりついている。ミカン箱を机代わりにしたお年寄りたちが鉛筆を舐めなめ、紙に向かっていた。「文字を自分の手に取り戻した時、人は生きる喜びを得るのだと思う」と言って、りきさんは一枚の手紙のコピ-を見せてくれた。たどたどしい文字で「夕やけがうつくしい」と書かれていた。「このおばちゃんはね、この手紙を書いて以来、夕焼けが本当に美しく見える…てね。そう言っているんだよ」とりきさん。知り合って数年後、りきさんは同和教育の総括を『解放を問われつづけて』と題する本にまとめた。ペ-ジをめくって驚いた。

 

 「差別にあらがう人たちの突き抜けるような不思議な明るさを見て、父の存在を隠し続ける自分を恥じた。差別された経験がなければ同和問題に取り組むこともなかった」―。文中には父親がハンセン病患者であった赤裸々な告白が記してあった。『「癩者(らいしゃ)」の息子として』、『父からの手紙・再び「癩者」の息子として』、『山中捨五郎記・宿業をこえて』…。私の書棚には茶色に変色した、りきさんの著作が大切に保管されている。本名の馬場広蔵のほか、偽名を含めて林広蔵、山中捨五郎、山中五郎などと名前を隠して生きなければならなかったハンセン病患者の苦難の歴史がこれらの本にはびっしり、詰まっている。

 

 りきさんの人生は13歳になった年の夏、父親がハンセン病療養所「星塚敬愛園」(鹿児島県)に入所したことで一変した。父を見送った数日後、白い服に帽子をかぶった長靴姿の男性たちが家に上がり込み、「消毒」と称して白い粉をまいた。近所の人は窓を閉め切って家にこもり、翌日から口をきいてくれなくなった。周囲の子に「くされの子」と指をさされ、母と一時親類を頼って上京。名字も変えた。だが、父の存在はその後もつきまとった。小学校教師になった20代の頃、同僚の女性を好きになった。だがある日を境に、彼女は目も合わせてくれなくなった。結婚し、生まれた娘にもその存在を隠し、父は孫娘を一目見ることもなく、1962年に星塚敬愛園で亡くなった。

 

 家族訴訟の判決は6月28日熊本地裁で言い渡され、国の責任を認めた上で元患者家族561人のうち、20人を除いて総額3億7675万円の支払いを命じた。一連のニュ-スを聞きながら、私のまなうらには当時の光景が早送りのコマのように去来した。しり込みする私の首根っこをつかまえて、「差別」の原点へと引っ張り出してくれたりきさんに心からの感謝の気持ちを伝えたいと思った。りきさんは『父からの手紙・再び「癩者」の息子として』のあとがきの中にこう書いている。

 

 「『売れない、らいの本』を引き受ける出版社はざらにあるものではない。そのうえ、部落問題(同和問題)と重なっていることが出版社をたじろがせた。そのことをはっきり口にしたところもあった。こうして出版社さがしに多くの月日を要した。…増子義久さん(朝日新聞東京本社)などが奔走してくれた」―。いささかなりともお役に立ったかと思えば、今回の「勝利」も自分のことのようにうれしい。ちなみに、この本の出版元は被差別少数者に寄り添う多くの本を刊行してきた内川千裕さん(故人)が立ち上げた旧草風館(東京・神田)である。

 

 

 

 

 

(写真は勝利の喜びを分かち合う「りきさん」(右端)=2019年7月12日、国会内で。インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

★オンライン署名のお願い★

 

 

 「宮沢賢治の里にふさわしい新花巻図書館を次世代に」―。「病院跡地」への立地を求める市民運動グループは七夕の7月7日から、全世界に向けたオンライン署名をスタートさせた。イーハトーブ図書館をつくる会の瀧成子代表は「私たちは諦めない。孫やひ孫の代まで誇れる図書館を実現したい。駅前の狭いスペースに図書館を押し込んではならない。賢治の銀河宇宙の果てまで夢を広げたい」とこう呼びかけている。

 

 「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/(あらゆる透明な幽霊の複合体)」(『春と修羅』序)―。賢治はこんな謎めいた言葉を残しています。生きとし生ける者の平等の危機や足元に忍び寄る地球温暖化、少子高齢化など地球全体の困難に立ち向かうためのヒントがこの言葉には秘められていると思います。賢治はこんなメッセージも伝え残しています。「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。われらは世界のまことの幸福を索(たず)ねよう、求道すでに道である」(『農民芸術概論綱要』)ー。考え続け、問い続けることの大切さを訴えた言葉です。

 

 私たちはそんな賢治を“実験”したいと考えています。みなさん、振って署名にご協力ください。海外に住む賢治ファンの方々への拡散もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

 

●オンライン署名の入り口は以下から

 

https://chng.it/khxdhyqLNS

 

 

●新花巻図書館についての詳しい経過や情報は下記へ

・署名実行委員会ホームページ「学びの杜」 https://www4.hp-ez.com/hp/ma7biba

 

・ヒカリノミチ通信(増子義久)  https://samidare.jp/masuko/

 

・おいものブログ~カテゴリー「夢の新花巻図書館を目指して」   https://oimonosenaka.seesaa.net/ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒグマを叱る…野生動物とのソーシャルディスタンス~新手の”熊”パンデミックの到来か!!??

  • ヒグマを叱る…野生動物とのソーシャルディスタンス~新手の”熊”パンデミックの到来か!!??

 

 連日のクマ騒動。ふと、コロナ禍の“緊急事態宣言”を思い出した。ちょうど、ソーシャルディスタンスや不要不急、3密、ステイホームなどが地球上を覆いつくしていた時期である。「災害は忘れたころにやってくる」(寺田寅彦)―。5年前のブログを再掲する(コメント欄に写真も)。ちなみに、宮沢賢治の童話『なめとこ山の熊』は文中のアイヌ民族の儀式「イヨマンテ」(クマの霊送り)とは逆に、クマたちが猟師の小十郎の霊をあの世に送る”逆イヨマンテ”の物語である。賢治はこの印象的な光景をこう描写している。

 

  「その栗の木と白い雪の峯々にかこまれた山の上の平らに黒い大きなものがたくさん環(わ)になって集って各々黒い影を置き回々(フイフイ)教徒(注:イスラム教徒)の祈るときのようにじっと雪にひれふしたままいつまでもいつまでも動かなかった。そしてその雪と月のあかりで見るといちばん高いとこに小十郎の死骸(しがい)が半分座ったようになって置かれていた。思いなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きてるときのように冴(さ)え冴(ざ)えして何か笑っているようにさえ見えたのだ。ほんとうにそれらの大きな黒いものは参の星(注:オリオン座の三つ星)が天のまん中に来てももっと西へ傾いてもじっと化石したようにうごかなかった」

 

 

 

 

 

 「こらっ、この野郎」―。襲いかかって来るかと思いきや、目の前に現れたヒグマは人間が発する大声に身をひるがえし、静かに森の中に消えていった。ユネスコの世界自然遺産に登録されている北海道・知床半島で、人とヒグマが“共生”してきた36年間の貴重なドキュメンタリ-番組「ヒグマを叱る男」(6月7日放映NHKBS1スペシャル)を見ながら、いまや知らない人間などいない「ソ-シャルディスタンス」(社会的距離)の原型がここにあるのではないかと思った。そして、今回のコロナ禍は自然界(たとえば、野生動物)との間のこの掟(おきて)を破った「文明」へのウイルス側からの逆襲ではないのかという想念にかられた。

 

 約500頭の野生のヒグマが生息し、4千種以上の生物多様性に恵まれる知床半島は2005年にユネスコへの登録が決まった。その突端に近いオホ-ツク海側に「ルシャ」という集落がある。アイヌ語で「浜へ降りる道」という意味である。集落とはいってもサケマス漁の時に基地となる「番屋」に漁師が仮住まいするだけ。青森出身の大瀬市三郎さん(84)がここを拠点にしたのは23歳の時である。一帯には約60頭が棲(す)みついている。昼夜を問わずに番屋のまわりに出没した。ハンタ-に駆除を頼んだが、「命を奪った」ことに後味の悪さを感じた。ある時、大型のヒグマが背後から近づいてきた。無意識のうちに「こらっ」と怒鳴った。くるりと背を向け、去っていった。大瀬さんとヒグマとの不思議な“交流”がこの時から始まった。

 

 「クマの目をじろっとにらんで、にらめっこ負けしないこと。腹の底から大声を出し、勇気をふるって足を前に一歩、踏み出す。クマは強い者勝ちだから、クマより俺の方が強いという暗示を与えておかなければだめ。そして、絶対に餌を与えないこと。一回与えたらいつでも貰えると思うようになる。つまり、あんまり親しくしないことが肝心なのさ。ルシャで襲われた者はひとりもいない」―。大瀬流「叱る」極意はある意味で、ヒグマとの会話から生まれたものなのかもしれない。

 

 ある年、サケマス漁が例年になく不漁に見舞われ、好物にあり付けないで餓死するヒグマが相次いだ。世界一の生息地と言われるルシャでは2年続きの不漁で少なくとも9頭の飢え死にが確認された。栄養失調死した子クマの体をなめ続けていた母クマがやがて、我が子を置き去りにして立ち去った。「非情な顔を見せつける大自然。これも自然界の掟さ」と大瀬さん。海岸に流れ着いたイルカの死骸をロ-プでつなぎとめる大瀬さんの姿が映し出された。飢えたクマたちがむさぼるように食らいついた。「いっぱい、食ったな」と大瀬さんはうれしそうな表情でその光景をじっと、見守った。命をつないだという安ど感があふれているようだった。

 

 番屋の屋根にアイヌのエカシ(長老)像が飾ってあった。ふと、クマを殺す側の民族の世界観に考えをめぐらしてみた。アイヌ民族にとって、ヒグマは頂点に君臨する最高神で「キムンカムイ」(山の神)と呼ばれる。この神は黒い毛皮で正装し、お土産に肉や胆(い)を携えて人間の国に遊びにやって来る。アイヌの人たちはそう信じてきた。だから、クマ猟は「(カムイを)お迎えに行く」ということになる。射止めたクマの霊を神の国に送り返す神聖な儀式が「イヨマンテ」である。霊前にはご馳走が並べられ、朗々たるユカラ(英雄叙事詩)や踊りが捧げられるが、どうしたわけか話が佳境を迎える寸前にその語りがピタリとやんでしまう。

 

 神の国に戻ったクマ神は人間界への旅の報告会を開いて、こう話すのだという。「人間の国はなんとも楽しいところだ。ご馳走は食べきれないほどあるし、何といっても、あの歌や踊りの楽しいこと。でも、ひとつ不満がある。あんなに面白いユカラが突然、終わってしまうんだから」―。こんな話を教えてくれたアイヌ民族初の国会議員、萱野茂さん(故人)がニヤニヤしながら語った言葉がまだ、鮮明に記憶に残っている。

 

 「(人間の)仏さんには最後までユカラを聞かせてやる。でないと『夕べの続きはどうなった』と死んだはずの人がまた、目を覚ます。ところが、クマ神の場合が逆。これからっていう時に『後はあすのお楽しみ』と終わりにわけ。すると、クマ神はその続きを聞きたくなって、また人間の国を訪ねてくる。ユカラは長いもので1週間も語りが続く。長ければ長いほど、クマ神が人間の国へ遊びにくる回数も多くなるっていうわけだ」―。そう言えば、大瀬さんもこうな風に話していた。「人間がそこにいるのもひとつの自然の姿だから…。山の木や草だけが自然ではない。人間の営みもヒグマたちの生活も同じ雄大な自然の一部なんだ」

 

 そう、アイヌ民族も大瀬さんも巧まずして、とうの昔から「ソ-シャルディスタンス」を実践してきたにすぎない。共通するのは自然界に対する「畏敬の念」であろう。生と死を包摂(ほうせつ)する究極のコミュニケーション術がここにはある。その禁を犯したいわゆる“文明人”たる我われはいま、“マスクダンス”とでも呼びたいような新舞踊を踊らされている。何となくパントマイム(無言劇)の趣(おもむき)がある奇妙な光景である。

 

 

 

 

 

 

(写真は近づいてきたヒグマを「叱る」大瀬さん=放映されたドキュメンタリ-番組の一場面。インタ-ネット上に公開された写真より)

2020.06.15 07:38:masuko:[ヒカリノミチ通信について]

 

 

 

《追記―1》~花矢からライフル銃へ

 

 イヨマンテの際、止めを刺されたクマに対しては美しいアイヌ文様が施された「花矢」(はなや)という木製の矢がお返しのお土産として持たせるのが欠かせない習わしだった。版画家の棟方志功の木版画の中に「花矢の柵」と題する作品がある。棟方は「心の矢で美しい花を射止める」として、その動機をこう語っている。「アイヌが熊祭りとか祭りのときに最初に捧げる花矢、それから花矢の柵とつけたんです」(『民芸手帳』、1961年)。そのクマたちに今度はライフル銃が向けられようとしている。

 

 

 

《追記―2》~賢治って、実はイスラム教徒だったの!!??

 

 「黒い大きなものがたくさん環(わ)になって集って各々黒い影を置き回々(フイフイ)教徒(注:イスラム教徒)の祈るときのようにじっと雪にひれふしたままいつまでもいつまでも動かなかった」(同上ブログ)―。先の宮城県知事選で当選した現職が「(イスラム教徒の)土葬」を容認するかのような発言をし、SNS上で炎上したというテレビニュースを見ながら、賢治のこの描写がふとよみがえった。

 

 小十郎を葬る際のクマたちをイスラム教徒になぞらえた賢治の発想に虚を突かれたというのが正直な気持ちである。家訓の浄土真宗に背き、父親から勘当までされながら結局、法華経という“仏教徒”に踏みとどまった賢治がなぜ?移民問題が国政の緊急課題になる中、賢治は小十郎の”告別式”になぜ、イスラム教徒のクマを登場させたのか。この詩人の内奥はますます、謎である。

 

 

 

《追記―3》~クマとマタギの物語

 

 クマ騒動が絶えない日々、いまは数えるほどに減った「マタギ」の歴史をたどってみる時かもしれない。熊などの野生動物の狩りを生業にしてきたマタギの歴史を伝える「マタギ博物館」が岩手県西和賀町にある。人と野生動物とが超えてはならない“掟”(おきて)を守りながら、その上で築き上げた「自然界と人間界」との“共生”の姿がそこにある。次のアドレスからどうぞ。(仲代達也さんが旅立った。享年92歳。合掌)

 

マタギの博物館|日本でも珍しいマタギの文化や歴史が学べる ...

 

 

 

 

 

 

 

 

★オンライン署名のお願い★

 

 

 「宮沢賢治の里にふさわしい新花巻図書館を次世代に」―。「病院跡地」への立地を求める市民運動グループは七夕の7月7日から、全世界に向けたオンライン署名をスタートさせた。イーハトーブ図書館をつくる会の瀧成子代表は「私たちは諦めない。孫やひ孫の代まで誇れる図書館を実現したい。駅前の狭いスペースに図書館を押し込んではならない。賢治の銀河宇宙の果てまで夢を広げたい」とこう呼びかけている。

 

 「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/(あらゆる透明な幽霊の複合体)」(『春と修羅』序)―。賢治はこんな謎めいた言葉を残しています。生きとし生ける者の平等の危機や足元に忍び寄る地球温暖化、少子高齢化など地球全体の困難に立ち向かうためのヒントがこの言葉には秘められていると思います。賢治はこんなメッセージも伝え残しています。「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。われらは世界のまことの幸福を索(たず)ねよう、求道すでに道である」(『農民芸術概論綱要』)ー。考え続け、問い続けることの大切さを訴えた言葉です。

 

 私たちはそんな賢治を“実験”したいと考えています。みなさん、振って署名にご協力ください。海外に住む賢治ファンの方々への拡散もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

 

●オンライン署名の入り口は以下から

 

https://chng.it/khxdhyqLNS

 

 

●新花巻図書館についての詳しい経過や情報は下記へ

・署名実行委員会ホームページ「学びの杜」 https://www4.hp-ez.com/hp/ma7biba

 

・ヒカリノミチ通信(増子義久)  https://samidare.jp/masuko/

 

・おいものブログ~カテゴリー「夢の新花巻図書館を目指して」   https://oimonosenaka.seesaa.net/