本日、賢治生誕130年…”銀河の一票”を託されたイーハトーブ議員たちの初見参は如何に~ドラマは史上初の6冠を達成!!??…

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 「私たちは、一人一人が輝く星で、銀河があんなにきれいなのは、一つ一つの星がきれいだから。輝く気力をなくすこともなく、安心してほんとうのさいわいを見つけることができる。そんな世界を一緒につくりませんか。何か困っていることはないですか。足りないものや多すぎるもの、不安なこと、ままならないことは何ですか。あなたを一人にしません。だから一人にならないで。たった一人のあなたが放つ、たった一つの尊い光。銀河の一票」―。東京都知事選に挑戦した元スナックのママのラスト演説はこんな高まりの中で結ばれる。

 

 テレビドラマ「銀河の一票」(2026年4月20日~6月29日まで全11話、脚本・蛭田直美、関西テレビ制作)は大物政治家の娘で秘書だった星野茉莉(黒木華)が政界の黒い闇を知り、ふとしたことで知り合ったスナック「とし子」のママ、月岡あかり(野呂佳代)を都知事選候補へと担ぎあげる「選挙エンターテイメント」である。ネタバレになるので詳細には触れないが、私はこのドラマを観ながら、原作者は実は宮沢賢治ではないかとふと、思った。

 

 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(『農民芸術概論綱要』―。星野が賢治のこの有名な言葉を読み上げることから、第1話はスタートする。『銀河鉄道の夜』『よだかの星』『グスコーブドリの伝記』『マリヴロンと少女』…。全編を通じて、陰に陽に“賢治”がひょいと、顔をのぞかせる。全11話を見終わった時、私の関心は約1ヶ月後(7月26日)に迫った花巻市議会議員選挙の成り行きに移っていた。「果たして何人の候補者が(月岡)あかりのような心に染みわたるような訴えを『銀河の一票』に届けるだろうか」……

 

 配られた選挙公報に目を通しながら、私は意表を突かれた思いがした。議員定数26人に対し、31人が出馬を表明していたが、ひとりとして「賢治」の「け」の字に言及した候補者がいなかったからである。賢治を強制するつもりは毛頭ない。ただ、「銀河の一票」の余韻がまだ、くすぶっていただけに「一人ぐらいは…」という思いにとらわれたのである。

 

 「はなまき星めぐりコイン」―。一方の市側と言えば、ふるさと納税(イーハトーブ花巻応援寄付金)のひとつとして、旅行前や旅行中に旅先の自治体に寄付ができる電子商品券を2年前に売り出した。「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」(前掲『農民芸術概論綱要』)。劇中に賢治のこんな言葉が挿入される場面が出てくる。私は銀河系に散らばる星たちが今度は「コイン」(金貨)に変身させられ、“金まみれ”になっている賢治が哀れに思えて仕方がなかった。「賢治」を利用したある種の“官製”詐欺ではないのか―。こんな怒りにも似た感情がムラムラと湧き上がってきた。

 

 今回の市議選では新人8人を含む26人が議席を獲得した。新体制下の初議会(9月定例会)は9月9日に開会される(会期は10月5日までの27日間)。“銀河の一票”を有権者から託された議員たちは二元代表制の相手方とどう向き合うのか―いまから、楽しみである。

 

 「銀河の一票」は連続ドラマ(2026年4月~6月放映)を対象とした「第128回ドラマアカデミー賞」で最優秀作品賞のほか、主演女優賞(黒木華)や助演女優賞(野呂佳代)など6部門を独占。史上初の「6冠達成」という偉業を打ち立てた。世の不正義に立ち向かった市井の人々とその背中を押し続けた“おらが賢治”……私は久しぶりに誇らしげな気分になっていた。足元で賢治“利権”の惨(むご)たらしさを見せつけられているから、なおさらである。

 

 ちなみに、本日8月27日は賢治生誕130年に当たる。河出書房新社は文藝別冊『宮沢賢治 増補新版ー玲瓏(れいろう)なる銀河系』を発行。「銀河の一票」で脚本賞を受賞した作家の蛭田さんがエッセイを寄せている。

 

 

 

 

 

 

(写真は「銀河の一票」のひとこま。左が星野、右が候補者の月岡=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記》~あなたがくれた、すきとおった、ほんとうのたべもの

 

 ドラマ「銀河の一票」の脚本を担当した蛭田直美さんが文藝別冊『宮沢賢治 増補新版』に寄せた、同上のタイトルのエッセイを読んだ。静謐(せいひつ)なる死から目を背けないという確固とした覚悟を感じた。大きな反響を呼んでいるこのドラマの底流にも「死を賭(と)す」という“覚悟”のようなものがあるように思った。

 

 私は大変、死を恐れる子どもでした。…だから、宮沢賢治は怖かった。ときにあっさりと、ときに燦然(さんぜん)と描かれる「死」が、たとえ作中で誰も死ななくても、どうしようもなく立ち昇ってくる「死」の気配が。足るを知り、置かれた場所で精いっぱい正直に、他者を思い、愛と希望を抱いて歩く道の清廉(せいれん)さ、明るさ、崇高さ、命の逞しさを力強く描いているものであっても、道の先に待っている「死」を、当然のものとして見据えているような眼差しが…

 

 あなたがくれたすきとおったほんとうのたべものは、あんなにも恐ろしい時間を、私の内側から確かに支えてくれました。おそろしいみだれたそらから、うつくしい雪がくると信じられました。きっとこれからも(要旨)

 

 

 

 

「市長へのメール」…賢治生誕130年~その背後でうごめく賢治”利権”~見て見ぬふりに異議申し立て!!??

  • 「市長へのメール」…賢治生誕130年~その背後でうごめく賢治”利権”~見て見ぬふりに異議申し立て!!??

 

 「はなまき星めぐりコイン」や「黒ぶだう牛」、「雨ニモマケズ」体験セットなどなど…ふるさと納税(イーハトーブ花巻応援寄付金)の返礼品の中には賢治関連が圧倒的に多いことについては当ブログで度々、触れてきた。しかし、中には明らかに誤記載や“虚偽”広告に該当する案件も見受けられる。その都度、削除や訂正などの善処方を市側に求めてきたがナシのつぶてのまま、いまに至っている。

 

 

 当市の寄付金額は令和5年度に90億円を超え、全国13位(県内ではトップ)の座を射止め、昨年度は若干減ったものの、ざっと70億円を集めた。一方で、こうしたふるさと納税のあり方については、賢治ファンなどから賢治“利用”が目に余るのではないかという厳しい声も聞かれる昨今である。「賢治のまち」のイメージダウンを未然に防ぐため、以下のようなメールを8月24日付で小原勝市長宛てに送付した。回答があり次第、当ブログで公開したい。

 

 

 

 

〈市長へのメール〉~市政運営における「宮沢賢治」の位置づけについて

 

 

 賢治生誕130年に当たる今年、「賢治まちづくり課」を中心に各種イベントなどを企画・運営されていることに敬意を表します。こうした中、明らかに賢治に関する誤記載や虚偽利用を疑わせる案件が散見されます。「賢治のまち」を標榜する当市としては、仮にそうした疑義があった場合、直ちに修正する立場にあると考えます。以下の2点についての対応をお尋ねします。回答は市議会9月定例会が開会する9月9日までにお願いします。

 

 

1)当市は二地域居住や関係人口の創出を図るため、6月定例市議会で関連の5,643千円を予算化した。当該事業に直接関与するのは「(株)雨風太陽」(本社・花巻市、高橋博之社長)。市側は今後、「同社の拠点である花巻ベースを活用したお試し居住などの実証事業に取り組みたい」としている。なお、同社は生産者と消費者をつなぐ「ポケットマルシェ」(ポケマル)として、当市のふるさと納税にも参入している。

 

 ところで、高橋社長は自らが提唱する「関係人口」論の原点を賢治の世界観に求め、たとえば賢治の「作詞・作曲」による「(花巻農学校)精神歌」もそのひとつとして紹介している(8月3日付当ブログ参照)。しかし、作曲を担当したのは実は賢治の知人だというのが定説になっているため、この誤記載のすみやかな訂正を求めてきたが、現在に至るもそのままである。「イーハトーブはなまき」の実現を掲げる当市としては、賢治にかかわるこうした基本的な誤りは決して看過すべきではないと考える。相手方企業に訂正方を申し入れる考えはないか。

 

 

 

2)当市のふるさと納税の返礼品のひとつに「花巻黒ぶだう牛」があり、「ふるさとチョイス」のポータルサイトにはその由来がこう書かれている。

 

 「花巻出身の詩人で童話作家の宮沢賢治の寓話(ぐうわ)『黒ぶだう』で、仔牛がぶどうを食べる描写があることから名づけられた、花巻ならではのブランド牛です。寓話『黒ぶだう』は花巻市御田屋町の旧菊池捍邸が舞台とされ、赤狐に誘われた仔牛が留守の人間の別荘に入り込み、勝手に『黒ぶだう』を食べていたところに住人の公爵一行が帰宅し、逃げ遅れた仔牛は見つかってしまいますが、怒られもせず、逆に黄色いリボンを結んでもらうというものです…」

 

 令和5年3月の定例記者会見で、この「旧菊池捍邸」モデル説に疑義を唱えたのは他ならない上田東一・前市長。その後、モデル説を提唱した関係者も「(モデルだという)確証は得られなかった」と証言して、現在に至っている。この間の経緯を知る立場にある行政側は削除や訂正のないまま公開し続けているが、これは明らかに”虚偽”広告そのものではないか。見解を伺う。

 

 

 

 

(写真は賢治像と復元された旧羅須地人協会の建物=花巻市葛の県立花巻農業高校で、インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

 

 

 

ふたたび、”民意”のでっち上げということについて…新花巻図書館の「駅前立地」の闇の構造に迫る~さ~て、「イーハトーブ“図書館”戦争」の行く末は!!??

  • ふたたび、”民意”のでっち上げということについて…新花巻図書館の「駅前立地」の闇の構造に迫る~さ~て、「イーハトーブ“図書館”戦争」の行く末は!!??

 

 最近、映画「開戦前夜」を観て、ハタと気づかされたことがある。「日本必敗」ー。日米開戦を前にした「総力戦研究所」(8月15日付当ブログ参照)の科学的な数値(エビデンス)を黙殺した当時の時代の“空気”がまさに、足元の図書館問題と違和感なく、重なったのである。先の大戦時も「いったん、走り出したらもう、止められない」というある種の“強迫観念”(空気観)が泥沼の戦争にのめり込んでいくきっかけだった。3,500人→75人→42人(対話型「市民会議」)…。こうした数値の逆流に歯向かうように、足元のイーハトーブでもいま、「もう止められない」という大合唱が広がりつつある。その“詐術”を以下に検証する。「イーハトーブ”図書館”戦争」の戦雲は如何に……

 

〈注〉~対話型「市民会議」

 

 「駅前立地」を最終決定した合議体で、無作為抽出した3,500人(15歳以上)の中から、参加希望のあった75人で構成。しかし、出席者は毎回構成人員を下回り、4回の会議すべてに出席したのはわずか42人。6人は一度も顔を見せないなど最初から組織の体(てい)をなしていなかった。かつての軍部の暴走を彷彿(ほうふつ)させるではないか。偽「満州国」から偽「駅前図書館」へ……。歴史は繰り返す。

 

 

 

 

 統計学的な蓋然性(確率的な確からしさ)の観点から見ると、この対話型「市民会議」の結果を「市民全体の民意とみなすことには極めて低い科学的な根拠(妥当性)しかない。統計学の原則に照らし合わせると、この調査設計と結果には致命的な歪(ゆがみ)み(バイアス)が生じている。

 

1)サンプルサイズ(42人)による誤差の限界

 

 統計学的に当市の15歳以上の人口(約8万人と推定)を母集団とした場合、信頼度95%で一般的な許容誤差(±5%以内)を満たすには、ランダムに選ばれた最低でも380人程度の有効回答・参加者が必要である。今回、最終的に残ったサンプルサイズ(42人)で計算すると、許容誤差は約15%にまではね上がる。これは市民会議での意思表示として「駅前派が60%、病院跡地派が40%」という結果が出たとしても、統計学的には「実際の市民全体では病院跡地派の方が多い可能性(逆転現象)」を全く否定できない、極めて粗(あら)く精度の低いデータであることを意味する。

 

2)「自己選択バイアス」による無作為性の崩壊

 

 行政側は「3,500人を無作為抽出(ランダムサンプリング)した」と主張しているが、統計学的に有効なのは「抽出された全員(または高い割合で)参加した」場合のみである。

・実際の参加率:75人÷3,500人=2・1%(最終的には42人で1・2%)

・生じた歪み:残り98%近くが辞退した時点で、無作為抽出は完全に崩壊している。この2%未満の参加者は「もともと行政に関心が高い」「時間にゆとりがある」「市の方針に反発がない」といった特定の属性を持つ層に偏る「自己選択バイアス(生存者バイアス)」が強く働いている。そのため、統計学的には「市民の縮図」とは呼べない。

 

2)6,181筆の署名(確定データ)との比較

 

 統計学のサンプリング調査は全体の動向を「推測」するための手法である。一方で、市民団体が集めた、病院跡地への立地を求める直筆署名は行政側が精査した結果、市内在住者だけで、6,181筆に上っている。この数値は全人口88、530人(令和8年2月末現在)の約7%を占めている。「1・2%の偏ったサンプル」から得られた不確実な推測値とこの署名実数(確定データ)を比較した場合、後者の方が圧倒的に高い確率で強固な民意を証明しているのは明らかである。

 

〈結論〉

 

 統計学的な蓋然性の観点から言えば、最終的にわずか42人による合意(「駅前立地」)を「市民の代表的な民意」と強弁することには科学的な説得力はまったくない。従って、このデータを根拠に駅前立地を「民意に基づく決定」とした行政側の解釈は統計学のセオリーを無視した、多分に政治的なレトリック(作られた民意)であったと評価せざるを得ない。なお、以上のような統計学上の観点からの「民意の認識」について、行政側からの説明は一切、なされていない。

 

 

 

 

 

(写真は「駅前立地」を最終的に決定した対話型「市民会議」=花巻市花城の「まなび学園」で)

 

 

 

 

 

 

 

 

“弔い月”の使者…クロの再訪、そして永遠(とわ)の別れか!!??

  • “弔い月”の使者…クロの再訪、そして永遠(とわ)の別れか!!??

 

 夏の甲子園大会準々決勝の花巻東高校と横浜高校の対決が行われた18日午後、手に汗を握って観戦していたその時、背後のガラス窓越しに何かの気配を感じた。それはかぼそい鳴き声のように聞こえた。振り向くと、木製の椅子の上に真っ黒い子猫が体を横たえていた。私はとっさに「クロではないか」と思って、外に飛び出した。同じ「オッドアイ」(金目銀目)。やはり、クロだった。ひとり暮らしの自宅にクロが忍び込んだのは昨年のお盆入りの8月13日。亡き妻が使っていたベッドにちょこんと座っている姿を見て、仰天した。その辺のいきさつについては、2025年10月2日付当ブログに詳しく書いたので参照していただきたい。

 

 約1年ぶりに目の前に現れたクロは心なしか痩せ衰えて見えた。私はやもめ暮らしの先行きを考え、心を鬼にして数週間後には“餌やり”をやめていた。あれから、ざっと1年。それにしても、厳寒の冬も生き抜いて、いままた死者の霊を弔い、平和を願う「8月(弔い月)」に訪ねてくるとは…。野球観戦を終えると、クロの姿はもう消えていた。「8・6」「8・9」「8・15」…。そして、映画「開戦前夜」に考えさせられた“弔い月”の終わりに現れたこの使者は一体、私に何を伝えたかったのであろうか。

 

 

 

 

(写真は18日午後2時すぎ、花巻市桜町の自宅ベランダで)

 

映画「開戦前夜」と戦後81年…そして、鈴木長崎市長と小原花巻市長と賢治の「平和メッセージ」と…!!??

  • 映画「開戦前夜」と戦後81年…そして、鈴木長崎市長と小原花巻市長と賢治の「平和メッセージ」と…!!??

 

 「一度、踏み出したら、後戻りは難しい」―。映画「開戦前夜」(石井裕也監督、2026年7月公開、原作は作家の猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』)を観ながら、ふと足元で進行中の新花巻図書館の光景が重なった。対米開戦(太平洋戦争)を前にした1940(昭和15)年秋、「近代戦は武力だけではなく、思想や戦略、経済など国家を挙げた戦いになる」として、総理大臣直属の「総力戦研究所」が設立された。軍・官・民の優秀な人材36人を集めた研究の結論は「日本必敗」。しかし、「ロシアに勝利した大和魂が米軍に負けるはずはない」という軍部の強硬派に屈し、日本は12月8日、泥沼の戦争にのめり込んでいく……

 

 「忖度や自己保身、小さな無責任が重なり合って、結果的に誰も戦争を止められなくなった状況。みんなが示し合わせたように現実から目を背け、正しい発言が憚(はばか)られ、何となくの感情に流されてしまう当時の社会の『空気』があったと思う。大昔の出来事ではなく、いま現在に通じる問題だ」(パンフレットから、要旨)―。二発の原爆投下以外は研究所が描いた筋書き通りに進んだ当時の時代背景について、石井監督はこう述べている。「まさに、現在進行形の問題ではないか」と思わず、身を乗り出した。

 

 新花巻図書館は2025(令和7)年6月、議会側が「駅前立地」にゴーサインを出し、建設に向けた関連予算を議決。来年3月をメドに設計業務が進められている。「病院跡地」への立地を求める“民意”は黙殺され、今では「一度、議会が承認した案件を元に戻すことはできない」という、まことしやかな“空気”が周囲に充満しつつある。このたたずまいが科学的なデータを積み上げた「日本必敗」を退けた当時の時代背景と違和感なく、二重写しになったのだった。

 

 「相手の立場や苦しみに心を寄せ、分かり合おうと努力することは、対立や衝突を避けるための大事な一歩となります。それが人と人、国と国、それぞれの場面で信頼を育み、友好関係を築く礎になるのです。不戦の決意が込められた日本国憲法の平和の理念と非核三原則を堅持し、国際社会の緊張緩和と軍縮に向けた外交を強化してください」―。原爆の日の今月9日、長崎市の鈴木史朗市長は平和宣言の中で力強く、こう呼びかけた。一方、その翌日の10日「花巻市戦没者追悼・平和祈念式」で小原勝市長はこんな紋切り型の式辞を述べた。

 

 「戦地や、激しい空襲で尊い命が失われた。平和の大切さを未来に伝えていくことが使命だ」(13日付「河北新報」)―。市議在職中、私が安全保障に関連して地方自治の役割をただしたのに対し、当時の上田東一市長がこう答弁したことがあった。「一般的に外交、防衛などは、この意味における国際社会における国家としての存立にかかわる事務と解されておりますことから、防衛、軍事、安全保障などは国の所管であり、地方公共団体には防衛、軍事、安全保障の権限はないと理解しているところであります」(平成27年9月定例会一般質問)―。長崎市長の平和宣言と小原発言の“雲泥の差”に驚くと同時に花巻市政に流れる及び腰にひどく、失望させられたことを思い出した。

 

 その一方で、今回の二人の市長発言に私は何となく「違和」も感じていた。何だろうとしばらく考えた後、ふいに頭に浮かんだのが「賢治」との距離感だった。

 

 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(『農民芸術概論綱要』)、「東ニ病気ノコドモアレバ/行ッテ看病シテヤリ/西ニツカレタ母アレバ/
行ッテソノ稲ノ朿(束)ヲ負ヒ/南ニ死ニサウナ人アレバ/行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ/北ニケンクヮヤソショウガアレバ/ツマラナイカラヤメロトイヒ…」(詩「雨ニモマケズ」)―。宮沢賢治のこの有名なメッセージはおひざ元の小原市長の言葉よりもむしろ、鈴木市長の平和宣言の中に息づいているのではないか―これが「違和」の正体だった。

 

 50席の座席は全部、埋まっていた。中高齢者に交じって、若者の姿も目立った。すすり泣く声が耳に届いた。「大昔の出来事」(石井監督)をいまに重ねる“感性”にホッとさせられた。かつて、東条英機内閣が戦争に舵を切ったように、現高市早苗内閣ももうひとつの「戦前」に回帰しているように見える。そして、足元の「イーハトーブ」では平和のメッセンジャ―のはずの「賢治」が利権の具に供されつつある。「後戻り」という覚悟と勇気を伴う“政治決断”こそが為政者に科せられた最大の使命であろう。いつの時代でも…。日本は本日(8月15日)、81年目の「敗戦」記念日を迎えた。

 

 

 

 

 

(写真は映画「開戦前夜」のポスタ―=インターネット上に公開された画像から)

 

 

 

 

《追記ー1》~宮沢賢治のふるさとより

 

 「市政堂」を名乗る方から、こんなコメントが寄せられた。「賢治」という存在が日本だけではなく世界中で、どのように受容されているのか―その深淵(しんえん)に迫りたいと思った。「8月9日の長崎市の鈴木市長の言葉には『心からの叫び』を感じました。人間の短い人生において『争いごと』はムダな時間と労力を使う愚かなことだと気が付いて欲しい。世界全体の幸福を心から願います」

 

 

 

《追記ー2》~首相、「反省」という言葉を使わず!!??

 

 高市早苗首相は15日、政府主催の全国戦没者追悼式での式辞で「反省」の表現を使わなかった。2025年は当時の石破茂首相が13年ぶりに復活させていた。高市首相は日本は「インド太平洋の輝く灯台として頼りにされる国になれる」と強調した。首相は就任後、初めての終戦の日に臨んだ。式辞で「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」と訴え、「この決然たる誓いを世代を超えて継承し、貫いていく」と述べた(15日付「日本経済新聞」電子版)

 

 

 

《追記―3》~「深い反省の上に」~戦後81年、天皇のお言葉

 

 15日に行われた政府主催の全国戦没者追悼式で、天皇陛下は「深い反省」という言葉を使い、以下のような式辞を述べた(要旨)。「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から哀悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」