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◆お蕎麦と初乗り◆

  • ◆お蕎麦と初乗り◆

辺りはすっかり春めいて先日我が家の食卓にもフキノトウの天ぷらが登り初物を頂きました。

後半月も経てば長井の桜も咲き始め春爛漫はもうすぐそこまで来ています。

さて4月最初の休日は丸一日時間が取れたのでのんびりと過ごす事に。

お昼過ぎまでガレージに籠って愛車の整備やお片付け。

遅いお昼は好物のお蕎麦を手繰りにチョイと浅立まで車を飛ばして。

こちらの板蕎麦をズズッと豪快に。

いつ頂いても本当に美味しいお蕎麦です。(^^♪

 

帰宅後は良いお天気に誘われて今シーズンの初乗りと洒落込みました。

 

 

西山沿いを飯豊に向かい、R113に出て道の駅めざみの里経由で長井に戻る1時間程度のショートツーリングです。

傾きかけた西日が背に心地良いとは云うものの、10度以下の気温と冷たい風は身に堪えます。(^^;

やはり北国では桜の花が咲いた後の気温が上がる頃からがバイク日和なんですねぇ。

それでも残雪の山々と田起こし前の田圃が織りなす早春の景色を満喫し無事に帰宅できました。

凍えた身体でアラジンに火を入れて暖を取りながらガレージで頂いた缶の熱いお汁粉は格別の味わいでした。(^^♪

2017.04.03:maru8:コメント(0):[愛しのオートバイ]

◆Lancer mark V◆

  • ◆Lancer mark V◆

小春日和の昼下がり、初冬の空気にVツインの穏やかな排気音が優しく響く。

ライラック ランサーマークV MF39

今は無き浜松の丸正自動車が終焉を向かえる直前に放った最後の輝きとも云えるスポーツモデル。

その端正で個性美溢れるフォルムから兄弟車種250㏄のLS38と共に国産旧車の最高傑作と謳われる名車である。

20代の若かりし頃から探し求めようやく良縁に恵まれた50代、30年越しの夢が叶った二年前の冬。

あれから多くの方々にお力添えを頂き、遂に走れる状態となったこの車輌。

生産ロットは極初期の1960年2月、奇しくも同年1月生まれの自分と同い年の55歳である。

これから先はじっくりと細部の完成度を高める事に注力しつつ素適な時間を共有できればと思う。

これまでご助力を賜った方々に改めて感謝申し上げます。


ライラック ランサーマークV MF39 初冬のスナップは以下をクリック

https://www.facebook.com/satoshi.ohouchi/media_set?set=a.763817757098333.1073741829.100004103467249&type=3

 

2015.11.14:maru8:コメント(2):[愛しのオートバイ]

◆ライラックの軌跡展◆

  • ◆ライラックの軌跡展◆

10月10日朝6時フラワー長井線あやめ公園駅、上りの一番列車がやってきた。

向かった先は遠州浜松、赤湯から東京と新幹線を乗り継いで最速でも6時間の長旅である。

してその目的はというのが浜松市博物館で開催中の「ライラックの軌跡展」&「第40回ライラックの集い」。

今はなき丸正自動車が製造した名車ライラック号を愛して止まないマニアの会である「ライラック友の会」が発足して今年で40年。

この節目の年を記念して9月19日~10月18日までの一月間、ライラックの主要モデル40台余りを一同に集め当時の資料と共に展示しているという次第。

恐らくこのような企画は後にも先にも最初で最後ではという事なので、悔いを残してはならぬとばかりに一路浜松の地へと。

 

 

世界のホンダの創始者皆様ご存じの本田総一郎の出発点、アート商会時代の二番弟子、「まさにぃ」事、伊藤 正(いとう まさし)が立ち上げた丸正自動車が世に送り出したオートバイは一貫してシャフトドライブが特長。

おやじに負けておれるかとばかりにチェーンのないバイクでホンダの向こうを行ったのである。

千波に中央は第一回浅間火山レースにおいて市販車ベースのレーサーでホンダの工場レーサー群に挑み見事ライラックに勝利の栄冠をもたらした天才ライダー伊藤史朗(いとうふみお)。

この日は友の会にとっても特別な日という事もあり丸正で腕を振るった社員の方々も多数お出でになり、当時の貴重なお話しを聴けたのは幸運であった。

 

 

30代で立ち上げた友の会も今は70代ですと笑って話される会長さん(右)ではあるが一口に40年とはいっても長い間には大変なご苦労があったはずで頭の下がる思いがしたのは言うまでもない。
 

 

メイン会場に続く通路にはベビーライラックとランサーマークVが並ぶ心憎い演出。

 

 

3つのホールを使用しての展示となったこちらはメインホール。

 

 

最後はオブザーバー参加させて頂いた記念祝賀会での一枚。

伊藤社長の右腕として丸正を支えた当時の製造部最高責任者で設計主任の溝渕 定(みぞぶち さだむ)氏と感激のツーショット。

貴重な行事に参加させて頂き有意義な一時を共有させて頂いたライラック友の会のメンバー各位に感謝申し上げます。


ライラックの軌跡展紹介ブログ

http://ydsclub.exblog.jp/24500840/

ライラックの軌跡展YouTubeの動画

https://www.youtube.com/watch?v=Kw19ftm_TAI

ライラック友の会【公式サイト】

http://lilac-tomonokai.com/

 

 

 

 

2015.10.14:maru8:コメント(0):[愛しのオートバイ]

◆ツールド・アルカディア◆

  • ◆ツールド・アルカディア◆

6月7日、前日の雨も上がり穏やかな初夏の快晴に恵まれた山形県置賜地方。

楽しみにしていた「ツールド・アルカディア」を走るには最高のランニングコンディション。

走り慣れた置賜盆地をぐるりと巡るこの日のルートは125㏄のビンテージイタリアン2台を考慮して熟考したものだが福島のK氏に初夏の置賜のワインディングのみならず素敵な観光スポットも合わせてお楽しみ頂けるよう配慮した次第。

千波にツールド・アルカディアのタイトルは置賜盆地を走る趣旨から明治の昔にこの地を訪れた英国女性旅行家イザベラバードが置賜を東洋のアルカディア(桃源郷)と称賛した事から引用させて頂きました。

さて当日のルートをご紹介致しましょう。

まるはち酒店→白鷹ヤナ公園→朝日町椹平の棚田→R348→県道R5→南陽市カフェレストランパーク→R113→飯豊めざみの里→県道R4→白川ダム湖畔→県道R8→源流の森→県道R4→県道R10→長井市→やませ蔵美術館→旧西置賜郡役所小桜館→まるはち酒店

10時スタート17時フィニッシュという丸一日のツーリングながら前記した国道、県道はできるだけ回避した山際、川沿いの風光明媚なワインディングロードがメインのルートをアクセル全開、全行程150kmという充実した行程です。

50年も前に生産されたイタリアのピッコロバイク2台、小生のドカティ125sがベベルギア駆動のOHCならば片やK氏のモトビ125インペリアーレは水平OHV。

同じ125㏄の小排気量のマシーンながら乗り味も排気音も異なる楽しい共演。

止まる度毎に居合わせた人々に声を掛けられて嬉しいやら気恥ずかしいやら。^^

 

 

そして最後に訪れた旧西置賜郡役所。

明治期の疑洋風建築をバックに見事な調和を見せる2台のビンテージイタリアン。

帰宅後は近くの温泉、はぎの湯さんで一汗流しノンアルビールで打ち上げ会。

弾む会話からK氏にも充分に喜んで頂けた事が伝わり嬉しい一時。

今回のツーリングは小排気量の旧車にとっては結構な走破距離ながらも終始好天に恵まれた上、トラブルもなく無事に笑顔で終了できた事が何よりでした。

楽しかったあの日の余韻が心地良いのとは裏腹に今頃になって全身に筋肉痛を感じるのが玉に傷。^_^;

年は取りたくないものですね。

ツーリングの様子は以下のURLをクリックしてご笑覧ください。

https://www.facebook.com/satoshi.ohouchi/media_set?set=a.691939644286145.1073741828.100004103467249&type=1&pnref=story

 

2015.06.09:maru8:コメント(2):[愛しのオートバイ]

◆イタリアンピッコロ◆

  • ◆イタリアンピッコロ◆

5月末日、休日の夕方にしばらくぶりのプチツーへ。

昨年の晩秋に我がガレージの住人となったドカティ125スポルト君をワインディングへと連れ出した。

走り慣れた田舎道50km程の行程を楽しみながら各部のチェック。

というのも今度の休日に福島のK氏を招いてイタリアンピッコロ2台で置賜盆地を100km程走る集い、題して「ツールド・アルカディア」を計画しており、その下見と準備を兼ねていたという次第。

さてさて当のドカ君、生まれ故郷の田舎道を思い出したのか、その好調なエンジン音と軽快な走りはまるで水を得た魚の如し。

懸念していたオイル漏れも皆無で一安心。

そして田植えが済んだばかりの田圃をバックに佇む雄姿、そのフォルムと色使いの妙。

これが半世紀以上も前に作られたという事が嘘のように古さを微塵も感じさせない造形美に我ながらうっとり。

小粋という単語はこのマシーンの為にあるのではないかと思うほど。

5日後に迫ったイタリアンピッコロ2台の共演が楽しみな今日この頃です。(^^♪

2015.06.02:maru8:コメント(0):[愛しのオートバイ]