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居心地のいい場所とは?

  • 居心地のいい場所とは?
わが家は朝も晩も基本ラジオをかけながらみんなで御飯を食べる。かみさんがテレビながらをしない方針なので、いつの間にかそうなったのだ。子供のころは見ながら食べてたな、うちは。

日曜日の夜は息子と二人だったのだが、いつもの通りラジオを聴きながら息子が作った唐揚げを食べていた。富山で貰った我酔楽(がすら)という里芋焼酎を口にしながらYBCラジオを聴いていると、珍しくラジオドラマが始まった。

それは、酒田のグリーンハウスという映画館や、欅、ル・ボット・フーというレストランの名店を作った佐藤久一についての物語だった。
久一は自分の趣味で最高の食材を惜しげも無く使い、原価計算もせずにお財布に優しい料金で出してしまうような人だったらしい。

確かにそれでは商売うまくいく筈なんてないなぁ、と思いながら聴いていた。でも本当のおもてなしとはそういうことなんだろうとも考えた。
ヒトは自分の居心地のいい場所を求めて彷徨する。
豆いちもそういう場所の一つと思って頂けれるかたが少しでもいらっしゃるならば、この上ない。
2014.11.25:mameichi:コメント(0):[嗚呼うましコーヒー]

ローカー社のパスティッチェリーア

  • ローカー社のパスティッチェリーア

昨年から取り扱いを始めたローカー社のウエハース。日本では子供のためのお菓子、という印象やアイスクリームに添えられたものというイメージが強いのですが、イタリアでは完全に大人菓子。今回はクワドラティーニ(小さな正方形という意味)という8種類のお味をご用意しました。25個ぐらい入って@324円とお手軽でございます。

そして今年は新しくパスティッチリーアというお菓子を仕入れてみました。その特色は、ウエハースのリーディングカンパニーとして世界中に愛されているローカーの高品質とサクサクっと軽~い食感、をベースに、上質のチョコレートの魅力を贅沢に生かしていること。一つひとつの素材や風味、食感の出会いを大切に、まごころ込めて作り上げたひとクラス上の味わいが本物を求めるお客様の心をしっかりととらえています。

と、カタログに書いてありますが、食べてみると確かに軽い!そしてチョコレートが旨い。一箱に12個小さいのが入っているのですが、1個1個がしっかりしているので1個で十分楽しめます。もちろんコーヒーによく合いますよ。

今のところノアーオレンジが一番人気、クリームノイゼッテ(ヘイゼルナッツ入りミルクチョコ)が2番です。1箱@500円是非お試しください。

 

2014.11.24:mameichi:コメント(0):[豆いち、店舗にて]

越中富山を旅する‐其の5

  • 越中富山を旅する‐其の5
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  • 越中富山を旅する‐其の5

魚津は蜃気楼の町、4万人の規模にしては随分大きな観覧車のある遊園地が海岸べりにある。もう少し行くと「海の駅蜃気楼」というところでお魚を仕入れる。クーラーボックスを持参して来たので、何品かをチョイス。

その後もう少し新潟寄りの入善町のジャズ喫茶「TIME」にてコーヒーを頂く。ここは街でも一等地の角1階にあるというジャズ喫茶にしては珍しい立地条件、窓からも光が入り中の観葉植物やコーヒーの木も生き生きと茂っていた。ホテルでコーヒーを飲まなかったので、今回の旅で最初の珈琲、キリマンジャロを淹れていただく。透き通るような感じは水が美味しいせいだろうか。豆もクリアな感じがした。

そのマスターのお勧めで近くにある「かおり食堂」で飯を食べる。この食堂が表向きも中もおばちゃんも娘さんも見事に昭和テイストがしみ込んでいる。メニューも豊富でしかも安い。私はかなり久しぶりに「カツ丼」、K君は流石に若い。「ラーメンと炒飯」他にもそば、うどん(300円代より)各種定食、この辺では考えられない「焼そば定食」というのもあった。

頼んだものが来るまでの間、テレビの緊急速報が入った。高倉健さんが亡くなったというテロップがテレビの下に流れた。昭和が終わったという言葉が頭に浮かんだが、自分が今いる空間がまさに昭和だし、健さんが「幸せの黄色いハンカチ」でム所から出てきたときに食べたのは「カツ丼とラーメン」だったそうだ。

飯を御馳走になって、別れの時が来た。彼が米沢に来るといつも「この瞬間がくるから厭なんですよ。」ということを私も実感せずにはいられなかった。車に乗るときに握手、高速に乗るときにまた握手。

さて、次はいつ会いに行こうか、いやいつこっちに呼ぼうか。。。。

 

おわり

2014.11.23:mameichi:コメント(0):[そこいら辺を歩く]

越中富山を旅する‐其の4

  • 越中富山を旅する‐其の4

翌日、残念ながら日差しはあったのだが霊峰剣岳を拝むことはできなかった。朝風呂を頂いてから朝食バイキングは素晴らしいの一言。食べたいものが目白押しで朝から一杯やりたくなるものも多数。今度は電車で行くしかないなあと思う。

宿を出て上市町の穴の谷(あなんたん、と読む)霊水に向かう。嘉永四年美濃の国白心法師がこの穴にて三年三ヶ月の修行をしその後諸国から参詣人も多くなったと伝えられる。爾後、この穴での修行僧は数多く、近年では明治30年能登の雲外悟道禅師が三年修行して真の解脱を得た。このころから行者穴ともいう。また、昭和32年には広島の岡本弘真という女行者が訪れ、6年間修行して「この穴の水は入巧徳水だ。病に苦しむ人に呑ませてほしいとのお告げがあった。」と遺言して去った。

穴の谷は砂岩と粘板岩でできた三つの洞窟からなり、第一の洞窟の正面に薬師如来を祀り、その奥の洞窟から清水が年中尽きることなく湧き出ている。この水こそ即ち「穴の谷霊水」なのである。(パンフレットより丸写し。)

駐車料金200円を払うと事務所にペットボトル、或いはポリタンクが売られており、それを購入して800メートルほどの山道を歩く。ポリタンクの人は台車でゴロゴロと霊水まで向かう。その途中のあちこちに観音様が祀られており、神秘的な様相を呈してくる。道が途絶え、右側に階段があり谷への降り口となっている。そこにも多数の観音様が祀られており谷底に旅館のような建物がある。ペットボトルを濯ぎ、左側の薬師如来が祀られている脇のところに龍吐に蛇口が付いておりそこから水を汲んだ。お参りをして帰途に向かう。底の事務所でその水で造った醤油が販売されており、想いとは思ったが土産に3本買い求める。

その後その醤油はあちこちで売られており、しくじったなと思ったが、若干現地の価格が安いようだ。

その後山を下りて、上市の名刹眼目山立山寺(さっかさんりゅうせんじ)に参詣する。建徳元年(1370年)大徹宗令禅師による創建で、上杉謙信北陸攻めの時に破却、その他にも2階の火災を経て何も残されていないという寺だ。ただ山門だけは残り、左甚五郎作とされているようだ。

この後は蜃気楼の町魚津市に向かう。

2014.11.22:mameichi:コメント(0):[そこいら辺を歩く]

越中富山を旅する‐其の3

  • 越中富山を旅する‐其の3

富山には富山地方鉄道という会社があり、市内電車のほかに5路線、約100キロメートルの鉄道線を維持している。元々水力発電が盛んで潤沢に電気を供給できた富山県らしく、全て当初から電気鉄道での開通だったというのが、他県とは随分違うところだ。

山が県の場合、国鉄以外には谷地軌道、高畠鉄道、尾花沢鉄道が蒸気機関での開通、赤湯人車軌道は人力、その後下って三山電気鉄道、庄内電気鉄道が電車での開通であった。

その電気鉄道をもう少し近代化して、今後も使い続け高齢者社会にやさしい乗り物に変えていく取り組みがなされている。富山でも自動車保有率は全国2位(1位は福井県)、山形県も第5位と言う依存度である。恒例化、少子化の波は思っているよりも早く、各都市でも早急な手当てが必要だと思う。

さて、富山と言えばなじみ深いのが越中富山の薬売りだ。私の頃はゴム風船を配りながら配置薬の方がバイクに大きな行李を付けて各家庭を回っていたものだ。その中の一つ、廣貫堂の資料館を訪れた。

そこでは栄養ドリンクを一本いただき、展示物を拝見する。江戸城である殿様が急病になった時そこに居合わせた富山藩の前田氏が持参の薬を処方したところ、回復したのでそれ以来越中の薬は効くということで、全国に販売に行くようになったことなどが説明されていた。

その後上市町に戻り、つるぎ温泉恋月という温泉に浸かってから「居魚家さかい」でぐでんぐでんになるまで日本酒を呑みましたとさ(;一_一)

ある