HOME > そこいら辺を歩く

朝顔の季語は

  • 朝顔の季語は
秋だそうです。どうりで今日あたりも元気よく咲いているはずです。
平和通りは以前の面影はありませんが、この美しい朝顔が迎えてくれます。

平和通りが全盛を迎えたのは大沼、ジャスコ、ファミリーが揃い踏みした昭和40年代後半でしょう。
あの頃は毎日お祭りのように人が行きかい、道路は自転車に満ち溢れていました。

不思議ですね、人口は極端に減っているわけでないのにこの状況は。
2012.10.17:mameichi:コメント(0):[そこいら辺を歩く]

豊満感。

  • 豊満感。
夏から何となく食べすぎな感じがしています。
ということで、昨日からちょっと歩くことにしました。

昨日はすこやかセンターにある休日診療所まで、今日は上杉神社まで歩いてきました。
まだ涼しい時に歩くと、あちこちに朝顔が咲いています。
さていつまで続くことやら。
2012.09.18:mameichi:コメント(0):[そこいら辺を歩く]

小野川の星空は米沢(旧市内)の百倍すごかった。

  • 小野川の星空は米沢(旧市内)の百倍すごかった。
小野川温泉の登府屋旅館の若ダンナ、ルパンこと遠藤直人さんがコーディネートしているセミナー、鈴の学び舎で藤村正宏先生の経営セミナーが12日、開催されました。
盛りだくさんの内容で、どうやって価値を高めていくかという先生のお話と、震災時の東北の旅館の状況が様々な視点から語られました。

本当はセミナーだけで帰るつもりが、やっぱり宴会出ないと深い部分は分からないんじゃないかという前回の反省の上に立ち、急遽参戦させていただきました。
ルパンには大変ご迷惑をおかけしてすみません。

さて宴会も佳境に入り、午前1時を過ぎました。
なんと、米沢市内からママチャリで40分かけてきていたので、実は帰りが心配なのでした。

しかし心配もなんのその、小野川の夜空は星が降るようにまぶしいほどでした。
それが愛宕山をぐるりと回るころで少しづつ星が見えなくなり、旧舘山郵便局あたりでは小野川で見えた星空のの百分の一になってしまいました。
同じ市内にあって随分不公平感があり、それでも一応旧米沢市は(昔は旧市、新市といういい方をしていた)町場なんだなぁ、と思いました。

画像は宴会での「ルパン大いに歌ふ!」の巻。
2012.09.15:mameichi:コメント(0):[そこいら辺を歩く]

ホットサンド

  • ホットサンド
一年に2回ぐらい私がコーヒーを分けてもらっている焙煎所に出張に行くことがある。
9月6日は年に1回の展示会ということで朝2時に出発。
ほとんどの人には話していないが、私は群馬に行くのに会津から入る。
そしてひた走り日光へ、そこから鉱毒事件で有名な足尾を抜けて群馬へ。
国道50号にでて高崎に着くというコースをとっている。
時間にして片道6時間半、距離は350キロぐらいだ。

高速で行けば北関東道が全通したので、4時間ぐらいなのだが高速は退屈だし高速ではこれが食べれない。
それがこのホットサンドだ。

足尾から大間々に抜けるわたらせ渓谷鉄道に沿うように東国文化歴史街道、国道122号線が走っている。
ドライブイン飛鳥というところからほど近くに丸美屋自販機コーナーはある。
そこにはそば・うどんの自販機とホットサンドがある。味は普通といってもいいのだが、その場所で食べると最高と変化する。


ホットサンドの自販機は、まず200円を投入する。ハムチーズかツナを選択、オーブンで焼きあがったアツアツのホットサンドが機械から落ちてくる。熱い!そのために取り出し口には軍手が用意されている。 時間は7時ごろ、ちょうど小腹がすいていたので車の中で水筒の冷水でいただく。
まさに昭和だ。詳細は下記のHPで確認できます。

行ってみたい方は日光まで高速で行けば早くは行けるが、上杉藩もたまには利用した会津西街道を南へ南へひた走ることをお勧めする。
周辺には足尾銅山ミュージアム、星野富弘美術館、良寛記念館などがあり、少し行けば日光なので観光には事欠かない。
ってこれじゃあ、昭和のガイドブックだね!


http://jihanki.michikusa.jp/kanto/marumiya/
2012.09.13:mameichi:コメント(0):[そこいら辺を歩く]

今年の墓掃除

  • 今年の墓掃除
もうお盆も終わってしまったので、ちょっと前の話です。
確か11日に墓掃除をしました。暑いので朝早く行こうと言ってたのですが、全く起きれず息子に起こされて自転車で西蓮寺へ。
今年は線香を立てるところを中心にやったのですが、骨入れの時に動かした台座の部分の垢はなかなか取れませんでした。

本当は当地では8月7日がこういうことをする日らしいのです。
で、その日はもう一つ子供たちにとって重要な行事の日だったと言います。

それは七日浴び、親父がよく昔は七日浴びをしたもんだといってました。
子供たちが河原で水浴びをして、一泊するのだったと思います。
その日だけはスイカやキュウリなどを失敬してもOKだったらしいのです。

まだまだお暑い盛りでございます。(先代桂文楽調で)

そういえば、お墓の電気は他の地方でもあるのでしょうか?
2012.08.19:mameichi:コメント(0):[そこいら辺を歩く]