6月12日西吾妻山案内人クラブで人形石コース登山道の赤布付けと倒木等の除去に登る、ついでに目に入る高山植物観賞となりました・・まずは人形石付近に群生するチングルマです。いいですね・・北海道から日本アルプスまで、広く高山に分布する、バラ科の高山植物、花も実も美しく、高山植物の中でもよく知られた植物です。高山帯は、冬になると超低温の季節風が吹き荒れ、気温がマイナス15度以下があたりまえのところ、しかし雪の下の地面近くの温度は0度程度と比較的暖かい。厳しい冬の環境に耐えるため、冬には雪の下で暮らせるように、チングルマは上に伸びるのをやめて、横に横に伸びるようにした、高山帯には背が高い木はなく、光を奪い合う競争がないので、高く伸びる必要はない。チングルマは横に這うように伸びて、広く大地を覆うことで太陽光線を受け、光合成をおこなう。そして、枝を伸ばして、さらに花を咲かせるようになる。チングルマの名前の由来は、この綿毛がついた種子の様子を、小さな幼児である「稚児」が遊ぶ「風車」に見立てたものである。チゴグルマのはずが、なまって「チングルマ」になったというものである。
西吾妻山夏山開き安全祈願祭
昨日は「令和8年度西吾妻山夏山開き安全祈願祭」、バイトしてる索道は休みして”西吾妻山案内人クラブ”員として参加、登山者の安全と吾妻山の観光振興を願って、関係者60名ほど一般社団法人米沢観光コンベンション協会、株式会社天元台が共催、行政、観光、警察、消防、山の会、各スポーツ団体、らが出席し安全を祈願した。案内人クラブでは人形石コースと西吾妻山頂コース班にわかれ登山道の倒木除去、赤紐付けを行った、米沢市と福島県境に位置する日本百名山、西吾妻山(2035メートル)の夏山は12日プレオープン、13(土)から11月3日(火)ロープウエイ、夏山リフトは10月25日(日)まで営業です。
原付で高原へ
ホンダの原付スクーター”TODAY”から水冷”タクト”に昨年末買い換えた、春になったら吾妻スカイバレー走れるか、試走しようかと思ってましたところ・・昨日、整備運休中の天元台索道部はお休みとなり、アルブ担当からペンション付近のタケノコはもう終わるよということで・・タクトで湯の平(3㎞の林道)を登ってタケノコ採りに行ってみたら、なかなか快適に登れた、性能が上がったものですねタクト恐るべし、以前のtodayは絶対無理でしたが・・4月から10月の期間、だいたい30㎞程度の距離は原付で移動しております・・車は雨か、2人以上の遠出時のみ、ガソリンも高いし、来週から高山植物観に一切経、雄国沼、吾妻登山行きます、楽しみですね、明日12日は西吾妻山夏山安全祈願祭です、案内人クラブで祈願祭参加し、登山道の赤紐付け行ってきます。
火焔滝展望台(天元台)
火焔滝は、米沢市南部の西吾妻山(2,035m) に源を発する最上川の最上流部の滝。落差40m の階段状分岐瀑。秘湯「大平温泉」から、辿り着くことができるがとても険しい、その点、天元台高原のパノラマ展望台から簡単に遠望できる、昨日お休みで、吾妻のタケノコ採りに、その際展望台までいってみた。大平温泉まで足を伸ばせない人はここから眺望するのが良いですね。
火焔滝の名は、秋の夕日が滝に当たるとまるで炎が燃え上がるような姿になることが由来といわれている。名君として知られる米沢藩9代藩主・上杉治憲(うえすぎはるのり=のち上杉鷹山)が江戸から招いた儒学者・細井平洲(ほそいへいしゅう)を誘って滝を訪れています。寛政8年(1796)、平洲69歳、鷹山公(46歳)再会・・明和元年(1764)、平洲37歳のとき、米沢藩の藩主となる当時14歳の上杉治憲の師として迎えられ、平洲は全力を注いで教育にあたる。治憲(鷹山)はその教えをしっかり守り、あの米沢藩の再建を進めていく。名君とうたわれた鷹山と平洲の師弟の交わりは終生続きましたとあります・・・「学・思・行相須(がく・し・こうあいま)って良(りょう)となす」(学問と思索と実行が3つそろって、はじめて学問をしたということができる)「勇なるかな勇なるかな、勇にあらずして何(なに)をもって行わんや」細井平洲が米沢藩主・上杉鷹山の初のお国入りに際して、与えたことば。(「これから立ち向かうわんとする藩政改革にあたって最も必要なのは勇気ですよ。勇気なくして、どうして政治が施せましょうか」)と
なんか感動ですね、すごいです・・













